第9話:事件は夜会の場で
「リディア、緊張しているのかい?」
「少しだけ。でもランドルフ様と一緒ですから平気です」
「可愛いことを言ってくれる」
ランドルフ様が手の甲にキスを落としてくれました。
愛されているなあと実感します。
私もランドルフ様の期待に応えないと。
今日はダンスパーティーです。
ランドルフ様のエスコートで入場します。
一斉に出席者の視線が集まるのがわかります。
やはり注目されていますね。
たかが伯爵家の娘が、婚約破棄された上で第一王子ランドルフ様と婚約ですから。
ドラマチックにも程があります。
どんな事情があったのか、詮索されても仕方ない状況だとは思います。
主催の国王夫妻に挨拶します。
「リディア嬢。そなたが今日の主役だが、心構えはどうだな?」
「はい、ランドルフ様がいらっしゃるので心強いです」
「ハハッ、ランドルフの色男めが」
陛下が出席者皆に呼びかけます。
「皆の者! こちらがこたびランドルフと婚約した、デービス伯爵家のリディア嬢だ。ランドルフともども温かい目で見守ることを望む」
わっという歓声と拍手に包まれました。
伯爵家の娘が第一王子殿下の婚約者なんて身分違いかと思いましたが、好意的な祝福ばかりで嬉しいです。
スクールの級友もいます。
皆さんにこやかです。
あっ、ジュリアナ様とエドガー様、スタンホープ侯爵家のお二人は面白くもなさそうな顔をしています。
それはそうでしょうね。
エドガー様にとってみれば婚約破棄した女が何故か第一王子の婚約者ですし、ジュリアナ様に至っては自分が解消された後の婚約者に私が収まっているのですから。
成り行きとは言え、申し訳ない気持ちで一杯です。
「今宵は存分に楽しんでいってくれ」
陛下の声とともに、ダンスパーティーの始まりを示すプレリュードが演奏されます。
おどけた様子でランドルフ様が話しかけてきます。
「お嬢さん、私と一曲いかがかな?」
「はい、よろしくお願いいたします。ランドルフ様」
これからもずっと、の意味を込めてランドルフ様の手を取ります。
婚約破棄からあれよあれよという間にランドルフ様の婚約者となってしまいました。
本当に夢のようです。
でもランドルフ様は私のどこを気に入ってくださったのでしょうか。
急なことだったので、少々不安も覚えるのです。
ランドルフ様が小声で呟きます。
「ずっとだ」
「えっ?」
「ずっとリディアを私のものにしたかった」
「そ、そうなのですか」
「ああ。リディアのジュニアスクールの入学の日。ドレスを汚した半べその令嬢を宥め励ます君を見てからずっとだ」
ええ? そんな前から私のことを御存知だったのですか?
いえ、あの場面を見られていた?
あっ、確か生徒会の役員は入学パーティーの手伝いに来てたはず。
それで上級生だったランドルフ様もあの場にいらしゃったんだわ。
「ランドルフ様がジュニア時代から私を見知ってくださっていたとは初めて知りました。驚きです」
「それ以降、リディアに興味を持ってね。君に関することは報告させていたんだ。エドガーとリディアの婚約が決まった時は愕然としたよ。あの時初めて私は君に恋していることに気付いたんだ」
「そ、そんなこととは露ほども存じませず……」
「リディアが幸せならばいいと思ったんだ」
真心がこもっています。
これほど一途に思われていたなんて知りませんでした。
馬車事件があって初めて私を目に留めたわけではないんですね。
思わずランドルフ様の手を握る力を強めてしまいます。
「当時私もジュリアナと婚約が決まったばかりだったこともあってね。本気でエドガーとリディア嬢の幸せを願っていた」
「ランドルフ様……」
「……ジュリアナとエドガーがバカで助かった」
くすっ。
ランドルフ様もこんなことを考えるのですね。
音楽が舞曲に変わります。
ワルツです。
「さあ、踊ろう」
「はい!」
「リディアとの初めてのダンスだな。しっかり記憶しておかねば」
馬車事故の際に私がランドルフ様をお救いした、最終的にそのことが決め手だったのかもしれません。
でもランドルフ様はそれまでもずっと私を見ていてくださったのですね。
ゆっくりとした三拍子のリズムとともに私の心が弾みます。
「……ランドルフ様でよかったです」
「ん? 何かな?」
「いえ、何でも……あら?」
「どうした?」
「今私の張っている魔法結界に反応が……」
結界でなくて呪い返しの方かしら?
途端に大きな叫び声が響きます。
「どおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ぎゃああああああああああああああ!」
何事です?
王宮ホールは騒然とし、音楽は中断されました。
叫び声を上げたのはジュリアナ様とエドガー様?
「痛い痛い!」
「こ、腰が……」
お二人同時に腰を痛めたということでしょうか?
えっ、でも今ジュリアナ様もエドガー様も踊っていらっしゃらなかったですよね?
エドガー様が唸るように言います。
「あのヘボ呪術師め! 使えない……」
呪術師?
サッパリわけがわかりません。
「……なるほどな。それでリディアの結界が反応したか」
ランドルフ様は状況を把握しておられるようです。
ここはお任せいたしましょう。
「ジュリアナ、エドガー」
「ら、ランドルフ様!」
「そなたらのやろうとしていたことはわかっている。リディアに呪術など通じるものか。不埒千万ではあるが、今ここで白状すればパーティーの余興の一つとして許してやってもよい。しかし後から隠し事が発覚したなら、私の婚約者を呪おうとした罪から逃れられぬぞ!」
「「は、話します!」」
お二人の話を簡単にまとめますと、私を恨んで呪術師を雇い、呪いをかけようとしたらしいです。
では呪い返しで反射されたのですね。
お二人の告白で再び場が騒然とします。
「どんな呪いだ?」
「い、一生ぎっくり腰に苦しむ呪いです!」
怖い! そんな呪いがあるのですね。
呪術も魔法の一種ではあるのですが、一般に知識として流布されてはいないのです。
あたしもほとんど知らない分野です。
「パーティーの余興にしては笑えないな。先の約の通り、そなたらを罪に問うことはせぬ。しかし人を呪わば穴二つ。一生ぎっくり腰に苦しむがよい」
「「そ、そんな殺生な……」」
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