最終話:ファーストダンスをもう一度

 侯爵家のジュリアナ様やエドガー様が哀れにも這いつくばっている様は、とても見るに堪えないです。

 私の魔法で治せるものならばそうしたいです。

 

「ランドルフ様、よろしいでしょうか?」

「リディア?」

「魔法で治療を試みようと思います」

「君を呪おうといた不届きなやつらだぞ? 放っておけばよい」

「それでもスタンホープ侯爵家の令嬢令息がこの有様では、あまりにも可哀そうですから」

「ふむ、リディアは寛大だな。聖女のようだ」


 一生ぎっくり腰で痛い目に合うなんて、考えただけで恐ろしいです。

 呪いが絡む身体の損傷は治癒しにくいと聞きますが……。


「『ピュリファイ』!『ヒール』!『ピュリファイ』!『ヒール』!」


 浄化の魔法からの回復魔法、これでどうでしょう?

 うずくまっていたジュリアナ様とエドガー様が恐々身を起こします。


「ジュリアナ様、エドガー様。お身体はいかがですか?」

「「な、治った……」」

「おめでとうございます」

「……我が婚約者の慈悲に感謝するがよい」

「「リディア様あああああ!」」

「あっ、抱きつくな! リディアは私のものだ!」


 ジュリアナ様もエドガー様も涙でボロボロです。

 誇りあるスタンホープ侯爵家の方なんですから、シャキッとしてくださいな。

 でもせっかくの国王夫妻の夜会が台無しにならなくてよかったです。

 

 あちこちで私の魔法について話されているようですね。

 でも披露するいい機会だったのかもしれません。

 魔法神様も周りの人には隠せないと仰っていましたし。

 私がランドルフ様の婚約者として認められるようになればいいのでしょう。

 そうすれば魔法神様の加護を受けているからと言って、さほどやっかみを受けるとは思えないです。

 頑張れということですね。


 再びワルツが奏でられます。


「お手をどうぞ。リディア姫」

「くすっ、ありがとうございます、ランドルフ様」

「とんだイベントが割り込んだものだね。まあいい。ファーストダンスをもう一度この私と踊ってくれないか?」

「はい、もちろんですわ」


 皆の視線を一身に集めながら、再びランドルフ様の手を取ります。

 夜会はまだこれからです。

 そしてランドルフ様に相応しくあらんとする私の努力も、まだまだこれからなのです。


          ◇


「ジュリアナとエドガーは大人しくしているようだな」

「はい。気味悪いくらいに私に対して下手に出てくださるんです」

「リディアを私の婚約者と心から認めたんだろう。やつらも王族に逆らうほどには愚かではない」


 後日、お妃教育の休憩時間です。

 ランドルフ様とお茶しながら雑談をしていました。


「あの二人には厳罰を下してやりたかったのだがな」


 ランドルフ様は、先の夜会のぎっくり腰の呪い事件に関しては御不満のようです。


「実行犯の呪術師に全責任を押し付け、知らぬ存ぜぬの態度を取られれば、それ以上追及することはおそらくできなかった。なので非を認めさせるのと引き換えに罰を勘弁してやらざるを得なかったのだ。中途半端な解決ですまない」

「いえいえ、そんな」

「ハハッ、もししらばっくれたら、一生ぎっくり腰だっただろうが」


 それはそれで大変な罰です。

 回復魔法はともかく、浄化の魔法を使える術士は相当少ないとされていますから、その可能性もありました。

 あっ、でも魔法神様は私を害そうとする者に漏れなく神罰を与えるみたいなことを言っていましたね。

 それでスタンホープ侯爵家のお二人があんなに低姿勢なのかも? 


「ジュリアナとエドガーは見違えるほどリディアに対して従順になった。おまけに宰相殿もつまらぬ野心は捨て、王家に尽くすことに決めたようだ。結果として最善だった」

「よかったです」

「割を食ってるのは件の呪術師だな。おそらく現在進行形でぎっくり腰に苦しんでいるのだろうが」

「それも可哀そうですね」

「リディアが慈悲深いことはよくわかっているが、救おうなどと考えなくてもいい。自業自得だ」


 ランドルフ様は凛々しい顔を顰めて言いますが……。


「現在その呪術師はどうしているのですか?」

「もちろんジュリアナとエドガーの自供をから居場所を特定し、捕えてある」

「呪術というのはその性格上、いかがわしいものとしてその資料がなかなか残らないものなのです」

「む? そうかもしれんな」

「呪術は暗黒面ばかりではないのですよ。発展すれば天災を予知したり豊作を導いたりすることができるかもしれない、有用な技術なのです」

「だから呪術師を許せと?」

「はい」


 貴重な技術を持っている者ですよ?

 大体ジュリアナ様もエドガー様も許されたのですから、呪術師が許されたっていいと思います。

 実害はなかったのですから。


「……一理あるな」

「でしたら……」

「何よりリディアにねだられると、断れる気がしない」


 顔が熱を持ちます。

 ランドルフ様ったら、恥ずかしいことを仰るのですから。


 私も将来の王妃として、ヤライアス王国を発展させることを考えねばなりません。

 私にできることは何か?

 呪術の研究は一つの方向性のように思えます。


「よし、呪術師は我が国のために働かせることにしよう」

「ありがとうございます。では早速……」

「私が牢までエスコートしよう」

「うふふ。ランドルフ様は御親切ですね」


          ◇


 その後ヤライアス王国は賢王ランドルフの下、繁栄を極めた。

 特に魔道具と儀式呪術において多大な進歩が見られ、それは『聖なる魔女』と呼ばれた王妃リディアの主導で行われたという。


 伯爵家出身の王妃が輝きを放ったことは、特に下級貴族を奮起させる。

 実力主義の風潮が生まれ、上級貴族であろうとも勤勉の美徳から逃れることはかなわなくなった。

 その良き風潮は王国の発展を長く下支えした。


 ランドルフ王とリディア妃はいつも仲睦まじかったと言われる。

 三男四女と、多くの王子王女に恵まれた。

 ランドルフ王とリディア妃の幸福の恩恵は、王国全体に及んだと記憶されている。


 ある日賢王ランドルフと王妃リディアは、息子である王太子に問われた。

 最も大事なものは何であるかと。

 ランドルフは悔やまぬ愛と、リディアは変わらぬ愛と答えた。

 奇しくも同じ愛という表現を用いた二人は、目をハート形にして見つめ合った。


 王太子は思った。

 いい歳こいてこのバカップル、いい加減爆発しねえかな。

 王太子に末の妹がお披露目されたのはその一〇ヶ月後だった。

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