第9話 孤立

 食事の時間になるまで、シア・レに質問をしていた。

 たぶん、隠し事もなく、素直に答えてくれていたと思う。

 異世界の大まかな感じは分かったが、帰る為の重要な部分の情報は抜けている。

 

 夕食は昨日と野菜が変わっただけで同じ様なメニューだったからこれが続く事を考えると憂鬱になる。

 食事をしているとユウキとカナが女性2人と一緒にやってきた。

 カナと楽しそうに話しているから女性達はこれからの事を決めたのだと感じる。


「この前はすいませんでした。

 太田優美と言います」


 年上の方の女性から自己紹介してきた。

 席を立たずに頭だけを下げた。


「私は疋田恵です」


 隣にいた女性も挨拶をし、ユウキとカナも目の前の席に座った。

 同じように席を立たずに頭だけ下げた。


「食料品を頂き、ありがとうございます。

 木箱も用意する様にお願いして頂き、助かっております。


 今後はどうするおつもりですか?」


 ユウミが当たり前の様な質問をしてきた。

 彼女達の目的は元いた世界に戻る事だから、次の展開は“協力して元の世界に戻りましょう?”的な事だと思う。


「食料品はみんなで均等に分ける事がいいと思ったので、そうしただけです。

 コンビニにお酒やお菓子等はほとんど残してあるので、必要な物があれば取りに行って下さい。

 

 元いた世界に戻る方法を探すか?

 この世界に移住するか?

 悩んでいます」


 ここは無難に今の気持ちを伝えるしかない。

 隠しても意味がないと思っている。


「私達は何年かかっても元いた世界に戻りたいと考えております。

 みんなで元いた世界に戻りませんか?」


 思っていた通りの質問だったし、これが普通の考え方だと分かっている。

 でも、協力をしたくはなかった。

 ユウキとカナはこの案に賛成だった事は目を見れば分かるけど、リスクが高い。

 シア・レの話の中で帰った勇者は極めて少ないと感じているし、集団で行動した場合に確実に出る脱落者に合わせ始めると戻る事を断念する方向へ進む選択しかなくなる事が嫌だった。


「自分は保留にさせて下さい。

 奥さんも子供もいないし、三男だから戻らなくても困る人間はいません。

 自分の命を賭けてまで戻る必要がないのです」


 一瞬で場の空気が悪くなった事が分かった。

 この場にいる自分以外が戻る選択をしており、共感をしなかった事が不愉快なんだろう。

 分かっているが帰る事が難しいと判断した時の逃げ道を、言い訳を作っておきたかった。

 同じ世界の人間と離れて孤立しても、仕方がないと思える。


 食事が残っているが立ち上がり、食器を箱に入れるとユウキが走ってきた。

 横に立つとイライラしているのが分かるくらいな表情をしている。


「あの場所で言う事でないと思います」


 ユウキが言っている事も分かるが考えて欲しかった。

 自分も悩んでいる。

 普通の生活を失った事がある自分が味わった絶望を他人に経験させたくないし、今なら大きな絶望にならない。

 そして、命を賭けてまで戻る理由について考える時間を取って欲しい。


「言い過ぎたとは思っていない。

 今は結論を出さないで少し冷静になって欲しい。


 ダンジョンに行って、戦い方も知らない人間が戦えるのか?」


 ユウキはイライラいた顔から素の表情に変わった。

 異世界に来てから2日目しか経っていないから現実が見えていなく、希望に溢れている。

 でも、この城の中で一番最弱なのは私達、勇者だろう。



 部屋に着くと扉を叩く音がして、シア・レが入ってきた。


「明日の予定ですが、午前中は図書館で一緒に勉強をします。

 午後からは武術と魔法の訓練でよろしいでしょうか?」


 シア・レの顔を見ると罪悪感が少し消えて、安心とした。

 愚痴を言っても聞いてくれると思うが、今は前進を続ける事で自分を守れる位まで強くなりたいので弱みを見せたくない。


「ありがとうございます。

 城にいる時にお金を稼ぐ方法はありますか?」


 シア・レが無言になる事は珍しく、難しい質問だったのかと思った。

 旅立ちの儀に貰えるお金の額を心配しているのではなく、異世界の仕事を経験しておかないとすぐに働けない。

 自分は人よりも不器用な方なのでバイトの経験を積みたかった。


「調理場や鍛冶場の手伝い、馬の世話があります。

 武術と魔法の訓練の過程で近くにある星1ダンジョンの訓練もできます。

 ダンジョン内で出た宝石以外の所有は許可されており、城に来る商人に売る事は可能です。

 宝石は王国が買取をします」


 宝石は王国に買取にするとして、モンスターの解体があるとしたら厄介だな。


「ダンジョンでモンスターを倒すとどうなりますか?」


「ダンジョンで倒したモンスターは死体が消え、アイテムだけが残ります。

 特例がありますが、ダンジョン以外で倒したモンスターは死体が残り、死体から肉や毛皮、牙等を採取します」


 ダンジョン以外でモンスターを倒すと解体の必要がある事だとして、あの肉はモンスターの肉だったんだ。

 今は何のモンスターかは知らない方がいいかも…


「訓練でダンジョンに行きたい」


 シア・レの顔が無表情に近くなった。


「星1の初級ダンジョンでも確実に死にます。

 私の担当だった勇者様でないのですが、世話役の言う事も聞かずにダンジョンに行った事がありました。

 ダンジョンは普通4人から8人のチームで探索を行います。


 訓練の星1ダンジョンは地下7階層で構成されていて、近衛騎士1名と世話役1名で行きます。

 訓練では6階層まで行けるますが、5階層と6階層になるとモンスターの数と強さが倍以上になると思って下さい。

 そこで複数のモンスターに囲まれて、命を落としたと聞いております。


 勇者様の強い希望があれば、行きますが指導役の判断で行った方がいいと考えます」


 早口になってる…

 絶対にシア・レは怒っていると思う。


「大丈夫だよ。

 聞いてみたかったんだ」

 

「参考までに冒険者をしていた時は星4の冒険者でしたが、6人で星3ダンジョンの最下層しか到達できませんでした。

 星4ダンジョンで仲間が大怪我をして、冒険者を辞めました。


 5階層毎にモンスターの数と種類が増え、10階層毎に大型モンスターが出ます。

 大型モンスターはその階層のモンスターの10倍以上は強いです」


 悲しい思い出を言わせてしまった事に気まずさを感じるけど、それほど慎重にダンジョンで冒険をしなければならない事を伝えたい事は分かった。

 10階層に出る大型モンスターはゲーム内だと小ボスと考えて、問題はないと思う。

 最下層はどうなっているんだ。


「最下層は大型モンスターが出るの?」


「最下層は魔王の部屋があり、魔王と戦います。

 勇者以外が戦うと魔核に戻りますが、勇者が倒すと魔王は消滅します。

 魔王の消滅と共にモンスターが消え、徐々にダンジョンが崩壊します。

 ですので、魔王討伐を行う際は王国の許可を得て、ダンジョン内に冒険者の立ち入りを禁止します。

 ダンジョン崩壊に巻き込まれますと死にますので、ご理解下さい」


 ダンジョンの崩壊で死ぬって、魔王を倒すと勇者も危ないの?


「すいません、言い忘れました。

 魔王を倒してもアイテムが出る事はなく、強制的にダンジョンの外に出されます。

 なので、魔王を倒す冒険者はギルド命令以外はありません」


 悪人に聞こえない魔王を倒す意味が分からなくなってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る