episode.3 生きるべき基準

 残り時間――42:42。

 『ゲーム』開始から約二十分が経って、止まっていた彼らの時が再び動き出した。

 そのきっかけとなったのは大男の発言だった。



「――おい! 何やってんだよ、テメェら!」



 それは最初、私や黒い人に向けられたものだと思った。

 私としては気づかれないようにやっていたつもりではあるけれど、それでもやはりやり取りをしていたことをごまかすには限界がある。

 画面に触れる回数も、周りを確認する様子も、表情の変化も周りの人たちとはあからさまに違っていたのだから。


 怪しい動きをしていたとして標的にされてしまう可能性は否めない。

 犠牲にしてもいい枠、なんてものに含められ兼ねない。

 そうなれば全員で私を潰しにかかるでしょう。

 対策を講じる暇も与えられることなく。


 なんとしても言いくるめなければならない。

 私は大男の動向を窺っていた。

 けれど、私のそれは杞憂に終わる。



「ボサッとしてんじゃねぇ! 話し合え! そんでもって死んでもいい奴を炙り出せってんだ! このままじゃ俺様が死んじまうじゃねぇか!」



 違った。

 大男は私たちの動きを見てなんていなかった。

 自分の保身、それだけを考えていた。


 こんな状況だもの。

 誰でも自分の命を守ろうと一番に考えるわよね。

 ただ、彼の言い方は問題でしょう。

 反感を買う言い方をしているのよ。

 もっと上手に立ち振る舞えないのかしら、って呆れていたけれど、ふと思う。



――これは悪くないかもしれない、って。



 意外と考えての発言だったのかしら?

 ……いいえ。

 彼はそこまで考えていないわね。

 自分が死なないようにどうにかしろ、と言っているのだから、自分のこと以外は頭にないのでしょう。


 私が悪くないと思ったのは、死んでもいい人を炙り出すための話し合いをする流れになること。

 だってそれは、話し合いに参加しなければ標的にされる可能性があるということなのだから、まだ「手札の公開」を見つけていない人にとってはその時間を削がれることになる。

 そして、仮に「手札の公開」を見つけていた人がいたとしても、死んでもいい人が決められるのだからそれまで勝手な行動は慎むようになる、ということでもあるのだもの。

 これは、全員で生きて帰れる方法を探す時間が確保できる、ということ。

 それに最悪、私がその方法を見つけられなかった場合、誰も生きて帰れないという結末を回避するための最後の手段に用いることさえできる。

 この話し合いは、保険になるのよ。



 私は最善策を模索しながら、周りに聞き耳を立てた。


「し、死んでもいい!? 何故、そのようなことを!? 皆、そのようなことは望んではおりませぬぞ! 望むはずがないではありませぬかな!? それなのに――」


 老人が追及する。

 大男の、犠牲者を選ぶという発言に抵抗を感じたらしい。

 モラルという面においては老人の感性は正常と言えるわね。

 犠牲者を選ぶということは、その人を生贄にするということ。

 その人を間接的に殺すということ。

 殺しが駄目なのは普遍のルールだもの。

 子どもでもわかることね。

 けれど、人間ではなく生物として捉えれば、大男はそれらしい行動を取っている。

 私たちは、今のままでは誰かを犠牲にしなければ死んでしまう立場にあるのだから。


「違ェよ! 死にたい奴じゃねぇ! 死んでも構わねぇ奴を探せって言ってんだ! そいつを俺様の犠牲にするからよォ! それを決めねぇってことは、時間切れでみんな仲良くあの世行き、ってことだぞ!? テメェはそれがお望みだってか!? ハンッ! そんなの、俺様はご免なんだよ!」


 大男が吠える。

 生きる、という生物の本能を剥き出しにして。


「し、死んでも構わぬ、など……! それこそこの世界にはいない存在ですな! 人類は皆、平等! 誰であっても死んでいい命などありはせぬのですな!」


 老人も引かない。

 それまで大男に好き放題言わせていたけれど、今回は真っ向から対峙していた。

 到頭堪忍袋の緒が切れたのかしら?

 ……いいえ。あの表情は、死なないと確信しているのね。

 自信に満ちた顔をしている。

 そういえば、手札を確認した際の彼の口は喜びを隠しきれていなかったわね。

 大男の傍若無人さを許せないと感じているのもあるかもしれないけれど、あれは強い役を手にして気が強くなったという要素の方が比重を占めている気がするわ。


「いいや、違うな! 人間は平等なんかじゃねぇ! 命には差があるんだよ!



――俺様には家族がいる! 働いたこともねぇ世間知らずの嫁と、まだ碌に歩くこともできねぇ小せぇガキどもが五人もな!



俺様がいなくなったら、そいつらはどうなると思う!? 死ぬよなァ!? 生き方を知らねぇんだから! つまり、俺様はそいつらの命も背負ってるってことだ!」


「――なっ!?」


 大男が子ども五人と奥さんを盾にしたことで、老人は勢いを失った。

 ……本当に小さいわね。

 きっと老人は、大男にもしものことがあってその所為で大男の家族に実害が生じた場合、責任が取れないと判断したのでしょう。

 それは考えすぎだと思うのだけれど。



 老人が丸め込まれたことで大男が調子づく。


「黙ったってことは、認めたってことでいいんだな!? さぁ、どいつだ!? 死んだって誰も困らねぇ奴はよォ!」


 大男が見定めるように辺りを見渡した。

 ……これ、私も犠牲になる対象に含まれているのよね。

 この男が設定したい基準は『命の価値』だもの。

 生きることで誰かを生かせられる人を生かし、死んだところで誰も損害をこうむらない人を犠牲にする、っていう決め方。

 この方法で切り捨てられるのは見たところ、家族のいない私、ボロボロの服を着ている双子と思しきあの二人、不摂生な雰囲気が感じ取れる中年男性、あとは素性のよくわからない黒い人ってところかしら。

 少女が着ている制服は有名なお嬢様学校のものだし、青年は金回りがよさそうな身だしなみをしているもの。

 老人は白衣を着ているから医師か科学者か。

 何にしても誰かの役に立つ職業である可能性は高い。

 ……ていうか、黒い人、テーブルに頭をくっつけたままびくともしないのだけれど。

 あれ、大丈夫なの?

 生きている?


 ……などと他人の心配をしている場合ではないわね。


「ハッ! テメェら! 死んでも問題なさそうだよなァ!?」


 吟味していた大男が声を張り上げた。

 男の中での順位付けが終わったらしい。

 『命の価値』が一番低い人の。

 男が目をつけたのは、



――ボロボロの二人だった。



 私ではなかった。

 そのことに少しホッとしてしまっている自分がいた。

 ……何を安心しているのよ、私。

 次は我が身かもしれないのに。


「テメェら、汚ェナリしてるし、顔も傷だらけじゃねぇか! 虐待されてるに違いねぇ! 愛があれば虐待なんてしねぇよなァ!? ってことは、テメェらの親はテメェらに愛がねぇってことになる! つまり、テメェらが死んでも悲しまねぇってことだ!」


 ……この展開はよくない。

 犠牲者が出る前に大男を止めないと私も巻き添えを食らう流れになり兼ねない。

 全員で生きる方法を模索しなければいけないというのに、こっちに思考力を割かなければいけないなんて時間を浪費してしまうじゃない。

 ……あの子たちが上手く返してくれたりなんてしないかしら?


「……親のことなんてわかんねぇよ! おれたちは生まれてすぐ捨てられたんだ! 施設に! この傷は施設の人にやられたんだよ!」


 はきはきとした方が口調を荒らげて返し、もう一人のおどおどした方の子がそれに強く頷く。

 ……待って。親がいない?

 施設の人に虐げられている?

 反論している雰囲気を醸し出しているけれど、それは反論になっていない。

 むしろ相手に自信を与えてしまっている。

 これで大男は絶対、この二人を第一の犠牲者候補として定めるでしょう。

 言葉の上辺の部分だけを掬い取って。


 この二人は死に追いやられるかもしれない。

 そうなれば私の立場もますます悪くなる。

 一度決まってしまった方法で犠牲者を出したら、その方法は最後まで完遂される。

 途中で基準がぶれてしまったら、それで死んでいった人がどうして死ななければいけなかったのか、という話になるもの。


 もういっそのこと彼の考える基準を潰してしまおうかしら?

 あの子たちを庇うより、彼の掲げる『命の価値』というものを否定してしまった方が断然早く済む。

 私はそう判断して割り込もうとした。

 けれど、


「ねえ、あなたの案って――」


「ハンッ! 決まりじゃねぇか! テメェらが死んでも迷惑を被る奴は誰もいねぇ! よっしゃあ! 俺様は生きれるぞ! よっしゃあ! よっしゃああああ!!」


 私の言葉は掻き消された。

 案の定、生贄を見つけたと歓喜して繰り返される大男の雄叫びによって。

 うるさすぎて私の声が通らない。

 ……これはまずい。

 あの様子では「チャット」を使っても気づいてくれるとは思えない。

 ここまで来てしまったら、強硬手段も辞さない。

 直接戦意を喪失させに行く、そう決めて席を立とうとした寸前、事態は動き出す。



「ちょお待つがや! 失っちゃ困る命っちゅーたら、一番はうちなんじゃにゃーか!? 自分で言うのもあれだで言わんほうがええと思っとったが、ここで言わにゃ後がにゃーで言わせてもらうわ! うち、カリスマホストじゃんね! 月に大体五百人くりゃーの女の子たちがうちを指名するがね! その子たち、うちがおらんくなったらどえりゃー悲しむでよ!」



 対抗として出てきた。

 青年が。


 それまであたかも大男の生きることが確定しているように話が進められていたけれど、青年のこの一言で場の空気が変わり始める。


 重要になってくるのは最後の方。

 この青年がいなくなったら悲しむ子たちがいる、という部分。

 彼の職業はホストだという。

 私はそういう場所に行ける年齢ではないから五百人ほどの顧客を抱えているというのがどのくらいの規模なのか判断がつかないけれど、カリスマというからには相当な聞き上手なのでしょう。

 女の子は話すのが好きな子が多いから、自分の話を真摯に聞いてくれるのなら悪い気はしない。

 そういうお店に通う子ならなおのこと。

 虜になっていたとしてもおかしくはない。

 彼はにおわせているのね。



――自分が死んだら最悪の場合、その五百人のうちの何人かが生きる気力を失う可能性がある、ということを。



 彼のような人たちに話を聞いてもらうことが生き甲斐になって、破産するほどお金をつぎ込んでしまう人が世の中にはいるって聞いたことがあるから、彼の言わんとしていることは強ち嘘ではないのでしょう。


 ただ、全く通じていない人が一名。


「はぁ!? いきなり入ってきやがって何を言い出すかと思えばよォ! 自慢とかふざけてんじゃねぇぞ、テメェ! そんなもん、余所でやれや!」


 大男。

 ……この場面で全く関係のないことなんて言わないと思うのだけれど。


「こ、こんなとこで自慢なんてせんわ! うちが言うとるのは、下手したらその子らもうちの後を追うかもしらんってことだわ! うちと話すのを楽しみにしとる子はでら多いでよ! って考えりゃあ、うちの方が生きるべきなんじゃにゃーか!?」


「は、はぁああああ!?」


 青年の説明を受けて大男は狼狽えた。

 ……どうも自分が一番『命の価値』が高いって考えていたみたいね。

 自分が一番に生きる権利を獲得できると睨んでいたからその基準を推したけれど、読みは見事に外れていたってところかしら。


「て、テメェ……! ふ、ふざけんなよ! こっちは家族の命を背負ってんだぞ! そんな客なんかと一緒にすんじゃねぇ!」


 大男が混乱してわけのわからない箇所にツッコみ出した。

 指摘するなら五百人のうちの何人が後を追う可能性があるのか、でしょう?

 生きようと必死になるのは理解できるけれど、その言い方では自身の優位性を築けない。

 むしろ失墜させている。

 人の命を天秤にかけるような真似をしては。


 ……どうしてかしら?

 初めは、非常事態だからパニックを起こしてこんなことをしてしまったのではないかと思ったのだけれど、徐々に、この人の場合平時であってもこうしていたのではないかって気がしてくるのは。


 そして逆に青年に指摘される。


「同じだわ! 同じ命だがね! 家族だもんで重いとかお客様は他人だもんで軽いとか、そんなのあっちゃかん! そんなの差別じゃにゃーか! ええのか、そんなことして!?」


 罵り合いに発展する大男と青年。

 二人とも自分に一番『命の価値』があるって言い張っている。

 これはもしかして……



――生存できる人数を誤認している?



 真っ先に助かりたいだけ、というには彼らの熱量が気になる。

 合っていないのよ。

 一勝すればいいという考えとは。

 まるで一番でなければいけないというような、そんな切迫したものを感じる。


 彼らが勘違いをしてくれているのであれば、私にとっては嬉しい誤算ね。

 私は願う。

 ずっとそのままでいてほしい、と切に。

 二人のケンカが長く続けば続くほど、それだけ犠牲者が出るのを先延ばしにできるのだもの。

 だから、絶対に感情的にはならないでほしいものね。

 突っ走って相手を負かそうなんてしようものなら、他の人たちの生存意欲に火を点けることになってしまうから。

 あと、できるだけ周囲の目を引き付けるよう派手にやり取りしてほしい。

 気を取らせて、他のことに意識が向かわないように。


 私の祈りは天に通じたのかしら?

 渦中にもう一人加わる。



「ね、ねえ! 待って! もしかしてそれって僕なんじゃないかな!? 僕が一番いなくなっちゃダメなのかも! だって、僕のパパ、『スカイゴッド』の社長だもん!」



 飛び込んだのはセーラー服の少女。

 いい学校の制服を着ていたからもしかしたらって思っていたけれど、彼女は社長令嬢だった。

 それも、『スカイゴッド』の。


「す、『スカイゴッド』!? そりゃ、従業員が世界で四千万人もおるっちゅーあのオバケ企業のけや!?」


「そ、その社長が父親ですとな!? こ、これは不味いですぞ! こ、この子にもしものことがあれば、ワシら、ただでは済まされぬのでは……!?」


「うううう、嘘だ! そそそそ、そんな超有名企業のガキがこんなとこにいるはずねぇだろ!?」


 何人かが、『スカイゴッド』という社名が出た途端、動揺を露わにした。

 無理もない。

 『スカイゴッド』とは、この国では言わずと知れた家具メーカー界のトップ。

 世界の『スカイゴッド』とまで称されるほどの会社なのだもの。



 誰が生きるべきなのか、『命の価値』が高いのは誰なのか。少女が名乗りを上げたことで口論は激しさを増した。


「やっぱり俺様が生きるべきだろ! こっちは小せぇ命を背負ってんだぞ!? こんな超有名企業の名前を借りて生きようとしてる法螺吹き女とか、女をとっかえひっかえ侍らせて搾取してるクソホストよりもよォ! 嘘つきやクズ男に生きる価値なんてねぇんだよ!」


 自分が一番だと主張する大男。

 少女を嘘つきと決め打ち、青年を蔑む。


「はあ!? とっかえひっかえ!? 搾取!? 違うわ! さっきの話、ちゃんと聞いとったのけや、おみゃーは! うちはあの子らを楽しい気分にさせて日々の嫌なことから解放させとるだけなんだわ! そりゃ、仕事だで料金はいただくがよ……! けど、うちはこの仕事に誇りを持っとる! 女の子の心を救える! だもんでやっぱ、うちが生きるべきなんじゃにゃーか!?」


 自分が生きることの妥当性を訴える青年。


「う、嘘なんかついてないもん! パパは本当に『スカイゴッド』の社長だもん! ぜ、絶対に生きて帰らなくちゃ……! 僕がいなくなっちゃったらパパの会社、なくなっちゃう……! 働いてくれてる人たちを困らせるわけにはいかないよ……! 生きるためにはお金が必要で、そのためには働かなくちゃいけないから……!」


 涙ながらに弁明を図る少女。


 彼らのやり取りを聞いていて、私の仮説は確信に変わった。

 極限状態で視野が狭まっているのでしょう。

 間違いない。

 大男、青年、少女。この三人は、



――生きられるのが一人だと勘違いしている。



 これは僥倖ね。

 話が逸れて誰が生き残るかで揉め始めている。

 犠牲者の方から決めてしまったら決まった時点で他の人たちが我先にと狙う展開になることが想定されるけれど、生存する人の方から決めた場合、その人が決定したところですぐに誰かが生贄にささげられることはない。

 犠牲にする人を選ばなければ生存する人だけを決めてもあまり意味がないもの。

 単純に工程が一つ増える。

 だから、生存権を賭ける方で言い争ってくれるのはありがたいわ。


 それにこの戦局。

 大男、青年、少女の三つ巴。

 これも時間をつくってくれている。

 二人で言い争う時よりも感情的に動きにくくなるもの。

 相手を負かそうとしてもその相手が二人になれば、勝率は二分の一から三分の一に減る。

 一人には勝ててももう一人に負けたら、って嫌でも頭をよぎる。

 その考えが頭にあるのなら、無闇に勝負に持ち込もうなんてしないでしょう。

 余程の考えなしでもない限り。



 事態はいい方へ転がっている。

 そして、それはまだ続いていた。


「……き、基準を死んだら困る人にされては、そ、某には勝ち目がないのであります……! えっと、えーっと……っ! そ、そうだ! あ、あの! こ、これって食糧問題が根底にあるのでありますよね!? それならば論点は、



――如何に食糧を減らさない人を残すか、なのではありませんか!?」



 『命の価値』で決められるのは不利だと察したらしい中年男性が別の判断基準を提示した。

 彼が着目したのは食糧問題を是正すること。

 今ある食糧を無駄にせず増やせる『食糧問題を解消する力』で決めるべきである、と。

 注目を集める。


「そ、某たちがこんなとこに集められて妙なことをやらされている原因は食糧問題が迫ってきているのが問題なのでありますよね!? それなら、その問題を解消できる人物を残すのがベストなのではないか、と! ち、ちなみに某、こう見えて結構小食なのであります! す、好き嫌いもないのであります! ……そんなに。あ、あと、実家は農家だったので野菜の作り方なんかも知っていたり……!」


 自身の価値を必死に示そうとする中年男性。


 ……もし、彼の打ち立てた基準で犠牲者を選ぶことになったとしても、私は偏食らしいから切り捨てられる側に入るわね。

 それでも、私は喜べる。

 だって対案が出てきたということは、言い争いは激化するということ。

 基準を選ぶという工程が追加されて、もっと時間を要するようになる。

 これほど私にとって都合のいい展開はないじゃない。



 時間もできたのだから取り掛かりましょう。

 「もうこれ以上犠牲者を出さない方法」を探すことに。


 まずは整理をする必要があるわね。


 一つ。

 この『ゲーム』を辞退、降参することはできない。

――この『ゲーム』に参加しなければ、人類の未来を守ることに非協力的である、非協力的な人間は人類のためにならないと判断され、あの犠牲になった女性と同じ運命を辿ることになるって言及されていた。

それは即ち、『ゲーム』から降りれば死ぬということ。


 二つ。

 この『ゲーム』会場から脱出することはできない。

――ここは夢の中らしいのだけれど、一向に覚める気配がない。

起きることさえできれば無事に現実へ帰ることができるのでしょう。

ただ、それは『方舟』によって封じられている。

脳に信号を送って覚めない夢を見せる装置、とかいうもので。

それならこれはもう、夢であるかさえ怪しく感じられる。

夢であったとしても現実であったとしても、この会場自体から脱け出せれば助からないか、って一瞬考えようとしてしまったけれど、そもそもこの部屋にはドアの類が一つもなかったわ。

完全に封鎖されている……。


 三つ。

 この空間で死んではいけない。

――邪魔されて真偽を定かにはできなかったけれど、『方舟』が夢と現実を繋げる技術を持っている可能性は高い。

あの時、『ゲーム』が始まる前、犠牲者を出す流れになって『方舟』は生き生きとしだしたように私には受け取れた。

まるで、新しいおもちゃを手に入れたから早く使ってみたい、という幼い子どもの無邪気さのようなものを私は感じた。

だから私は、『方舟』はここで犠牲になった人を本当に死なせることができるって見ている。

目には見えない電波みたいなものを浴びせることでそれを可能にするのか、空からレーザーみたいなものを撃ってその人を射抜くことで実現するのか、方法はわからないけれど。

二度と目覚めなくなる可能性があるのだから、死ぬかもしれない手段を採ることはできない。

リスクが大きすぎるもの。

もし仮に、これが現実だった場合ここで死んだら……、それは言わずもがなよね。



 一番目、二番目のことから、『ゲーム』への参加は必須。


 『ゲーム』をするにあたってできることは、奪ったり押しつけたりなどして手札を交換すること、自分の手札を見せたり相手の手札を見たりして勝負をすること、または一時間の制限時間を経過させること。

 それくらい。

 けれど、三番目のことから、『ゲーム』において勝負に負けては駄目。

 一時間の制限時間を過ぎても駄目。

 手札の枚数制限を違反したまま一分間経過するのも駄目。

 勝負に勝つことも憚られる。

 誰かを犠牲にするということなのだもの。

 それは私がその人を殺すということに相違ない。


 あと、やれることといえば、交換できる権利を失っているのに交換してみる、か、勝負を引き分けに持ち込む、か。


 前者は不可能ね。

 黒い人が必死になって手札を戻そうとしていたけれど、できなかったのだもの。

 あれが演技だったとして交換することができたとしても、それは「ルール」を破ることになる。

 何かしらのペナルティが発生してもおかしくない。

 最悪、死ぬ可能性だってある。


 試すとしたらやはり後者かしら。

 詳細が載っていないのだから試してみるしかない。

 両方とも勝者とみなされるか、敗者として裁かれるか。

 ……あ、無効試合になる可能性もあるのね……。


 ……私って頭が固いのかしら?

 行き着くのは同じ場所。

 どんなに頭をひねっても、最初の考えから抜け出せない。

 やはり、『ゲーム』に参加しなければ彼女と同じ運命を辿ることになる、というのが相当に厄介だわ。



 残り時間は36:09。

 ……早いものね。

 もう半分が経過しようとしている。

 それなのに私ときたら同じところをぐるぐる回っているだけ。

 このままでは総崩れになり兼ねない。

 ……視野に入れないといけないかしら。

 最悪のパターンを。



「いいや! 生きる人を生かすべきだがや! ここで生かされたって帰ってすぐに死なれちゃあ、犠牲になったモンが浮かばれんでよ!」


「あっ! だったらさ、人類を滅ぼさないためなんだから、女の子は必要なんじゃない!? だって、女の子がいなかったら新しい命が生まれないもん!」


「し、食糧問題が解決されなかったら、生きることもできなくなるでありましょう!? だ、だから、大事なのはやはり食糧――」


「い、いえいえ! 大事なのは人間性ですな! 生き残った人が悪人だったらどうするのです!? それは食糧問題以前の問題でしょう!?」


「おれは、おれたちはただ、普通の暮らしができればそれでいいのに……! あったかいご飯を毎日食べれて、安心して眠れて、こいつと一緒に暮らせればそれでいいのに……っ! おまえら、もう経験してるんだろ!? だったら、おれたちにも経験させてくれたっていいじゃんか!」


「何をごちゃごちゃぬかしてんだ! 死んでも害のねぇ奴、さっさと手を挙げろよ! 背負ってる命の数が多い俺様を生かす! 考えるまでもねぇことだろ!? まあ、俺様はなんになっても生きられるがな! 病気に罹ったことはねぇし、食い物を無駄にしたりはしねぇ! 俺様ほどいい人間もいねぇしな!」



 ……ずっとそうしていてほしい、とは思っていたけれど、自分が生きることしか考えてくれないのも考えものね。

 全員で生きる方法を全員で考えることができれば何か糸口を見つけられるかもしれないのに。

 私一人が全員生還ルートを模索しているのが馬鹿みたいじゃない、などと、若干の嫌気が差していた時だった。



「あ……あの……ちゃん……これ……!」



 私は捉えた。

 六人の人物が激論を繰り広げるなか、その輪からは外れ、懸命に何かを伝えようとしている人の姿を。


 ちなみに黒い人のことではないわ。

 その人も論戦には参加していなかったけれど、ただくたびれていただけだもの。


 その人ではなく、双子と思しきおどおどした方の子。

 その子が同じような恰好をした子に必死になって知らせようとしていた。

 その手の人差し指はテーブルの上に置かれたまま動いていない。

 これは、



――「手札の交換」、「手札の公開」の隠し場所に気づいてしまった?



 あの子ともう一人の子の関係性が深いのは明らか。

 その子に教えようとしているということは、余程貴重な発見をしたということ。

 加えて、あの手の位置とあの表情。


 ちょっと待ってほしいのだけれど。

 交換と勝負の仕方を把握されてしまったら、折角よくなってきている流れが一気に引き戻されてしまう恐れがある。

 この『ゲーム』では、隠されているそれらをいち早く発見して相手が対処できないうちに仕掛けるのが最も安全に一勝をもぎ取れる方法。

 あの子たちが動いてしまったら、この場はもっと荒れる。

 他にもそれを知っていて様子を窺っている人がいた場合、均衡が崩れる。


 これは早く手を打っておかないと手遅れになる。

 あの子が重要なことを発見したと誰かに感づかれてしまったら、いろいろと考えている暇はなくなるし、試すこともできなくなる。


 声では届かなかったため「チャット」を試そうとしているその子に、私は送った。



【あなた、もう一人の子に何を知らせようとしているのかしら?】



「――ひぇええっ!?」


 私からのメッセージにその子の身体が跳ね上がる。

 ガタッ、ゴトッ、ドンッとテーブルの裏、椅子の肘掛けや背もたれに身体をぶつけ、大きな音を立てるその子。

 奇声も上げていたし、周りの人たちの意識がその子へ向かう。

 ……逸らさないと。


「ごめんなさい。『チャット』機能を試していただけなの」


 私がこう言うと、大男や老人たちはその眼を、私とその子の間を行き来させる。

 けれど、生きるべき基準を定めるより大事ではないと判断したのでしょう。

 集められた視線は散っていった。

 その子の隣の席にいた黒い人と、反対側の隣の席にいた同じような恰好をしたもう一人の子のものを除いて。


 もう一人の子がその子を心配するのは道理かもしれない。

 黒い人はというと私に敵意を剥き出しにしていた。

 まあ、この人のことは今はそんなに触れなくてもいいかしら。


 一度顔を見合わせた二人の子は頷いてテーブルに向き合う。

 画面上でのやり取りに切り替えたみたい。

 テーマはおどおどした方の子が発見したことと、私への対処、ね。


 警戒を強めておきましょう、って考えた矢先のこと。メッセージが送られてくる。

 私が送った方の子からではなく、違う方の子から。


【おい、お前! 妹を怖がらせたな! おれはお前を許さないぞ! おれたちの犠牲にしてやるから覚悟しろ!】


 ……物騒な内容。

 どうやらあの子たちは兄妹だったみたいね。

 そして私の行動はお兄さんの方の逆鱗に触れてしまった、と。

 私はその子の様子を盗み見る。

 その姿は眉を吊り上げ、眉間に皺を寄せ、歯を剥き出しにして軋ませていた。

 震えている。

 怒りに。

 ……ああ、これは、



――利用しない手はないじゃない。



 このお兄さんがあのおどおどした方の子、彼の妹を大事にしているのは瞭然。

 それなら、お兄さんは妹のために動く。

 確実に私に勝てるようお兄さんがお膳立てするに違いない。

 妹に私と対戦させる流れに持っていくでしょう。

 これが私の読み。

 そしてそれは、見事に沿っていく。



 抜き取られた四枚の手札。

 そしてやってくる四枚の裏になったカード。

 これはお兄さんがやったのね。

 やはりあの妹は交換の仕方を知ってしまっていた。

 それを「チャット」でお兄さんに伝えた。


 さて、この四枚の裏になったカードだけれど、奪われたものがそのまま返ってくるなんてことはないわよね。

 だからこれは、手札を交換した、ということ。

 正しくは、奪われ押しつけられた、なのだけれど。

 役の表記も変化しているから交換は成立していると見ていい。


 『ダミートリック』から『???』に。


 このように表されているのは無理やり手札に加えられた四枚が裏のままだからかしら?

 けれど、これで手元に残った『スペードの10』は『ダミーカード』でない可能性が高くなった。

 手札に『ダミーカード』が残っていたら、他の四枚でどんなに強い役を構成できるとしても結局『ダミートリック』になるのだから表記は変わらないでしょう。

 たとえ、その四枚が裏のままであっても、それは同じであるはず。


 とはいえ、手持ちのカードが把握できていないと『ダミーカード』を所持していても『???』と記される可能性は否定できない。

 だから、私はお兄さんの方を確認した。


 その瞬間を私は捉えた。

 ……あの表情。

 したり顔から愕然とした顔に。

 役の表記が目に入ってしまったようね。

 後悔の色がはっきりと表れている。

 しっかり書いてあるわ。


 やらなければよかったって。


 それは『ダミーカード』が相手に渡ったことを物語っていた。


 これでお兄さんの方から仕掛けられることはなくなったわね。

 まあ、元々そのつもりはなかったでしょうけれど。

 このお兄さんの性格からすると、大事なのは妹。

 彼は妹を基準にして生きているように窺える。

 だから、一番注意しなければいけないのはその妹の動向。

 彼女に攻められないようにする必要がある。


 私は裏になっているカードをタップした。

 カードを確認した方が上手く立ち振る舞えると判断したから。

 カードが引っ繰り返る。


――『ハートの3』


――『ハートの4』


――『ハートの6』


 ……最後の一枚。

 それに手を掛けたところでふと止まった。



――これ、裏のままで動かせないかしら?



 そんなことが頭を過ったから。


 私の指は既に画面のその部分に触れてしまっていたけれど、長押しをしている状態ではカードは表にならなかった。

 だから、そのまま位置をずらして離してみる。

 すると、カードは裏で保たれる。

 タップしたとは判定されなかった。


 裏のままで残ったカードで実験を試みる。

 そうね……。

 既に犠牲になっている女性に協力してもらいましょう。

 画面で彼女を選択してカードをスライドさせる。

 できないかもしれない。

 駄目で元々、という気持ちで実行したのだけれど、カードは彼女の元に移せた。

 すぐに回収する。

 ……これはいい情報を得られたわ。


 ちなみに、最後の一枚をタップして表にするとそれは『ハートの8』だった。


 あのお兄さんの手札、『フラッシュ』だったみたいね。

 そして、役の表記は『???』から『ハイカード』に変わった。



 私がそんなことをしている最中、兄妹は真剣な表情でテーブルと向き合っていた。

 「チャット」で打ち合わせでもしているのかしら?

 いいえ、間違いなくそうね。

 今後の動きを確認し合っている。

 私に勝つ筋書き、その認識にずれが生じないようにすり合わせているって感じ取れる。


 そして、彼らは動いた。

 お兄さんの方が私を指差して何やら合図を送っている。

 私も送った。

 彼らにメッセージを。



【あなたたち、それでどうして勝てると思ったのかしら?】



 この「チャット」に、複数人に同時にメッセージを送る機能はなかったため、一人ずつ妹、兄の順番で同じものを送らなければいけなかったのだけれど、目的は達成できた。

 妹の方の指を止められたのだから。

 彼女は私の反応が余裕そうだと捉えて二の足を踏んだのでしょう。


 あの二人のうち、私を狙ってくるのは妹の方だけ。

 よって、彼女の行動に制限をかけられさえすれば私は命を繋ぎ止めることができる。

 一応、お兄さんの方も警戒しておくけれど。

 あまり裕福そうでない彼らは何よりもお互いを大事にしている、そう見受けられるから。


 二人の私を狙う計画は一時的に中断され、お兄さんの方から私にコンタクトがあった。


【お前の手札は弱いはずだろ? おれの作戦で役を崩したんだから。まさか元から弱かったとは思わなかったけど。】


 これは確認ね。

 このまま計画を続行してもいいものかどうか、探りを入れて不安要素を取り払おうとしているように見える。

 この子は、慎重ね。


 小学生の中学年くらいに見えるこの子。

 個人的な意見なのだけれど、そのくらいの子ってもっと感覚的に動く印象があった。

 男の子は特に。

 私たちからすれば成長が遅いって思うことが多かったのだもの。

 けれど、この子はよく考えている。

 無理やり手札を換えて相手を弱くしてから勝負を挑む、っていうこの『ゲーム』における勝率の高い戦い方にも、五枚全てを交換しては勝負に発展して命を落とす危険性があることにも思い至っている。

 頭の回転は悪くない。

 けれど彼のような手札を持っていて、交換する枚数を四枚にしたのは失敗だったわね。

 相手につけ入る隙を与えてしまうのだもの。

 まあ、そのお陰で私は命拾いをするのだけれど。


【そこに関しては感謝しなくてはいけないわね。ありがとう。最弱を引き受けてくれて。あなたのお陰で図らずも私の手札は強化されたのだから】


 わざとこういう文章を送りつける。

 相手の神経を逆なでするような文章を。

 感情的になれば、何かぽろっと出てくるかもしれないもの。

 これができるのは相手が私を狙ってこないと読めているから。


【強化って言っても『ワンペア』くらいだろ? こっちは『ハートの3』、『ハートの4』、『ハートの6』、『ハートの8』しか渡してないんだから。こっちに来たのは『スペードのA』、『スペードのK』、『スペードのQ』、『スペードのJ』。ってことは残りの一枚はスペードだろ? だったら妹の手札で勝てる。大人しく待っとけ。おれを狙おうとしても結局はおれの妹にやられるだけなんだから。】


 ……自分が渡したカードを明かすのって流行っているのかしら?

 得たカードもばらしている……。

 秘匿にしておいた方が有利に運ぶって考えるのは私だけ?



――あなたの役、『ダミートリック』になっているのよね?



 それなら得たカードは伏せるべきなのではないかしら?

 相手にどれが『ダミーカード』だったのかばれてしまうじゃない。

 ……まあ、今回は変わらなかったわけだけれど。


 そう、四枚とも変わらなかったのね……。

 私の役が『ハイカード』になっているということは取られた方に『ダミーカード』が含まれているはずなのに。

 それなのに何も変化がなかった。

 ……ということは、『10』ということね。

 あの子が持っている最後の一枚のカードの数字。

 それも、「役は予めつくっている」というルールと彼が元々持っていたカードの組み合わせから推測されるスートは『ハート』。


 最後の一枚は『ハートの10』。


 『ダミーカード』がどれなのかは判明しなかったけれど、相手のカードがわかったのは収穫かしら。


 この子には感謝しかないわね。

 情報を落としてくれたことにも、自分の考えを述べてくれたことにも。

 そういう認識であるなら、私は強く出られる。


【あなたを狙おうだなんてそんなこと考えてもいないわ。考える必要がないもの。あなた、ハートのカードばかり送り付けてきたでしょう? それも四枚も。



――最後の一枚が同じスートではない、とどうして言い切れるのかしら?】



「……っ」


 男の子の動きが僅かな間止まった。

 その間、私の提示した可能性を考えていたみたい。

 けれど、すぐに指摘される。


【「ルール」にあったじゃん。役は最初につくってあるって。ってことはお前が持ってるのって『スペードの10』だろ? だからお前の役は今『ハイカード』になってるはずだ。】


 ……ビンゴ。

 本当によく考察ができている。

 だからこそ、惜しいと感じる。

 こんな子を、



――潰してしまうことが。



 私は手を抜かない。

 いいえ、抜けない。

 自分の命が懸かっているのだもの。


【あら? あなたも見たでしょう? 『ダミートリック』という文字を。『ダミートリック』って『ダミーカード』の他に何があっても成立する役でしょう?】


【いや。そこまで揃っていて最後の一枚が『スペードの10』じゃないのはおかしいって。だからお前が持ってる最後のカードは『スペードの10』だ。きっと、めちゃくちゃ強いじゃんって思わせておいて、役を見たら、え……ってなるようにつくってあるんだよ。なんかそういうの、『方舟』好きそうじゃん。】


 彼からの反論。

 的確に『ダミーカード』の特性をついてきた。

 そして、こんな小さな子にも性格が悪いって思われている『方舟』……。

 確かにこの『ゲーム』の『主催者』は、天国から地獄へ落ちる人を見てゲラゲラと笑うような性格をしていそうよね。

 私は実際にそれをやられた被害者だもの。

 それについては全くの同意見よ。


 彼の様子を見ると焦りの色も垣間見えた。

 ……これは、万が一にも私が『フラッシュ』になっていたら困る、といった表情ね。

 恐らく、彼の妹の手札は私が『フラッシュ』だった場合、勝てない役なのではないかしら。

 その必死さから、ぎりぎり負けてしまう手札のように感じる。

 だから、徹底的に私を否定しているという側面もきっとあるのでしょう。


 ……『ストレート』かしら?

  それとも『スリーオブアカインド』?

  何にしてもやることは変わらないけれど。


 お兄さんの方はしっかりと「ルール」を頭の中に入れている。

 私の残りのカードが『スペードの10』だという認識は絶対的なものらしい。

 そこは崩させてもらうわ。


【いいえ。私が言いたいのはそういうことではないわ。私の手札にはハートなんてなかった。けれど、今はハートを持っているってことよ】


「……?」


 お兄さんが首を傾げる。

 ……それもそうね。

 これだけでは言いたいことが伝わるはずもない。

 私は付け加える。


【そういえばこの『ゲーム』には、あなたに渡ったカードの他にももう一枚、似たような性質を持ったカードが混ぜられていた気がするのだけれど】


「……っ!」


 それで察したらしい。

 私が何を言いたいのか、を。

 本当に鋭い子。


 私はにおわせていたの。

 『ダミーカード』と似たような性質を持つ、けれど、それよりも明らかに優れたカードの存在を。


 お兄さんは動揺し始める。


【待って! 持ってるのって『ワイルドカード』なの!? そんなことって……! だって、『ダミーカード』も持ってたでしょ!?】


 口調が変わった。

 この場合は文面が、って言った方が正しいかしら。

 恐らく、こっちの方が素なのでしょう。


 兎に角、お兄さんは取り乱した。


【そうだよ! おかしいよ! 『ワイルドカード』と『ダミーカード』を両方持たせるなんて……! もしそうだったとしても四枚も交換してるんだよ!? 『ワイルドカード』が手元に残るなんて……! そんなの、あり得ないほど低い確率だよ!】


【あら? それなら私は運がよかったのね。手元に残るなんて。どれが『ダミーカード』なのかとか、知らなかったのがよかったのかしら? こうなってほしいって思うと、そういうのって相手に伝わるってとこ、あるものね?】


 目を見開いて震え出すお兄さん。

 今度は怒りではない別の感情で。

 ……あれは恐怖ね。


 私はこの機を逃さない。


【あと、手札の内容に関してなのだけれど、それを決めているのは『方舟』だもの。あり得ないことをやるのも『あれ』の好きそうなことではないかしら?】


「そ、それは……っ」


 半開きになった口から言葉が漏れ出る。その様子はこの展開が計算外であることを表していた。

 ……決まりね。

 別の目論見はない。


 私は続ける。


【交換するの、四枚ではなく三枚にすべきだったのではないかしら? そうしていたらこんなことにはならなかったように思うわ。『ダミーカード』が移る確率も減るのだし、『フラッシュ』をつくられることも少しは抑えられるのだもの。四枚も換えてしまったことが私に主導権を握らせることになったのよ】


 固まってしまった男の子。

 心を抉るには十分だったでしょう。

 少し後ろめたい気持ちになる。


 ずたずたになったお兄さん。

 それでも奮起する。

 妹を助けるために、でしょう。

 わかる。

 何か、何かないか、と懸命に考えを巡らせている。


 ほどなくして、ハッとした表情を浮かべた。

 その何かを思いついたみたいね。

 ただ、その様子は気取られないようにした方が賢明だったでしょう。

 追い詰められている証拠になるもの。


【今、おれに『ダミーカード』があるんだよね!? だったら、これをこの子に渡して勝負させれば、この子は助かるってことだよね!?】


 送られてきたメッセージがこれ。

 完全に私の言葉を信じきっていた。

 それなら、このまま押し切る。


【いいのかしら? そんなものを妹さんに渡して。あなた、あの子が大事なのでしょう? なら、よく考えた方がいいわ。そのカードを持つということは、この中の一人にしか勝てなくなるということ。他の七人、その中の一人にでも狙われたらお終いなのよ? それって致命的じゃない】


「そ、そう、だけど……!」


 私は揺さぶる。

 お兄さんは逡巡しながらも、決めていた。

 大事な人の命を最優先にすることを。

 それだけは揺るがなかった。


【でも! きみを倒してすぐに捨てちゃえば問題ないんじゃない!? 『ダミーカード』を持ってるなら手札は最弱になるはずだから、交換は自由にできるはずだし!】


 ……本当によく見ている。

 あの黒い人より余程。

 お兄さんはこう返す前に、周囲の人たちがまだ言い争いを繰り広げていて私たちに関心を抱いていないこともちゃんと確かめていた。

 それなのに私は、今から最も気が引けるようなことをしようとしている。


 仕方がないと自分に言い聞かせる。

 このままなら私は死なないけれど、困ったことになるのだもの。

 兄妹のどちらか、個人的な見解を言えば妹の方が犠牲になるでしょう。

 いいえ、それならまだ優しい方ね。

 この二人の両方ともが死ぬという最悪のケースだって想定し得る。

 それは、私の望む結末ではないのよ。


【私の手札が、



――あなたの考えるような手札ではなかったら?】



「――え」


 お兄さんの動きがぴたりと止まる。

 急に何を言い出すんだ、とでも言いたげな顔をこちらに向けていた。


【きみが言ったんでしょ!? 『ワイルドカード』を持ってるって!】


 すごい気迫で送られてくる。

 お兄さんは混乱している。


【あら? 私はそんなこと、一言も口にしていないわよ? 疑うなら「チャット」の履歴を読み返してくれても構わないけれど、私からはその名前を一度たりとも出していないわ】


 お兄さんの指が忙しなく動く。

 その表情はみるみる悪くなっていっていた。


【持ってない……? さっきのはにおわせだったってこと!? だったら、あの子が持ってるカードで挑めばいいの!?】


 頭の中がぐちゃぐちゃになって、自分では判断がつかなくなったみたい。

 私に仰いでくる。

 けれど、私はそれを一刀両断した。


【さあ? あなたが想定するカードを私が持っていないとも限らないでしょう? 私は明言していないのだもの。あなたからすればどちらになる可能性も考えられるはずよ?】


 あの子からすれば懸かっているのは大切な人の命。

 だからなのか、恥も外聞もなくこれから手にかけるかもしれないという私に助けを乞う。

 それを私は振り解いた。

 私だって死にたくはないもの。


【どっちなの!? 答えてよ!】


【さあ、よく考えて。



――『フラッシュ』を警戒して手札を取り換えて挑んで負ける?


――弱くなっている、と信じてそのままの手札で挑んで負ける?】



 私からの返信。

 わざとした悪い言い方。

 それによって、お兄さんの顔は絶望に染まっていく。

 それを見て、私はすかさず送り付けた。


【早くしないと彼女の隣にいる黒い服の人が動き出すかもしれないわね。さっきからずっとこっちの様子を窺っているもの。『ダミーカード』の行方を表情から追っているのではないかしら? もしそうなら、『ダミーカード』を、というもの選択肢としてはアリね】


 追い打ちともとれるメッセージを。

 実際には、黒い人は私だけを標的にしていたのだけれど、お兄さんがその人のことを確認すると、視線に気づいてその人も彼の方を見た。

 それに慌てたお兄さんは決断をした。


 私にカードを返す決断を。



――上手く誘導できた。



 これは私もあの兄妹も生きるために私が仕組んだこと。

 わざとあの二人が負けることを強調して不安を煽り、あの黒い人が私を見ていたことを利用して彼らを狙っていると錯覚させる。

 それから『ダミーカード』を私に渡す選択肢を示唆した。

 捨てる、と言って他の人に押しつけさせるのではなく、返す、と言って私に戻すように仕向けたの。

 このカードがどこに行ってしまったのかわからなくなってしまうのは私としては都合が悪いから。

 このカードはまさに切り札トランプになるかもしれないのだもの。



 返ってくる四枚のスペードのカード。

 おかえりなさい。

 私はハートのカードを返す。


 手札が戻った後のお兄さんの顔は憔悴しきっていた。

 今こそ妹のあの子に私へ挑むよう指示を出せば、彼の目的は達成されるのだけれど。

 彼は私の役を把握しているのだもの。

 ただ、今はそれどころではないみたいね。

 何も変わらなかったのに交換できる権利だけを失ってしまったことが相当堪えたのでしょう。

 妹の方も兄を元気づけることで頭がいっぱいになっていて、私を倒す計画は完全に忘れ去られているようだった。


 お兄さんは交換できる権利を無駄にしてしまったように見えるけれど、彼は実は結構恵まれているのでは、って感じる。

 だって、それだけで済んだのだもの。

 選択を誤っていたら、彼は大事な存在を失っていた。

 そうでなければ、誰かの犠牲の上に成り立たせた仮初の日常に心を擦り減らしていたに違いない。

 最悪、誰かを犠牲にした挙句妹まで失っていたかもしれない。

 そうならなかったのは、相手が私だったから、かしら。



――誰かが被害に遭う前に絡んで、私が標的になるようにしたから。



 下手に勝負を展開されたら死人が出るもの。

 そうなってしまっては、全員で助かることはできない。

 だから、黒い人の時より観測段階のものが多かったけれど、無茶をして止めに入ったの。


 兄による妹を生かす計画はどうにか阻止できた。

 けれど、私にはまだやることがある。


【あなたたちは最良の選択をしたわ。自分たちの命を失うことなく、そして、誰かを手にかけることもなかったのだもの。誰かを犠牲にして生きることはとてもつらいことだと思うから】


 兄妹に励ますようなメッセージを送る。

 ……これで納得してくれたらいいのだけれど。


【でも、誰かをやらなきゃ生きていけないって「ルール」なんだよね!? 嫌だよ! おれ、妹を死なせたくない……!】


 お兄さんの方からこのように返された。

 ……『方舟』め。


 そうよね。

 こんな「ルール」があるから、誰かをやることが是になってしまうのよね。

 けれど、それはいけないのよ。



【それはあなたたちが背負わなくていいものよ。そんなもの、背負わなくていい。私が背負わなくてよくしてあげる。少し意地悪をしてしまったお詫びに、どう転ぼうともあなたたちは二人とも無事にここから出してあげるわ。泥船に乗る勇気があるのなら、だけれど】



 私はこう送った。

 それを読んだ二人は顔を見合わせて頷く。

 そして、二人からメッセージが返ってきた。


【妹が生きていられるって言うなら、おれはきみの提案に乗る!】


【お兄ちゃんが生きられるなら、わたしはあなたに協力します!】


 ……よかった。

 これで、



――この兄妹が勝手に動くことはなくなった。



 交換及び勝負ができる人を野放しにしておくのは気が気でない。

 いつ死者が出るかわからずにひやひやさせられるのは心臓がいくつあっても足りはしないもの。



 それより、今回の件で一番大きかったのは協力者を得られたことね。

 私は二人にあの話を持ちかけてみる。


【私は全員で生き残る道を模索しているのだけれど、恥ずかしい話、行き詰まっているの。何か案があれば出してもらえるとうれしいのだけれど】


 二人はこの話に付き合ってくれる。


【全員で……って、ああ! そうすれば誰も苦しまずに済むってこと!? その発想はなかったよ! でも、うーん。そんな方法、あるのかな? 『方舟』は誰もここから出さないようにしてるんじゃない? 扉とか窓とかないし……。】


【全員で生き残る方法……! そんな考えができるなんてすごいです! そうですよね! それができればみんな幸せですもんね! ええっと、これって夢なんでしたっけ? だったら、全力で目覚めるようにする、とか?】


 けれど、行き着く場所は同じようだった。

 三人寄らばなんとやら、とはいかないみたい。


【……そうね。ここは密室よね。それと、夢らな起きればいい、とは私も考えたけれど、それは少し無理っぽいわ。起きているのに起きようとするみたいな妙な感覚になるもの。そして、『ゲーム』に参加しないことも『方舟』に封じられている。参加しなければいけない以上、必要になってくるのは「ルール」の穴を突くことだと思うのだけれど】


 私がどこで悩んでいたのかを明らかにして送ると、二人からのメッセージは途切れた。

 目を瞑って腕を組んでいたり、顎に手を当てて首を傾げていたり。

 真剣に考えてくれている。

 二人は悪くない。

 けれど、何も閃かないという状況はいい展開とは言えなかった。



 私たちが思案している間も周りの人たちの熱戦はちっとも冷めてはいなかった。


「だから、食糧問題を解消できる人を生かすべきだと言っているでありましょう!? 『方舟』も懸念していたのでありますから、そうするべきなのでありますよ! 生きられる人なら兎も角、人間性で選ぶのはちょっと……! 死んだら困る人で選ぶのは断固拒否するのであります! あと、女性を生かすというのは逆に差別なのでは!? さ、差別は反対であります!」


「な、何故、人間性で選べないのですかな!? 食糧問題は確かに大事なことかもしれませぬが、ここではいい顔して、実際には食糧を無駄にしている輩だっているかもしれませぬぞ!? だから、ここはやはり人間性で決めるべきですな! 老い先短い老人を排除する案など言語道断! 男女平等の観点から、彼女の提案はいかがなものかと思いますな! 死んだら困る人で選ぶのはなくはない方法だと思いますが……!」


「なんで!? 女の子が子どもを産むんだもん! だから、女の子は生きるべきだよ! 『方舟』だって食糧問題より人間が滅びちゃうことの方を心配してたことない!? してたよね!? 生きるには食べ物が必要だから、って出してただけで! だから、食糧問題で生きる人を決めるのは違うと思う! それで決めるなら、死んだら困る人で決めた方がいいよ! それ、女の子のことだもん! 人間性で決めるのも、生きられる人で決めるのもわかるけど……!」


「おみゃーら、ええ加減にしにゃーか! 生きれる人を生かすべきに決まっとるがね! そいつのために犠牲になっとるのにすぐに死なれちゃあ、死ぬに死にきれんでよ! おみゃーらは納得できるんけや!? えれー立派な人間でも、食糧問題に取り組む人っちゅうても、誰かのためになる人間でも、すぐに死なれちゃあ終わりだがや! あ! うちはそれ以上に女の子は生きるべきって思っとるがね!」


「おいおい、無駄なんだよ、この時間! 俺様を生かす! テメェらが死ぬ! で、いいじゃねぇか! それ以外に選択肢はねぇんだからよォ! 『命の価値』も『食糧問題解消』も『人類の存続』も『生命力』も! 俺様が一番なんだからなァ! もちろん、『人間性』も、だ! 話し合うことなんざ、もうねぇだろうが!」


 ……呆れた。

 まだ、あっちがいい、こっちがいい、って揉めているの?

 どうしてその行為が、全滅の未来に繋がっていることに気づけないのかしら?

 彼らの問答に結論は出ない。

 喜ぶのは人口を調整したがっている『方舟』だけだというのに。


「はぁ!? 何ゆうとるんだがや! 背負っとる命ならうちやあの嬢ちゃんの方が上だったじゃにゃーか!」


「そ、そうだ、そうだ! それに、食糧問題解消の方も、あの身体を維持するには他の人より多くの食糧を消費するはずであります! みんなもそう思うでありますよね!?」


「長く生きられるかって言うのも微妙じゃない!? 身体に悪いこと、いっぱいしてそうだもん!」


「人間性もいいとは思えませぬぞ! 利己的で高圧的! あやつを残らせたら何をしでかすかわかったものではありませぬぞ!」


「はぁああああ!? テメェら、俺様よりも下の分際で……っ! 上等だ、ゴラァ! ぶっ殺してやるから覚悟しろ!」


 自分の発言で反感を買う大男。

 頭に血が上って衝動的に立ち上がる。

 そして一番近くにいた少女の胸倉を掴んだ、その時だった。


「アー、暴力ハ駄目デスヨー? 決着ヲツケルナラ『ポーカーフェイク』デオ願イシマース! モシ、『ポーカーフェイク』以外デ決着ヲツケヨウトシタ場合、



――ソノ者ノ手札ヲ『ダミーカード』ヨリ弱ク、『ワイルドカード』ニモ勝テナイ『スーパーダミーカード』ニ変エ、交換モデキナイヨウろっくヲ掛ケサセテイタダキマース!



要スルニ、犠牲ニナルノヲ待ツダケトナリマスノデオ気ヲ付ケクダサーイ!」


「――チッ!」


 どこからか聞こえてきた『方舟』による忠告。

 それによって大男の行動は制された。

 ……まあ、あんなことを言われたら引かざるを得ないわよね。


 舌打ちをし、少女を突き飛ばすように放した大男は元の位置に戻り、椅子が壊れるのではないかというほどの勢いでドシンッと座り込む。

 そして足を組んで言い放った。


「まあいいさ! どうせ残り僅かな命だもんなァ! この勝負、勝つのは俺様だ! だから言いたいことを言わせてやる! 精々化けて出ねぇように残りの人生を謳歌してくれや!」


 他の人たち、特に大男と言い争っていたあの四人は彼に対して反感を強めたけれど、私はよかったって思った。

 あの男が暴走していたら死者が出ていたでしょうから。

 あの時席を立たずに、激情に駆られて誰かに勝負を挑もうものなら。

 彼のその実力行使に直結するような感情的過ぎる性格が、私にとってはいい方に転んだみたい。

 ちょっと釈然としない部分はあるのだけれど。



 まだ考える時間はある。

 『方舟』が言っていた通り、『ポーカーフェイク』で決着をつけろ、ということは、やはり「ルール」の穴を見つけなければいけない。

 交換、勝負、制限時間……。

 これ以外にできることがないか、と探す。



「アイツのことは放っといて、誰が生きるべきなのか決めるがや! やっぱ、生きる力は大事だでよ! じいさん、遠慮してもらってええか!?」


 ……探す。


「んなっ!? 老いぼれだから排除する!? そう言いたいのですかな!? その言い草はあまりにも人間性を欠いていますぞ!? お主を生かしても世界がよくなるとは思えませぬな!」


 ……探す。


「し、食糧問題の解決ってなんなの!? 今、人数を減らしてるんだから、そこ重要じゃなくない!? やっぱり、大事なのは人類を存続させることの方だよ! 女の子! 女の子を生かせば滅亡はしないでしょ!? 子ども、産めるんだよ!?」


 ……探――


「い、いやいや! 食糧問題を解決しないと、また足りないとか『方舟』が言い出し兼ねないのでありますよ! だから、重要じゃないなんてことはないのであります! それよりも、女の子を残すことの方が些か問題があるのではなりませんか!? 男でも女でもそうじゃなかったとしても、皆平等でありますよね!? 行き過ぎた性別の尊重はその精神に反していると思うのであります!」


 ……。



――なんで私、この人たちを救わなければいけないのかしら?



 ……いけない。

 思案の妨害をしてくるのだもの。

 つい恨めしく思ってしまったわ。

 それに、私は私のためにここにいる全員を生かそうとしている。

 だから、考えるのを邪魔されたからといって、彼らに苛立ちをぶつけるべきではないわね。



 残り時間は23:51。

 もう三分の一になる。

 それなのに私はまだ全員で生き残るその術の足掛かりすら掴めていない。


【ここで死ぬ……っていうのはダメですよね……。無事に目を覚ます保証なんてどこにもないですし……。『ゲーム』はやらないとダメで、でも、負けてもダメ……。何もしなくても犠牲にされちゃう……。】


【あ! 引き分けは!? 引き分けたら勝ったってことにならないかな!?】


 兄妹の二人も考えてくれている。

 頑張って絞り出そうとしてくれている。

 けれど、突破口は導き出せなくて。


【引き分け、ね。確かにそうすれば勝者と認識されるかもしれないわ。けれど、その逆の可能性も考慮しなくては、ね。両方とも敗者という扱いにされては堪ったものではないもの。ただ、現状ではその方法しか思いついていないのも事実。試すとしたら、時間ぎりぎりのタイミングかしら】


 二人にそう返したところで、また空気が変わり始める。

 少し嫌な流れに。



「おみゃーらはどう思っとるんだがね!? さっきっから黙っとるがよ!」



 青年が私、黒い人、あの兄妹を巻き込みだした。

 ……ちょっと、こっちに振らないでほしいのだけれど。

 今は話す時間も惜しいのよ。


 私と黒い人が反応しなかったものだから、その牙はあの兄妹に向けられる。


「何も言わんっちゅうことは、犠牲になってもええっちゅうことになるが、えか!? それでえか!?」


 若干の脅しも含まれている青年の問い掛けに、お兄さんがおずおずと答える。


「えっと、えっと……っ。そ、そうだ!



――自分以外で生かしたい人に投票する――



っていうのは!? おれは妹を助けたい……!」


「わ、わたしはお兄ちゃんを……!」


 妹を助けたい、という思いが先行して『投票』という案を出したお兄さん。

 ……あれ?

 これ、私まずくない?

 まずいわよね?

 彼に私を貶める意図はなかったのでしょうけれど。



 きっと、少女と青年が庇い合う。



「そうするんだったら、うちは嬢ちゃんに投票するがや!」


「あ、ありがとう! じ、じゃあ、僕は君に!」



 そして、この決め方の攻略法に気づいた誰かが、まだ投票していない人を誘って協定を結ぶでしょう。

 残りのメンバーで考えるなら、老人と中年男性辺りかしら。



「ええ!? 自分に投票できないのはつらいでありますよ……! 某はえっと、ええっと……!」


「――ハッ! お主! ワシはお主に投票しますから、お主はワシに投票してくれませぬかな!? ここは一時休戦といきましょうぞ……!」


「……っ! わ、わかったのであります!」



 あと、黒い人が私に投票するわけがない。

 ……そうね。あの人は性格が曲がっていそうだから、大男にでも入れるかも。

 そうしたら、大男も気をよくして黒い人に入れるって考えられる。



「くひひひひっ! じゃあ、ボクは大きいキミに入れよっかなぁ! 扱いや――いや、彼ほど生きるべきって思える人間もいないからねぇ!」


「おお! テメェ! わかってんじゃねぇか! 俺様もテメェに入れてやるよ!」


 ……いいのかしら?

 大男。

 黒い人、今、扱いやすいって言いかけていたけれど。



 結果、兄妹、少女、青年、老人、中年男性、大男、黒い人に一票ずつ。

 票を獲得できなかったのは私だけという状況になった。


「さあて、だあれが一番、票数が少なかったんだろうねぇ!? くひひひひっ!」


 額の位置に手を持ってきて、わざと見渡すようなジェスチャーをする黒い人。

 ……やられたわね。

 お兄さんの、妹を思っての発言を悪用された。


「――っ!? ご、ごめ――」


 謝罪しようとしたお兄さんを、私は首を横に振って止めた。

 私を嵌めたのでなければ何も問題はない。

 それよりも繋がっていると疑われる方があとになって響いてくるかもしれないから。

 それにこれ、見た目ほどピンチではないしね。


「くひっ、くひひひひっ! そこの幼女じゃあないかい!? 誰からも支持されなかったのって! 悪いけど、みんなで決めたことだから犠牲になってもらうよ!? くひひひひっ! ざまぁみろ!」


 勝ち誇っている黒い人。

 ざまぁみろって言葉にしてしまうくらい。

 ……本当、ご満悦ね。

 なんかイラッと来たから、捌け口になってもらうことにするわ。


「……それで?



――誰が私をやるのかしら?」

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