02話

「やあ」

「……藤長、なにか食べ物を持っていたりしない? もうお腹が空いちゃって……」


 朝ご飯を食べずに出ていたからではなく、単純にすぐにお腹が空いてしまう子なのかもしれなかった。

 僕は小食で朝もお昼も抜いたところで特に問題もない人間だから新鮮に映る。


「チョコと飴があるよ」

「チョコをちょうだい――あー」

「はは、ちょっと待って……よし、はい」

「あむ――おお、甘くて美味しい」


 小鳥か、小鳥なのか? でも、悪い気はしない。

 ただ、たかとの約束があるからちょっと元気になってくれたのをいいことに連れて行くことにした。

 なんかこういうことが増えたら調子に乗りかねないから気を付けなければならないと考えつつも腕を掴んで歩いていた。


「ただいま」

「たか、勝負をしにきたよ」

「待ってたぞ少年! え? あ、もうちょっと小さい声にするわ……」


 好きな女の子がいるとこんなものか、もう一切自由に行動ができなくなる。

 飲み物を用意したらテーブルに置いてみかんを愛でていた、二人が盛り上がっていてもまるでいない風に過ごすことができた。

 足の上に乗ってごろごろと喉を鳴らしてくれているみかんが最高すぎる。

 争いになると分かっていたのに山本君を連れてきたのは間違いだったと後悔をしながらも続けた。


「もう駄目だ、たかと話しても延々平行線で疲れるだけ」

「おい少年、ここはけんの家だぞ、流石に寛ぎすぎだ」

「……今日はもう帰らない……」


 彼にみかんを任せてご飯作りを開始。


「み、みかんは全く警戒しないな、いまだって気にならないとばかりに少年の腹の上で寝ているぞ」

「警戒するタイプじゃないからこそたかにだって同じなんだよ」


 実家の方も同じで知らない人がきてもいつもこんな感じだった、色々な人間がいるように色々な猫がいるということだ。


「いや、俺のときは言葉が通じる分、冷たいというか……」

「素直になれないだけなんじゃない? クール系じゃなくてツンデレなんだよ」

「『たかに対してでれたりしないよ』だってさ」

「教えてくれるのは嬉しいけど悲しくならないの?」

「だって嘘を言っても虚しくなるだけだろ」


 確かに、よし、ご飯を食べてもらうことで回復してもらおう。

 ご飯ができたらみんなでご飯を食べて自由な時間となった。

 本当に帰るつもりがないらしく再び床に寝転んだ彼にはお風呂に行ってきなよとぶつけたものの、残念ながら「後で……」と言うことを聞いてくれそうになかった。

 それならとさっさと洗い物を終わらせてお風呂場へ、今日は珍しくみかんが入りたがったから一緒に入ることにした。


「気持ちいい?」


 ただじっとこちらを見てきているだけだけどそうだと言ってくれているように見えた……というのは願望か。

 たかと過ごしている間に猫の言葉が分かるような能力を入手、なんてことにならないだろうか。

 最悪、みかんと話せるなら友達ができなくたって、特別な存在ができなくたって人生を楽しむことができるのに。


「藤長……入る」

「えっ、あ、ちょっ」


 い、いやだからこういうことを求めていないといま脳内とは言ったばかりなのに。

 そもそも彼は同性だ、そして同性の裸を見られて喜ぶような人間じゃない。

 いや待て、なんでこんなに筋肉質なのか、……喜ぶような人間じゃないのについついじっと見てしまった。

 体育の先生をじっと見てしまったのもそういう気があったとか……? もしそうならやばいな……。


「同性なんだから問題ない、流石にお風呂に入らずに寝るのはありえない……」

「き、着替えはどうするの?」

「このままでいいでしょ……」

「は、裸で!?」

「ん……? あー……面倒くさい、もう洗って入るから……」


 可愛い系イケメンはもうたかで間に合っている。


「にゃ」

「……みかんはたかと違って可愛いね」

「にゃにゃ」


 ん? なんか今日はよく喋る……というか鳴くな。

 不思議ちゃんには影響を受けるということか。


「はぁ、お風呂に入ったら眠気がどこかにいったよ」

「うん、普通はそうする前にどこかにいってくれないと困るんだけどね」

「銭湯に行ったことがないの? あそこでは同性と入るぐらい普通」

「そうだね、そういう施設だからね、だけどここは家のお風呂場だからね、兄弟でもないからね」


 出るか、僕にとってもみかんにとっても長時間のお風呂はよくない。


「藤長、友達になろうよ」

「いいの?」

「うん、急にお腹が空いたときになんとかできるかもしれないし、藤長は単純に優しいから一緒にいたい」

「はは、後半のおまけ感がすごいなぁ」

「おまけじゃないよ」

 

 タオルや着替えなんかを持ってきて取りやすい位置に置いてから床に寝転んだ。

 たかは一匹でよよよと泣いていたからやりやすかった。

 こうなるとみかんを独占できるということが大きい、それと喋り声が聞こえてこない場所だからもうそのまま寝られてしまうぐらいだ。


「藤長と同じぐらいの身長でよかった」

「僕としては情けないと思っているけどね」

「小さければ小さいなりにいいこともあるよ」


 ない、からかわれて終わるだけだ。

 でも、そういうことをされたことがないということだからそれはいい話でしかないと言えた。




「……いま何時だ?」


 まだ真っ暗で活動を始める時間じゃないことはすぐに分かった。

 とはいえ、色々ごたごたしていて携帯はと探していたら「ん……」と限りなく近い場所から声が聞こえてきて意識を持っていかれる。


「ごめんよ」


 寝転んだ後そのまま寝てしまったから布団を敷いてあげることができなかった、だから仕方がなく横に寝転がって寝た、というところだろう。


「たか? ……流石に寝ているか」


 朝まで寝てしまおう、明るくなれば勝手に起きるだろうから問題ないと目を閉じた自分、だけどごろごろ音が聞こえてきてすぐに開けることになった。


「にゃー」

「おはようみかん」


 やっぱり起きよう、絶対に起きられるというわけじゃないからこのままでいい。


「藤長……?」

「起こしてごめん、まだ寝ていて大丈夫だよ」

「ちょっと体が冷えたからこうしておく」

「っと、そうしてもあんまり変わらないでしょ?」


 起きたのならさっさと布団を掛けてあげればよかった、そうしないからこんなことになる。

 ちなみに彼は全く気にせずに「大丈夫、十分温かい」と吐いて目を閉じた。

 さて、どうしよう、同性に抱きしめられて喜ぶような趣味はないんだけど。


「……もう朝か」

「うん、僕にこうした時点でそうだったけどね」


 体感的に一時間ぐらいが経過した頃、明るくなって助かった。

 近くにみかんがいてくれたから結局、いつものように愛でることで時間をつぶした。

 たかなんかよりもみかんが喋ってくれた方がよかったと考える自分と、喋ることができたら容赦がなさそうだからこのままでいいと考える自分がいて忙しかった。


「ふぁぁ……おはよ」

「うん、おはよう」


 そこでやっと解放されたから顔を洗ったり歯を磨いたりしてしゃっきりとさせる。

 冬じゃないのがいい、冷たい水にひえっと叫ぶ必要もないし、ああして布団を掛けずに寝ても風邪を引かないからだ。


「歯を磨きたいから一旦、家に帰る」

「うん、気を付けて」

「また戻ってくるから開けておいて」


 それなら元々そのつもりだったけどご飯を作って待っていることにしよう。

 ただ、作り終えて待っていてもいつまでも戻ってこなくて一人で食べることになってしまったのが朝の話だ。

 学校に着いてからも全く来ないし、自分からあちらのクラスに行ってみても存在していなかったから駄目だった。

 いつもはみかんと会いたいからとか、スーパーにお買い物に行くために残らないようにしている自分だけど今日は早く帰りたい気分にはならなくて学校に残っていた。


「なんでだろ、あ、ご両親に怒られたからかな」


 連絡をしたのかどうかは知らないものの、仮に連絡もなかったら普通のご両親であれば心配をする、で、その相手が朝に帰ってきたら喜びつつも注意みたいなことをするだろう、だけど言われた側としては複雑で拗ねてしまった……みたいな感じだろうか。

 自分が悪いことをしていても、つまりそうなる理由を作っていたとしてもなにも朝じゃなくていいだろと言いたくなったことは僕にもあるからなぁと昔のことを思い出して笑うしかなかった。


「藤長、なんで一人で笑っているの?」

「あ、ちゃんと来ていたんだ」


 あの家に戻ってこなかったとかそんなことは本当はどうでもいいのだ。

 こうして学校に来てくれているならそれでいい、だって友達なんだからいなかったら普通に嫌だ。


「うん、あまりにお腹が空きすぎてほとんど保健室にいたけど」


 ま、まあ、お腹が空いて保健室に~となるのがよく分からないけどね。

 だってなんらかの食べ物を貰えるような場所じゃない、調子が悪ければ寝させてくれるかもしれないというそんな場所だ。

 よく追い出されなかったな、それがいま出てきた感想だった。


「ご両親に叱られたから来なかったの?」

「違う、嫌になったとかじゃないよ」

「あ、うん、別にそういう風には考えていないけど」

「ただ」


 ただ、なんだよ……。

 いいや、とりあえずこうなったら残っている意味もないから帰ることにしよう。


「こっちだから、じゃ――」

「来ないの? 僕の家にならいつでも来てくれていいけど」


 たかはぶつぶつ不満を吐きながらも彼がいてくれたときは本当に嬉しそうだった、みかんはどうか分からないけど家族的な存在としてはそういう存在を連れて行ってあげたくなるというやつだ。


「うん」

「じゃ、じゃあね」


 でも、断られてしまったらどうしようもない。

 だから一人とぼとぼと帰って、家に着いたら寝転んだ。


「元気がないな、気になる相手の前で転んだりしたか?」

「あそこは男子校だよ」


 可愛い女の子や奇麗な女の子はいないものの、からかってくるような存在もいないから楽な場所だった。


「同性でも異性でも関係ないだろ、ま、俺は異性のみかんが好きだがな」

「たかって結局、なんなの?」

「ふっ、簡単に教えたりはしないのさ」


 そもそもこの『たか』という名前もどこから出てきたのかという話だった。




「いい天気だ」


 こういうときはお布団なんかを洗うに限る、が、実家ではなにもかもを母任せだったからその差に自分が感動していた。

 ついでにうるさかったたかも干しておいたらよりいい匂いになった。

 だけどなんかイケメンで嫌なんだよね、好きな子が好きだった男の子のことを思い出して微妙な気分になるのだ。


「おー……温かくていいな」

「たか、変身できたりしないの?」

「できるぞ、ほい」

「……なんか絵面がやばいね」


 猫になってくれたけど猫に虐待をしているみたいで嫌だから下しておいた。


「けん、少年を連れてこい」

「たかが行ってきてよ」

「分かった、じゃあちょっと待っていてくれ」


 でも、僕は無理だと諦めていた。

 理由は簡単、あれから一切この家に来ていないからだ。

 まあでも、僕の家に行くか行かないかを決めるのは山本君であり、強制されるようなことではないから仕方がないと言える。

 なにもないから来てもらっても申し訳ない気持ちになるだけだし、このままの方がいいのかもしれないと考える自分もいる。


「にゃ」

「よく鳴くようになったね、どうしたの?」

「にゃにゃ」

「うんうん、たかが少しだけでもいなくなって寂し――分かった分かった、えっと、この場合だと山本君が来てくれたら嬉しいってところかな?」


 期待をしてしまっているからみかんのためにも今日だけは連れてきてほしいかなとすぐに意見が変わった。

 僕が飼い主ではなく彼女が飼い主みたいなものだ、それでここにいてくれるのであれば頑張るつもりでいる。

 だけど……。


「戻ってこないね……」


 たかが戻ってこないからなにも始まらない。

 だから座っておくのも微妙で寝転んでいたら眠たくなってきてしまった。

 休日なのに平日のときと同じ時間なんかに起きるからこういうことになる、でも、やることもないから寝ることぐらいでしか時間はつぶせないからいいか。

 みかんにずっと触れておくというのもストレスを与えてしまうかもしれないから避けたかった。


「んー……」

「け……ん」


 お昼頃になったら起きてお菓子でも買いに行こうか。

 まだまだこの辺りに詳しいわけではないからそのまま散歩、なんてのもいいかもしれない。


「けん」

「……そうか、変身ができるならみかんにだってなれるよね」


 別のことを考えて現実逃避なんかをする必要はなかった、ありえない、みかんは喋ったりはできない。

 先程はともかく鳴くことすらほとんどしない子なのに喋り始めたらその点の差が大きすぎて付いていけなくなるよ。


「そりゃそうだろ、俺以外が喋るわけがないだろ」

「だよねー」


 気に入ったのか猫のままなのはいいけどみかんの見た目を選択するのはやめてもらいたかった。

 はぁ、余計なことをするから眠気が吹っ飛んだ、ちなみに本物の可愛いみかんは足元で丸まって寝ていた。


「なあ、少年が行きたくないって言ってきたぞ」

「まじかー」

「なにかしたんじゃねえのか?」


 なにかをできる余裕もなかった、僕らは出会ってから一日分も一緒にいられてはいないのだ。

 だというのに行きたくないというそれ、友達になろうと言っていたあれはなんだったのかと言いたくなる。

 試されていたということなら……僕が単純に失敗をしてしまったことになるけど。


「みかんやたかがいればそれでいいよ、高校を卒業をしたという結果だけが欲しいだけなんだから」

「つまらねえなぁ」

「あ、みかんだけでもいいよ?」


 実家にいるのはみかんだけじゃなかったから最悪、実家の方に帰した方がいいのかもしれなかった。

 自分のために母に頼んで「いいよ」と言ってもらえたからだけど、これって結局、人間が勝手に決めたことだからみかんからしたらいい迷惑だと思うのだ。

 気にならないとかなんとかと言っておきながら母にそういう話を出されたら甘えて逃げるような人間にみかんの存在はもったいない。


「おいっ、言っていいことと悪いことをちゃんと分かった方がいいぞ」

「でもさ、たか的には外にいられた方が自由でいいでしょ?」

「確かに自由だがそれと同じぐらい不自由なことがある、その点、ここなら気になるみかんもいるから――お、おい、全く聞く気がないな」

「たか、悪いんだけどみかんを僕の家まで運んであげてくれないかな」

「だからここが――って、そういえば一人で引っ越してきたんだったな」


 母もここに住もうとしていたみたいだけど仕事を変えることのほどではなかったから断って一人になったのだ、そういう点もみかん云々に繋がってしまっている。

 それならせめてと親として仲の良かった彼女をね。


「みかんはどうしたいんだよ? ふむ、え、まじ? けんが決めたことならそうしてあげたいって? かー! なんだよお前ら……」

「多分、僕の両親ならたかのことも受け入れてくれるから安心してくれていいよ」


 心配なら最初の内は猫の見た目になっておけばいい。


「ま、みかんがいなければここにいる理由もないからな、少年も来なくなったなら尚更そういうことになる」

「うん、だから今日までありがとう、みかんのことをお願いね。みかんはとにかく元気でいて」

「じゃ、行くか、時間はかからないが『やっぱりなし! たかはいらないけどみかんは残ってよ!』とか言いかねないからな」


 言わないよ、これは必要なことなのだ。

 一応外まで見送って家の中に戻ってきた。

 部屋の掃除をして今度こそ寝るために布団を敷いてその上に寝転ぶ。

 床に直接もいいけどやはりこれには勝てない、離れたくなくなる魅力がある。

 ただ、


「誰かきた……」


 もうすぐに寝られる、そうなったところでできないようになっているみたいだ。


「はい――あー遅かったね」

「遅かった? 約束はしていなかったけど」

「いやその、みかんもたかもあっちに帰っちゃったんだ」

「そうなんだ、へー」

「だからここにはもうなにもないよ」


 あるのは少しの家具と布団だけ、それで終わり。

 学校用の鞄なんかはあるけど遊べるわけじゃないからなにかがあるとは言えない、つまり彼的には益々ここに行く価値がなくなったということだ。


「別にいいよ、藤長はここにいるんだし」

「い、いやいや、だって僕は面白いこととかが言えるわけじゃないからね」

「友達になろうって頼んだのは藤長になんだけど?」

「それはそうでしょ、だって人間なんだから、みかんや喋ることができてもたかは他動物なんだから」

「何度も言うけど僕は藤長に友達になろうと頼んだ、それだけだよ、藤長がいれば僕はそれでいい」


 彼は寝転んでから「ま、たかみたいな生意気な存在がいないとちょっと物足りないところはあるけどね」と言った。

 行きたくないと言っていた理由を聞きたかったものの、珍しく怖く感じて聞くことができなかった。

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