03話
「よし、終わり」
課題を終わらせて鞄にしまう。
早く帰る意味もなくなったからそのまま帰ったりはせずに席に座っていると同じクラスの子が戻ってきてなにかを探し始めた。
「どうしたの?」
「本を忘れただけだ、これ、妹のだから忘れて帰るとうるさいから」
や、こんなことを言うべきではないけど本を読むタイプには見えなかった。
校則で禁止にされてはいないとはいえ少し赤気味な髪、ワイシャツのボタンなんかもなんか自由な感じがする。
「妹さんがいるんだ、中学生?」
「そうだな、中学二年生だ」
「教えてくれてありがとう」
「待て、妹を狙ったりするなよ?」
「狙うもなにも、全く知らないわけだからね」
意識が勉強かみかんかというところにしか向いていなかったからこの子の名字すら分からないのにどうやってやれと言うのか、校舎内にいたのであればもしかしたら~なんてこともあったかもしれないけど高校生と中学生ということでありえない。
「俺はよ、妹に近づく奴をこれまで何百人と見てきた、だが、妹に相応しい人間は誰一人としていなかったよ」
「ちなみにどういう子なのか聞いてもいいかな?」
「は? ……こう……細いけどそうじゃないというか、そういうところがいいな」
「なるほど」
どういうところがいいのかなんて聞いていないものの、彼がたかみたいな子だということは分かった。
いやもう名字も名前も分からないのだからたかということにしてしまえばいいか、あれから一度も顔を見せないから正直、山本君じゃないけど物足りないのだ。
でも、そういう見方をしてしまえば教室にたかがいるということになる、見方を変えるだけで色々と変わってくるから悪いことじゃない。
「つか藤長っ、お前はどこの中学だった?」
「あ、僕は他県から引っ越してきたんだよ」
「そうか、じゃあ関わっていた、なんてこともないな、安心だ」
シスコン、それかもしくは妹さんをそういうつもりで見ているか、というところか。
特定の異性を贔屓にするところもそっくりだ。
「なにも予定がないなら一緒に帰ろうぜ」
「うん、帰ろう」
時間がかかってもいいから彼の家まで付いて行くことにした。
携帯があるとはいえ、誰かがいるときに歩いておかないといつまで経っても把握することができない、そうすると活動範囲が狭い範囲に限定されてしまうかもしれないから避けたかった。
「お前、隣のクラスの山本といるよな、すげえな」
「すごい?」
「だってあいつ、早くも不登校だったからな」
「そうなのっ? え、でも、ここ数日はちゃんといるけどな」
すぐにお腹が空いたとか口にしてチョコや飴なんかを狙ってくるけどそれ以外のことではあくまで普通の学生だった。
だけどもちろん気になる点がないと言ったら嘘になる。
「お前の存在が影響してんじゃねえの?」
「ご飯を食べてもらって普通に会話をしただけだけどな」
「なんで飯を食べてもらうなんてことになったんだ?」
「僕が飼っていた猫……が連れてきてね」
飼っている兎なんかを出すことはしないだろうからたかには分かりやすく猫か犬で存在していてほしかった。
というか、仮に彼の前に連れて行って喋ったところを見られたらどういう反応を見せるのだろうか? 僕らにはない人間らしいところを見せてくれるのかな。
簡単に受け入れられてしまう人間ばかりだとつまらない、敢えて驚かせて楽しもうとするような趣味はないけど興味がある。
「ということは猫に釣られたってことかよ、意味分かんねえの――あ、こっちだから」
「付いて行く――妹さんを狙っているわけじゃないから」
「まだなにも言ってねえよ、それに妹がお前のことを好きになったならそれはもう仕方がねえ」
狙ってないよと再度言って周りに意識を向けていた。
向こうの県と同じでやはり都会というわけじゃない、お店とかよりも家が多くて不安定になったりはしない。
いやまあ、あくまでここが住宅街というだけで少し歩けばお店ばかり~なんてことになるかもしれないけどね、差がありすぎなくてとにかく落ち着く。
「藤長」
「あれ、なんでこんなところにいるの? 今日は先に帰るって話だったんじゃ……」
だからこそ残っていたわけだからね、一緒にいられるならいてほしかったな。
「歩いていたらたまたま藤長を見つけて追った」
「はは、そうなんだ、あ、一緒に歩く?」
「うん、の前に誰?」
「同じクラスの」
しまったっ、まさかこんなことになるとは。
「ぼ、僕の兄貴なんだっ」
「なんでだよ。はぁ、知らないなら知らないって言えばいいだろ?」
「よ、用事を思い出したからこれでっ、また明日会おう!」
心臓に悪い、冬じゃなくてよかった、冬だったら心臓に高ダメージとなっていた。
とりあえず山本君のせいでこんなことになったから腕を掴んで自宅方向へ向かって歩き始めた、流石に言い逃げ、やり逃げは認められない。
「藤長、いつもお世話になっているから今度は僕がチョコをあげるよ、はい」
「ありがとう、いただきます」
おお、少し苦めだけど甘すぎるよりはいい、慌てていた心臓も落ち着き始めた。
「美味しい?」
「うん、美味しかった」
「よかった」
おお、こんなに柔らかい表情になったりするのか。
いつもは弱った顔か真顔かというところだったからかなり新鮮だった。
GWも終わってテスト週間になって逃避していられるような時間もなくなった。
とはいえ、一人じゃないから心強い、あれからは山本君がずっと来てくれているから不安になることも少ないだろう。
「さ、テスト勉強をしようか」
「ちょっと待って、その前に言いたいことがある」
「どうぞ」
「テスト本番が誕生日なんだ、だから藤長に祝ってもらいたい」
「分かった。じゃ、とりあえず先のことだから勉強をやろうか」
苦手な教科はそこまでない、だからこれだと決めた教科を淡々とやっていくだけだ。
長時間はできないとしても短い時間だけでも集中してやれればそれでいい。
広くなったこの部屋でそういう力は特に必要だった、すぐに手を止めてしまうようだと寂しさに負けてしまう。
「藤長、ここは?」
「えっと……こうだね」
「そっか」
あれは決してやけになっていたわけじゃなかった、気づくのが少し遅いけど一応僕でも相手のことを考えられるということだ。
でも、やっぱりすぐに一人に慣れることはなかった、彼からすればそのような行為に見えてしまうと思う。
だからといってやっぱり戻ってきてほしいなんて言えるわけがない、僕は僕だからまた同じようなことをしたら今度こそみかんに嫌われてしまう。
「寂しい? なんかそういう顔をしている」
「ちょっとはあるよ、でも、帰っちゃうんだとしても山本君がこうして来てくれるから特につぶれたりはしないよ」
っと、せめて三十分ぐらいは続いてくれよ僕の集中力。
手を止めなくても考え事をしていたら同じだ、ちゃんと向き合っているつもりにしかならないから自分のためにはならない。
「住んであげようか?」
「気持ちはありがたいけどそれだと君のご両親に申し訳ないからやめておくよ」
はっきり言われたことでどう感じたのかは分からないけどそれきり彼も黙ってしまったからそれ以上、脱線をしてしまうなんてことにはならなかった。
一時間でいい、ちゃんとやれれば後でまたやろうという気持ちになれる、食事と入浴を済ませた後にできた時間を使えばそれでも足りないということにはならない。
ただ、彼は違うのかずっと集中していたからご飯を作ることにした。
二人分ぐらいなら小食でもなんとか食べられるため、いちいちご飯を食べるのかどうかも聞かずに作った。
「……いい匂い」
「ご飯を作ったんだ」
「食べたい、藤長が作るご飯は好きだから」
「はは、ほとんどは朝しか食べないからご飯とお味噌汁だけだけどね」
それなら誰だって同じような味になる。
だけどこう言われて嫌な気分になんてならないから上機嫌でご飯を食べていた。
単純でもなんでもいい、敢えて裏まで考えて自滅をしてしまうことの方が馬鹿だ。
「テストが終わったら藤長と遊びに行く」
「どこに行きたいの?」
これは誕生日の件とは別件……だよね?
こうして来てくれたり、興味を持ってくれるのは嬉しいけど、繰り返される度に不安になる自分がいる。
面倒くさい人間だ、来なければ来なかったで不安になったりするくせに来たらすぐにこれなのだから。
でもね、なんか彼を騙してしまっているみたいで嫌なのだ。
「藤長の住んでいたところとか」
「そこまで遠いわけじゃないけど東京とかみたいにいいところがあるわけじゃないんだよね、それでもいいなら連れて行くけど」
「行きたい、藤長のことをもっと知りたい」
これとかね、だってそれなら行きたくないと言っていたのはなんだったのかとやっぱりなってしまうでしょ?
目の前から去る前にたかが余計なことをした可能性がある、変な力があるから完全に無理だということもないだろう。
もしそうなら効力が切れた場合にどうなるのか。
「わーわー……なんで揺さぶられているの……」
「なにかおかしく感じるときってない? なんでこんなことをしていたんだろうと考えたときはない?」
揺らした程度でなにがどうなるというわけではないだろうけどこのままだと困るから確かめていくしかないのだ。
「特にないけど……」
「たかが消える前に変なことを言われたりしなかった?」
「しなかったよ? そもそも、また藤長のところに行くって決めたときにはもういなかったから」
そうか、本人がこう言っているなら――いや、それは危険か。
残っていたご飯を食べて洗い物を始める。
「でも、なんで急に?」
「少しの間、飼い主みたいなものだったからね、迷惑をかけていたら申し訳ないと思ってさ」
「大丈夫。あと、美味しかった」
「うん、それならよかった、二つの意味でね」
みかんの件でお世話になったけどもう見えるところにいてほしくない。
嫌いになったからじゃなくてついつい余計なことを言ってしまいそうだったからだ。
「そういえば誕生日の件だけど、山本君はなにか食べたい物とかある?」
「藤長が作ってくれたご飯でいい」
「それは作るけどなにかないのかなって」
母が誕生日のときは食べたい物を聞いて作っていたから彼のときでもしたかった。
沢山人がいるというわけでもないし、二人分ならそう時間もかからないだろうからテストの日でも問題はない。
こうして聞いておいてなんだけどそういうときに慌てないようにするためにいまこうして集まって勉強をしているのだ。
「それじゃあ……ハンバーグとかかな」
「分かった」
「あ、テスト本番の日が誕生日だけど終わってからでいいよ」
「え、それは微妙だからいいよ、それぐらいなら任せてよ」
「いいの……?」
頷いたら「ありがと」と言って安心したような顔になったけどよく分からなかった、祝ってほしいと言った子がそういうところを気にするのはちょっとね。
まあ、誰だっていつだって全く遠慮をせずに頼めるというわけではないけどさ。
「出会ってからそう時間も経っていないけどなにか欲しい物とかない?」
「ご飯だけでいい」
「でも、欲しい物が見つかったら言ってね、買えても僕の範囲でだけど」
よし、勉強だ。
家でやるときのメリットは意外と眠たくなったりはしないということだった。
程度の差はあれ強制的に受けることになる授業とは違って自分の意志で勉強をしているというのが影響している。
そして多分、効率的だ。
「疲れた……」
「休んでいてもいいよ、人それぞれペースが違うからね」
「精神的に疲れたから休んでおく」
「って、僕の足を使うんだ? 奇麗なタオルを二枚重ねて枕にした方が休めるんじゃない?」
「だって藤長のせいだから仕方がない」
えぇ、あ、毎日のようにこうしてテスト勉強のために誘うから……?
とはいえ、彼が普段やっていなさそうとか決めつけるつもりはないけど一人より誰かとやれる方がいいのだ。
中学のときはからかわれたくないのもあってすぐに帰っていたから友達と放課後に遊ぶなんてこともできなかった、ならこうして誘える、一緒にいて安心することができる友達がいるなら誘うだろう。
「勉強はやっぱり好きになれない」
「でも、自分のためにやるしかないんだよ」
「それにどうせこうして友達と一緒にいるなら楽しみたい、勉強をしなければならないとそれもできない」
「だけど僕らは一時間とかで終わらせるでしょ? 頑張った後でも遅くはないんじゃないかな」
これまた彼が悪いわけではないけど凄く情けないことを口にしている気分だった。
でも、小学生のときからずっとそうで受験のときにすら変わらなかったわけだから無理やりにでもやらない限りはこのままだ。
それでも合格することができたのだからと開き直るべきか、いつかそのせいで面倒くさいことになってしまわないように直しておくべきか、間違いなく後者の方がいいけどそれはそれで面倒くさいというやつだった。
あとはいい方にだとしても変えていく、変わっていくというのは怖いものだ。
「……藤長と楽しく出かけるためにも頑張る」
「うん、頑張ろう」
で、彼の場合はそうと決めたらあっという間だった、僕よりも長くできてしまう。
そのため、結局僕だけが今回も早めに終わらせてご飯を作ったという流れだ。
食べてもらって外まで付いて行き挨拶をして別れる、うん、いつも通りだ。
入浴にとなるところでも朝まで寝るというところでも変わらない、朝になれば必要なことを済ませて学校にとなっていく。
繰り返して繰り返して、そこまで期間があるわけじゃないからあっという間にテスト本番を迎えることとなった。
正直、テストについての不安よりもハンバーグを上手く作れるのかどうかについての不安が勝った。
というのも、基本的には母に作ってもらっていて今年の頭ぐらいからやっとご飯を作る練習を始めたからだ。
その前から誕生日だけはということで作っていたものの、見た目とかも話にならなかったからなぁと思い出して内で笑った。
それに比べればテストなんて話にならない、解いて確認をして終わりだ。
「山本君、スーパーに行こう」
「うん、僕が荷物を持つ」
「いいよ、だって今日は君の誕生日なんだから」
問題だったのはスーパーに着いて入ろうとしたタイミングで「やっぱりいい」と彼が言ってきたことだった。
「恥ずかしくなったからいい」
「恥ずかしいって……誰だって祝ってもらいたいものでしょ?」
「帰るっ」
「え、山本君!」
どこかに行ってしまったのなら意味はないけどもうハンバーグの気分だったから食材を買って家に帰って作った。
一応、二十時ぐらいまで待ったものの、来てくれるようなことはなかったから一人で食べた。
僕的にはまだテストが終わっていなくて不安になってしまったけどそれを真っすぐに吐くのは恥ずかしかったということにしている。
「別にそれでも走り去らなくたっていいのに」
勉強についてはあんまりやりたくないということをちゃんと言ってくれていて分かっていたからなにかを言うつもりはなかったんだけどな。
そりゃ誘っていたのはこちらだけどあの最初の日以外は自由にしていても自分のことに集中していた、それに彼も「うん」と付き合ってくれていたわけだからなんで急にこうなるのかと言いたくなる件だ。
みかんやたかがいればまた違った結果になったのだろうか?
……この中途半端な状態をなんとかするためにお風呂に入る前に一時間ぐらい勉強をやってから入った。
なんとかするためにやるのはよくないと分かっているけど、このまま翌日に持ち込む方が駄目だから仕方がない。
「電話……? 誰だろ」
登録していない番号だ、でも、こういうときは出るようにしているから出てみると、
「よう俺だ、たかだ」
山本君より不思議なたかからだった。
「どうしたの?」
「ちょっといまからそっちに行く、だから窓を開けておいてくれ」
「いや、すぐに移動することができるんだから玄関から入ってくれればいいよ」
急に現れても心臓に悪いから正規の方法でやってほしかった。
しかし……なにもないからとみかんを送るついでに出て行ったのにどうしたのだろうか? 母も受け入れる能力が高いから上手くいっていないなんてことはなさそうだけどなあ。
餌についても問題はない、何故なら猫を飼っているし、みかんよりも食べない存在だからだ。
「はい――久しぶりだね」
「いや、全く経っていないがな、上がらせてもらうぞ」
さ、本当のところを早く吐いてもらおう。
内容によってはテストどころではなくなってしまうから柔らかい感じにしてほしいところだった。
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