第14話 偽善者

 朝起きると、昨日の発言通りに魔法練習所に向かう。

 コンビニがなくなる前に残り物で必要な物を確保したい事と携帯電話の電池式の充電器が欲しかった。

 あまり多く持っていても城を出された時に邪魔になるだけだと分かっている。


 魔法練習所に着くと、50歳台の男性がコンビニの方から両手にいっぱい入った袋を持って出てきた。

 この世界に来た時と変わった感じもなく、汚れたワイシャツがズボンから出ている。

 お互いに目が合うと男性は目線をずらした。


「頑張っているみたいですね。

 私はもう無理です」


 歩いて近付いてきた男性の袋の中にはビールがいっぱい入っている。

 やはり男性がビールを持ち出していたんだと分かったが、何て声をかけるのが普通なんだろうと悩んだ。

 知らない世界に来て、サラリーマンしかしてこなかった50歳代の男性に戦って生きる人生は辛すぎる。

 同じ世代として、言っている事は分かるが城から出された時にどう生きるのだろうと心配してしまう。


「大丈夫ですか?」


 真横にいる男性の顔は情けないほど弱弱しく見える。

 寝れていないからか、酒に溺れているからなのか分からない。


「私はあなたと違う。

 あと、10年もすれば年金がもらえた。

 その為にどんな事があっても大学卒業してから会社の為に働いてきた。

 最後の最後でこんな事になるなんて…」


 その言葉は痛いほどに感じる。

 自分も会社の為に働いて、裏切られ、再就職先で一生懸命に働いていた。

 我慢して、年金がもらえる歳になれば好きな事が出来ると思ってて過ごしてきた。

 それが普通だと思う。


「これからどうするか考えた方が…」


 男性は力がないが実直そうな眼で睨みつけている。


「こんな太ったオヤジに何も分からない場所で生きろと。

 訳も分からない奴らに命令され、命を張った戦いで死ねと。

 俺の10年後にどんな未来があるのか、教えてくれよ。


 勇者だから魔王を倒して、元の世界に戻るのか?


 それを10年以内で行えるのか?


 戻ったら、飛ばされる時と同じ時間に戻るのか?


 俺だって、何も考えていない訳じゃないんだよ。

 未来がないなら、数年後に死んでも、今死んでも同じじゃないのか?」


 男性の言っている事をこの世界に来た当日に自分も考えた事がある。

 元の世界に戻れるのか?

 戻った世界に自分を知っている人間はいるのか?

 男性の言っている事は正論だが、そんな事は関係ないと思っている。


 今は前進する事しか考えない。

 過去に経験した絶望よりも苦しくないから…

 

「死なないで下さい」


 男性に最大限の思いを詰めた言葉だった。

 ただの偽善者でもいいから自ら死を選ぶ事は避けて欲しいし、1年間で生きる道を考えて欲しい想いを乗せた。


 男性は袋を持ち変えると何事もなかった様に魔法練習所を出て行った。



 コンビニの飲み物のショーケースはほとんど空になっていて、コーヒーと炭酸水、大きなサイズのお茶しか残っていなかった。

 お菓子もほとんどなかったが、日用品はほとんど残っていた。


 欲しかった電池式の充電器と電池を全てマジックポーチに入れると他の棚を確認し直した。

 瓶に入ったお酒がほとんど残っており、目に留まった。

 お酒は売れるのだとしたら、貰っておく事もいいかもしれないとマジックポーチに入れた。


 バックヤードに行くと薄暗く、在庫が置いてある場所にビールの段ボール箱が散在していた。

 奥にあるお菓子やカップラーメンの段ボールは手付かずだった事がラッキーだった。

 最初に飴やクッキー等の日持ちがしそうなお菓子を入れられるだけ、マジックポーチに入れると棚に並んだ瓶のお酒を入れる。

 結構な重量になったがカップラーメンは軽いからと思い、マジックポーチに入れてみると入った。

 それにしてもこんなに大量に入れても問題がないなんて、マジックポーチはどんなに入るのだろうか不思議になる。

 帰り際にカウンターにライターがあるのが見え、ライターも袋に入れた。



 午前中のシア・レの勉強を少し早めに終えてもらい、魔法練習所にシア・レと一緒に行った。

 コンビニに思い入れがある訳でないけど、見慣れた建物がなくなる姿は見ておきたかった。

 多くの人が集まって、コンビニの解体の周りを囲んでいる。

 ラッパに近い音がするとコンビニは火に包まれて、燃え始めた。


 他の人達も入ってきて、燃えているコンビニを眺めている。


「過去に戻った勇者を知っていますか?」


 本音に近い何気ない一言だった。


「戻ったかどうかは分かりませんが、ダンジョンで反応が消えた勇者様はいます。

 その掌の印は死んでも居場所が分かる様になっており、反応が消えた勇者様はこの世界にいない事になります」


「そうなんですね」


 分かっていた答えだった。

 シア・レは1回も戻った勇者の話をしていないから戻る確率は異常に低い事も分かっている。


「どうしたんですか?」


 シア・レは心配そうに自分を見ている。


「自分がいた世界では20年働けば、引退になります。

 引退後は労働から解放され、第2の人生を送ります。


 20年間でゲートを見つける事は可能でしょうか?」


 コンビニが燃えていく光景に涙も流れず、綺麗だとも感じず、感情が消えていった。


「分かりません。


 勇者様の管理は特級者のごく一部しか行っていないので、帰った勇者様の事は分かりません。

 この世界で寿命で死んでいく、勇者様が多い事も事実です。

 でも、勇者様の特権で若返りのアイテムを使う事が出来ます」


 え、何を言い出すんだ。

 若返りのアイテムって、聞いていない…


「何を言っているのですか?」


「勇者用のダンジョンアイテムで神命種があります。

 神命種を食べると15年若返ります。

 寿命の長い勇者様には必要ないのですが、60~150年位しか生きれない勇者様がほとんどですので必要となります」


 コンビニが燃えている事を一瞬で忘れてしまう様な重要な事だと思うが、シア・レは長生きをする種族だから寿命に興味がないのかもしれない。

 寿命を延ばすなら神命種を使う方法があり、それは一般的な方法なのかも分からない。


「神命種は一般的なの?」


「はい。

 勇者様しか使えないですが、5年に1回しか効果を発揮しません。


 去年はダンジョンから8個発見されており、オークションで金貨600枚程度で購入可能です」


 今度はオークションって、この世界にもオークションはあるんだ。


「オークションって、何?」


「年に4回、王都で全ギルド出店の競売オークションがあります。

 売る側はギルドのみで買う側に金額や身分の規制があり、入場許可書を持っている者だけが買えます。

 商品は値段がつけられなかったり、高額で支払いが出来ないダンジョンアイテムや生産系の特殊アイテムが売りに出されます。

 

 ご興味ありましたか?」


 興味があるってもんじゃない。

 ダンジョンで手に入らない物はオークションで手に入れられるって事はこれから先の人生が大きく変わる…

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