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Nora

01話

 引っ越しとなって友達も消えてつまらなくなるかと思えばそうでもなかった。

 ただ学校まで歩くというのも新鮮でいい、すぐに慣れてしまうだろうが作業的に学校に通っていた少し前までとは違って楽しめる。

 それと高校は中学と違って一人で行動できる時間が多いから悪くなかった。


「けん、早く行かないと遅れるぞ」

「一番はこの子の存在だけど」


 や、喋っている子じゃなくて実家から連れてきたみかんの存在が大きい。

 黒色で、もふもふで、目が大きくて、大人しくて可愛い女の子だ。


「けん、早く行けって」

「はいはい、どれだけ出て行かせたいのさ」

「いや、学校の時間だろ」

「喋ることができるんだからたかも行く? なんてね、行ってくるよ」


 ペット可の物件だからその点での苦労はしなかった、が、みかんだけでよかったのに見た目に反して情けない声で「助けてくれ」などと頼まれてしまったからこうなってしまっている。

 救いだったのはみかんとすぐに仲良くなれたことだ、猫語は分からないから表面上だけで判断している形になるけどぴったり寄り添って寝ているぐらいだから大丈夫だと思いたい。


「でも、たかってなんなんだろ」


 喋るとか喋らないとかそういうところはどうでもいい、猫でも犬でも兎でも狐でもないそんな不思議な見た目、その割には猫用のご飯でも満足できるみたいだから謎ばかりが増えていく。


「おはよう!」

「おはようございます」


 この人は体育の先生だ、毎日朝から元気だった。

 ついつい足を止めてじっと見ていると「どうした?」と、そりゃ見られたらそういう反応になるだろうから冷静に身長が高いのが羨ましいですと吐いておいた。

 前の学校ではそのことでいじられまくった、この学校ではそうならないように願っているけど多分無理だと諦めている自分がいる。


「俺はよく食べてよく寝た、それを続けた結果がこれだ」

「そうなんですね」

「身長はもうどうにもならないかもしれないが健康的な生活にすることで変わってくることはある、だからお前も頑張れ」

「はい、ありがとうございます」


 健康的な生活か、そういうのとも無縁だな、と。

 だっていじられて溜まったストレスをみかんを愛でたり読書なんかをすることで発散してきた、それこそ寝ることを後回しにして遊びまくったりしたときもある。

 ただ、この学校に通うことに合わせて一人になったから前とは同じようにならない可能性もあった。

 慣れていない状態で夜更かしなんかしたら絶対に遅れる、遅刻なんかをしたら教室に入りづらくなるから当分の間は先生が言うように健康的な生活になるはずだ。


「もしもし?」

「いま大丈夫だった?」

「うーん、ちょっと微妙だけど大丈夫だよ。それで?」


 携帯を使うことを禁止にされているわけではないけど単純に自分が気にしているだけだった。

 喋っているときは意識が向こうに行っていて周りに向ける余裕がなくなるのも悪い、つまり既に失敗をしているから微妙だと言っただけだ。

 いやでも、母と話しているときに後ろに立たれていたときは驚いたな、ではなく、背後に立たれていたら誰だって驚くよね。


「あ、学校の方はどうなのかなって」

「問題ないよ、寧ろあの中学近くの高校に行くよりはよかったと思う。みかんも元気だから心配しないで」


 行ってしまえばなんてことはないから実はあのままでもよかった。

 ただ、母が気にしてくれていて「違う場所に行きたい?」と聞いてきたからあ、じゃあ行くと答えただけだ。

 自分の人間性、性格のせいで余計なお金を払わせてしまっていることについては気になるものの、余程の嫌なことでもなければ受け入れてきたから自分らしいと言える。


「分かった、じゃあお仕事に行くね」

「うん、頑張って、またね」


 電話をしていた最中、きょろきょろしていたけど今日はやられなかった。


「もしもし?」

「けんっ、みかんの近くで盛り上がっていたら『嫌い』だって言われたんだが……」

「みかんからすればけんはまだお客さんレベルだからね、でも、大人しくしていたら迎え入れてくれるんだからそうすればいいよ」


 羨ましい、可愛いあの子と話すことができるなんてね。

 急に不機嫌になったりはしない子だけど猫語が分からないから不安になるときがあるのだ、それこそ近くにいてくれても大丈夫なのかどうかが分からない。

 で、どこまで本当なのかどうかが分からないけどたかが来てからは変わった、たかが本当のところを言葉にしてくれるからだ。


「だがよ、それは俺のキャラじゃないんだよ」

「変に装いすぎてもそれはそれで本当のところを出したときに驚かせてしまうからね」

「やっぱりけんがいないと駄目だ、早く帰ってきてくれ」

「はは、今日も十六時半までには帰るよ」

「遅いぞ」


 そう言われても困る。

 一人でいられる時間が増えるということはそれだけその場所に留まることになるということだからだ。

 無条件でいいことばかりに、なんてことはありえない。

 だから我慢をしてもらうしかなかった。




「ただいまー……っと?」


 たかもみかんもいなかった。

 この一つで完結している部屋でこれはおかしい、とはならない。

 けんは元々外で過ごしていた存在だから出たがるのだ、だから窓の鍵は常に開けている形になる。

 でも、みかんを一緒に連れて行くことだけは勘弁してほしいんだけど。


「ただいま!」

「おかえり――あーもうそんなに汚れて……」

「飛び降りた先が水溜まりだったんだ」

「先にお風呂に入ろう」


 みかんは奇麗なままだったからたかだけ浴室へ。


「デートをしてきたんだけどよ、みかんのやつ、ずっとつまらなさそうにしていてな」

「いきなりすぎでしょ、それに嫌いだって言われたんじゃなかったの?」

「あのままにはしておけなかった、けんだって気になる相手とデートぐらいはしたことがあるだろ? 経験があるなら分かるだろ俺の気持ちも」

「デートなんてしたことがないよ、そんなことよりもみかんと話せるようになりたい」


 いいところばかりではないから絶対に直さなければならないところがある、だけど馬鹿だから言ってもわらないと直せない。


「みかんは俺にはっきりとするとき以外はけんの話ばかりをしているぞ、一人で心配だって言っていたな」

「一人で心配か、確かにいまは初めての一人暮らしということで少し緊張しているよ、なんて僕のことはどうでもいいんだ。いきなり違う場所に連れて行かれてそれについて不満とか吐いていなかった?」

「ないな」


 ないことがない、でも、どうしても無理になったらたかに頼んで吐いてくるだろうからそのときを待てばいい。

 たかをしっかり拭いてから自分も髪や体を洗ってから湯舟へ、全然溜まっていないけど湯舟の前で座っているよりは断然いい。


「けんって意外と鍛えているよな」

「違う違う、ただ細いだけだよ」


 腹筋はともかく腕立て伏せなんかは全くできないから貧弱だ。

 子どもにぶつかられただけで踏ん張っておくことができない弱い人間だ。

 たかと出会う前に公園で子どもと遊んでいたときに実際にあったことだから勝手にマイナスに考えているわけではなかった。


「鍛えたら気になる相手とデートができるようになるんじゃないか?」

「それだったらみかんがいいな、人間化したらどんな感じなんだろう」


 だけどそうだね、気になる子ができたときにはおんぶなんかを余裕を持ってできるようになりたい。

 みかん云々はそういう存在がいないから出しているのもあるし、いま一番仲良くしたい女の子だからというのもある。


「みかんはけんよりも身長が高くてしっかりとしたクール系女子だな」

「暗に僕はしっかりしていないと言われているようなものだよね」

「みかんの意識を持っていくけんに優しくする必要がない」

「じゃあたかは外に出してあげるよ」

「そういうところも駄目だ、その点、みかんはなんだかんだで相手をしてくれるから最高の天使だ」


 なんだそれ、結局、僕がいい人間だろうと勝てないということじゃないか。

 お風呂から出たらご飯作りを始めた、お風呂後ということもあって開けた窓から入ってくる風が心地いい。


「誰かいてくれたらなぁ」

「寂しいのか?」

「それは……うん、あるよ、一緒にご飯を食べたいんだ」


 実家では必ず全員が揃ってからご飯を食べていたから尚更そうなる。

 新しい環境になるということにだけ意識を向けていたからこういうことになるのだ、つまり実際に住んでみてからじゃないと分からないこともあるということで。

 とはいえ、戻りたいなんてわがままは言えない。


「分かった、明日散歩ついでに連れてきてやるよ」

「待った待った、誘拐みたいなことはやめてね?」


 そもそもの話、僕だからよかったけど周りの子はたかを受け入れられるのかな。

 猫だったら猫! ということで近づいてきてくれるかもしれないものの、謎の物体すぎて去られてしまいそうだ。

 疲れた大人の人だったりすると「そんなに疲れているのか……」と暗い顔になってしまうかもしれない。

 だからこうして飼う? みたいなことをしている僕がしっかり管理をしておかなければならないのかもしれない。

 でも、僕が自由に行動をしたいようにたかだってそうしたくなるときがあるから、生き物だから難しいのだ。


「ちゃんと行くって言った奴だけにするから安心してくれ」

「女の子もやめてね、僕が社会的に死ぬよ」

「了解だ。ちなみにみかんは俺が守るから安心してくれ」


 な、なんだこの感じは、イケメンに好きな女の子を取られたみたいだ。

 見た目的には格好よく見えなくもないから敗北感がある。

 それで僕は大多数のモブのように笑ってなんで僕に言うんだよと言うだけ、内では大暴れのくせになにもないかのように振舞うのだ。

 救いなのはみかんが足元で丸まって休んでくれていること。

 ただ、調理をする際にはこちらもとことこ移動をするわけだから正直、嬉しさよりも危ないよというそれが強くて落ち着かなかった。




「みかんか……おはよう……」


 毎朝、お腹の上に乗られて起きるようになっていた。

 実家のときは両親の部屋に連れて行かれていたからこんなことは体験できなかったけど、朝から気分よく過ごせるのは彼女のおかげだ。

 こっちをじっと見てくるのに鳴かないところは気になるものの、強制させるようなものではないし、鳴かなくても元気だということは分かるから問題ない。


「けん、連れてきたぞ」

「え、もう? うお!?」

「どうした? 希望通り、男だぞ?」

「い、いや、だって……」


 この子、どこかに行けばいいのにずっと背後にいた子だし……。

 暗殺者かなんかで僕を殺す機会をうかがっているのではないかと考えているけど、どうなのかな。

 い、いやだってほら、たかみたいな不思議な存在がいるわけだから暗殺者だって普通にいるだろう。


「……もう駄目だ……お腹が空いて力が出ない……」

「いまからご飯を作るよ」

「ん……? あ、この前の……なんだっけ」

「僕は藤長けん、この子はたか、そっちの子はみかん」


 たかの名前を先に出したのは強くアピールをしてきていたからだ。

 この中なら間違いなく一番にみかんを優先をしているから勘違いをしないでほしい、まあ、丸まって自分は関係ないとばかりに寝てしまっているんだけど。


「とにかくご飯が食べたい、多分食べれば幻聴も聞こえなくなる」

「幻聴じゃないんだ、けど、いまはそれよりもご飯だね」


 朝から拘るタイプではないから白米とお味噌汁という簡単なものになった。

 ただ、とにかくそんなことはどうでもよかったのかがつむしゃと食べていくお客さんの男の子、小動物みたいでお世話をしたくなるような魅力がある。


「おい少年、俺のことはたか様と呼びな」

「たかはなんで喋ることができるの?」


 受け入れる能力が高いなぁ、僕だって本当に初対面のときは驚いたというのに。

 あ、喋ったと吐いた後に固まったぐらいだ、もっと分かりやすい動物で存在していてほしいね。

 せめて仲良くなるまでは違う見た目に変えておくとかさ、こう……受け入れてもらおうとする行動が足りないというかね。


「お、おい。あ、まあ、それに答えるとだな、俺がそこら辺りにいる動物とは格が違うからだな」

「ふーん、でも、藤長には勝てないよね」

「いや、けんにも余裕で勝てるぞ、だがそれでは腹が減るから仕方がなく我慢をしてやっているんだ。だからけん、俺に感謝――あれ? ちょ、ちょっと?」

「さ、お家に帰りましょうね」

「な、なら安心だなっ、何故ならここが俺の家だからだっ」


 すぐに調子に乗るところだけは気に入らない。

 だからみかんも受け入れないのだ、でも、上手くやられてもそれはそれで困る。

 いちゃいちゃしている二猫――二匹を見たくない、特にみかんがでれでれしていたらこちらが飛び出したくなるから駄目だった。


「おまっ、な、なんのつもりだ!」

「お腹に触ってみたかった、いつも怒って逃げられちゃうから」

「ふっ、それはそうだろう、簡単に大事なところを触らせるわけがな――ん、いいな」

「たかはちょろい」

「お、俺は格が違うがだからって偉そうにするわけじゃない、サービスだってできるいい動物なんだ」


 ないわ、こんなチャラ男みたいな存在とみかんが仲良くするとかありえない。

 そういうのもあって丸まって寝ていたみかんを持ち上げて逃げた。


「にゃー」

「あ、ごめん、休みたかったよね」

「『慌てなくてもこんな男の子に振り向いたりはしないよ』だってさ――って、なんでだみかん! ん……? う、うるさいから!? うっ、だがこれが俺のよさで……」


 駄目だ、恋愛物語の最初みたいになってしまっている。

 もうフラグみたいなものだ、みかんだってなんだかんだ面倒くさいたかの相手をし続けている間に段々と惹かれ始めて……みたいな感じで変わっていってしまうんだろうな。


「一人で楽しそう」

「一匹ね。さ、やることを済ませて学校に行かないと」


 洗い物も洗濯物も少ないのがいい、そのおかげで朝から慌てずにみかん達とゆっくりすることができる。


「行ってきます」

「お、おーう」


 仲良くやれるならその方がいいからどうなったって嫉妬なんかしない、止めたりもしない。


「山本こう」

「えっと、山本君のところに行きたいのかな?」


 高校にも適用されるのかは分からないけど通学路にそれっぽい子はいない。

 あれか、朝から僕の家で時間を無駄に使ってしまったから早く会いたいのだろう、それならたかが迷惑をかけたということで協力をしよう。


「違う、山本こう」

「ああ、そういう名前なんだね」


 山本……という名字の子はあのクラスにはいなかったから別のクラスか。

 うーん、こうして出会ったからには友達になれたらと考えたけど違うクラスだとこれきり、なんてことになりかねない。

 とはいえ、自分から友達になってほしいと言うのもなんだかなぁ、と内で呟く。


「僕と藤長を合わせてけんこう」

「いいね、なんか元気よくいられそうだ」

「放課後にたかに会いに行く、どっちが上なのかを思い知らせる」

「優しくしてあげて」

「大丈夫」


 母に対しては何度も大丈夫だと吐いてきた自分、でも、特に根拠もなくそう言われても信じられないということが今日分かった。

 だから今度もし、似たような電話があったらもっと違う言い方をしようと決める、不安にさせたくないのもあった。


「藤長のクラスは?」

「ここだよ」

「あ、じゃあ隣だ」

「そうなんだ。じゃあ、放課後になったら行くよ」

「うん、またね」


 これはたかのおかげだからなにか買っていこうか。

 だけど猫用でも人間用でも関係ないとばかり食べられてしまうたかだからこそ難しいというわけだ。


「なんだー?」

「たか、なにか欲しい物って――みかんはなしで」

「みか――みかんが無理なら特にないな」

「なんかないの? 食べ物とかでもいいんだからさ」

「じゃああの少年を連れてこい、どっちが上なのかを分からせてやらないとな」


 似た者同士だからすぐに仲良くなれそうだ。

 その内、みかんを二匹で取り合いに、なんてことになるかもしれない。

 しれっと山本君のことを動物扱いしているのはあれだけど、相手にどっちが上なのかを分からせるためにはみかんの存在が重要だからね。


「ん? おう、みかんが『頑張って』だってさ」

「そっか、ありがとう、頑張るよと言っておいて」

「じゃあまたなー」


 というか、あまりにも器用すぎる。

 いや、家に電話をかけたこちらもこちらだけど。


「さて、放課後まで頑張りますか」


 五月になるまでは緩いままでいられる。

 ただ、五月になったら初めてのテストがやってくるから少しだけ不安だった。

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