第15話 サクリファイス-1
自分の卒業式ですらこんなに待ち望んだことはない。
ああ、いよいよ大人になるんだなという実感はあった気がするけれど、カレンダーの日付をこまめに確かめて指を折るなんてことはしなかった。
毎日のように保健室に顔を出す雨宮は、来るたび壁かけカレンダーの日付にバツをつけて帰ることを習慣にしている。
雫が、養護教諭ではなくなって、雨宮が高校生ではなくなった日が、二人の始まりの日になるからだ。
高校生らしく答辞の草案に頭を悩ませる雨宮を見守りながら、今日はそういえばスキンシップは控えめだなと思って彼の横顔を眺めていたら手招きされた。
「ん?なに?」
「物欲しそうな顔してるから」
「してないから!ほら、原稿考えて。夕方には提出するって先生に言ってるんでしょう?」
「疲れたからちょっとだけ」
「ちょっとって、雨宮くんのちょっとは、ちょっとじゃないと思う」
「あれ?センセイ処女なのにどこのだれと比べてるの?」
「ちょ、学校なんだから慎んで!?」
「十分慎んでるでしょ?暖房完備の保健室で鍵も掛けれてベッドもあるのに押し倒してないんだよ?俺アルファなのに」
「・・・・・・・・・そういうこというなら、保健室入室禁止にしますからね」
「寂しくなって泣いちゃわない?」
「誰が泣くもんですか。私はね、これでも次に来る養護教諭の先生に向けた引き継ぎの資料とか備品のチェックで結構忙しいのよ。今日は寒くて具合悪くする子も居たし・・・・・・雨宮くんだけ構ってるわけじゃないの」
ここぞとばかりに養護教諭ぷりをアピールしておく。
実際、午前中は貧血で保健室を訪れる女子生徒が結構いるのだ。
受験シーズン真っ只中でピリピリムードにやられて胃痛を訴えてくる生徒も少なくない。
大抵午後から保健室に顔を出す雨宮と彼らが顔を合わせていないだけである。
「知ってるよ。結構人気だよ。西園寺先生。前の先生より気さくで話しやすいって」
「前の先生が美人だったからでしょ」
集合写真で見た前任の養護教諭は雫の倍は色気が合って肉感的なスタイルだった。
ちょっと手の届かない綺麗どころに近寄れる男子高校生はそう多くは無かったようで、本当に具合の悪い生徒しか保健室には居着かなかったようだ。
その点、雫は見た目もおっとりしており研究者としての知識もあるので、体調不良の女子生徒の介抱をしたことがきっかけで、何人かの生徒から相談を受けて、なかにはひた隠しにしていた第二属性を打ち明けて相談に乗って欲しいと訴える生徒もいた。
10代のオメガの悩みはやっぱり尽きなくて、彼女たちの生の声を聴くたびに、一刻も早く安全で確かな即効性抑制剤を開発してあげたいと思う。
このまま一生好きな人と結ばれないかもしれないと不安に涙ぐむ彼女たちの笑顔が見られた時、研究者としてやっとスタートラインに立てる気がする。
「んー・・・・・・まあ、もう俺の好みではないよ」
「・・・・・・薄利多売のアルファなんてご免ですからね」
「そういうなら、ちょっとだけ癒してってば」
「ほんとにちょっと・・・・・・」
「ちなみにセンセイのいうちょっとはどれくらい?」
原稿を机に放り出した雨宮が、振り向いて腕を広げてくる。
素直に身体を寄せながら、彼の背中を優しく叩いた。
こういうハグにもようやく慣れて来た。
誰かの体温を知ることは、一人になる寂しさを知る事でもあるのだ。
だからいつも、雨宮の背中を見送った後は、ちょっとだけ寂しい。
「・・・・・・・・・ハグ?」
これだって学校の保健室という場所を考えたら結構なハードルである。
万一こんなところを他の先生に見られたらいいわけなんて出来ない。
「・・・・・・じゃあキスはだめ?」
「絶対ダメ」
「一緒に我慢するって言ってるのに・・・・・・ギリギリのところで堪えるのって気持ち良くない?」
もっと触ってと強請らないようにどれだけこっちが必死に我慢していると思っているのか。
アルファを前にした時、オメガの身体に現れる変化はそれはもう顕著で、隠しようがない。
勝手に身体は火照って震えるし、瞳は潤むし思考が濁って目の前の熱に甘えることしか考えられなくなる。
「馬鹿なこと言わないでっ!私はちゃんと先生としてここを去りたいし、雨宮くんにも、生徒として卒業して欲しいの」
「結構いろんなことしちゃってるけどね?」
「・・・・・・・・・」
「一線越えないことがルールなら、もっと色々出来ることはあるんだけど?」
「要りませんし、知りたくもありません」
「じゃあ卒業したら、嫌ってほど教えてあげる。俺若いし体力あるから、センセイのこと飽きさせないよ?」
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アストロサイトの初恋 ~運命の番はどうやらかなり年下のようです~ 宇月朋花《2026年秋頃閉店予定》 @tomokauduki
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