第5話 交換日記
女性達が泣き止むまで一緒にいた。
最後は2人で頑張る事を決めると食料と飲料水を持って、部屋を出ていった。
後ろに立っていたシア・レが横に立つと嬉しそうな顔をしている。
無表情だった顔が嬉しそうな顔に変わると不気味の一言しかない。
「ケンゾさんは凄いです。
こんなに問題がなく終わる事は珍しいです」
問題なくって、どんだけトラブルが多いのだろう。
好戦的な勇者もいて、戦いが起きた事もあるのだろうか?
そう考えると異世界に来てから彼らが異常に警戒をしている行動に納得がいく。
「部屋に行きたいがいい?」
立ち上がるとシア・レは前を歩いて、他の人が出て行った扉を開ける。
食堂から5分も歩かない所にある部屋に通され、部屋の中は飾り気のない質素なベット、テーブル、木箱が見える。
ベットの布団をめくると木の板の上に硬さから羊の毛の様な物が入った布団が置かれている。
テーブルも木で出来ており、飾りっ気が全くないので何とも言い難い。
「ケンゾが欲しがっていた物はマジックボックスにしました。
時間経過がとても遅くて、1日が1時間位の時間経過になります。
でも、重量は入れた物の10分の1の重さにならないから気を付けて下さい」
木箱を開けてみると透明な水が入っている感じで木箱の底が見えない。
試しにマジックポーチから冷蔵食品を入れてみると箱の中の水の中に吸い込まれて消える。
「ありがとうございます。
入れる方は普通に入れると思うけど、出し方を教えてほしい」
シア・レは木箱の水の中に手を入れると先ほど入れた冷凍食品を取り出した。
あの訳の分からない水の様な物の中に手を入れる事に怖さがあるがシア・レが普通に手を入れているから大丈夫だと思うしかない。
「入れた物をイメージして、手を入れると出せます。
私達は入れる時に番号をイメージして入れると出す時に番号を考えるだけで欲しい物が出ます。
入れた物を忘れた時や何も考えないで手を入れた時は物は取り出せるけど、欲しい物が出ない事が多いよ」
木箱に手を入れると少しひんやりして、泉に手を入れている感覚に近かったが抜き出した手は濡れていない。
手に何も持っていないのを見て、何も入っていなかったんだと気付いた。
冷蔵食品と飲料水は数字をイメージし、冷凍食品はひらがなをイメージし、カップ麺はカタカナをイメージして入れ込んだ。
コンビニから持ってきたノートと筆記用具以外を全部入れ、入れた量を考えるとどんだけ大きいのか不思議になる。
「この木箱は満タンになるとどうなる?
木箱よりも大きい物を入れる時はどうするの?」
「マジックパーチとマジックバックは容量がいっぱいになると入りません。
マジックボックスの場合は吸収されないでそのまま浮いています。
大きい物を入れる時は袋の口や箱の口を入れたい物に向けて、入るイメージをします。
マジックボックスは商人が大量に物を運ぶ為に作られており、木材や家具も入れて運びます。
生きている物は入らないので気を付けて下さい」
便利だと思うがこの大きさで家具が入るのだと思うと意味が分からなかった。
「この印の事を教えてほしい」
左手をシア・レに向けた。
「手の印のこと?
手の印は居場所を知る為に付けました。
それ以外の力はなくて、勇者が何をしているかまでは分かりません。
この世界で勇者は国民と一緒だけど、ちょっと違う。
勇者の魂はこの世界にない物だから元の世界に戻さないといけません。
それじゃないと魂がこの世界を彷徨い続けるので、長い年月が過ぎても魂は彷徨い続ける不浄の者になります。
なので、魂は神の泉から元の世界へ戻します」
「神の泉から元いた世界に戻れないの?」
「昔に行った勇者がいましたが魂の状態以外は戻らなかったと教えられています。
魂を戻す儀式を見た事がありますが、泉の水と魂が混じり合っていくのを見ました」
ゲート以外に元いた世界に戻る方法は本当にないのだろうか?
戻った勇者は本当にいるのだろうか?
「神託の義について、教えて欲しい」
「神託の儀は平和の神トトス神にお祈りをして、魔銀のカードに身分証を作ります。
身分証は名前、職業、レベル、スキルが記載されたカードとなり、入出国や移住届、取引所の利用等に使用します。
使用した時に身分証の情報が残り、勇者様と星4つ以上の冒険者だけは王都の監視部に情報が入ります。
身分証をなくしても神託を行えば作れますが、カードの代金が金貨1枚となっております。
その後にスキルの授与を行います。
トトス神は身体強化魔法と付与魔法、言語理解を授けて頂けます。
言語理解を習得するとこの世界の言葉を話したり、読んだりできます。
その後に火の神、水の神、風の神、光の神、お金の神に祈りを捧げます。
各神は魔法やスキルを授けてくれて、相性のいい魔法は文字が光ります。
私は水の神と相性がいいので、水の魔法が得意です」
魔法がある事は聞いていたが神から授からないと使えないとしたら、今は魔法が使えない状態だと認識した。
ゲームだと魔法の選択次第でこの先の運命が変わるけど、シア・レの話を聞いていると大切さを感じていない。
魔王討伐がここに来た目的ではなく、冒険だから何とも言い難い。
「よく聞かれる事を教えて欲しい」
「色々、ありますよ。
月々にいくら貰えるとか、他の勇者は何をしているとか、1番過ごしやすい村はとかですかね。
旅立ちの儀式で金貨50枚と必要な武器と防具等をお渡しするだけで王様から給料はありません。
過去の勇者のほとんどがダンジョンで稼いでいて、少数ですが商売や商人を行う就社もいます。
モンスター以外からは宝石や魔鉱物、レアアイテムが出てこないのでそれを売って生活をしています。
1番過ごしやすい村はここから東南方向に2日間行ったデルタ村ですね。
近くに星1つの50階層以上のダンジョンがあり、20階層までは初中級レベルなので出稼ぎで滞在する冒険者も多いです。
王都から近いので騎士団が警備をしており、最終訓練をこのダンジョンで行った時もあります。
他に宿屋や食事処、冒険者ギルド直営の取引所も充実しております。」
1年後に金貨50枚を渡されて、放置されるのか?
そもそも、金貨50枚はどれ位の価値なんだろう。
“星1つのダンジョン”って、どのレベルのダンジョンだろう。
「魔王は倒せないの?」
「正式に言うと魔王は倒せません。
魔王を倒しても魔核が石の状態になり、数ヶ月後に魔王は復活します。
魔核を破壊できるのは勇者のみとなっております」
何を聞いても、シア・レは表情一つ変えない。
この質問は慣れているんだろうか。
「戦わないで、この世界で生きる方法は?」
「先ほど申しましたが、商売や商人をしている勇者がいます。
でも、魔王が…」
鐘の音が何回も鳴った。
シア・レは扉を開けて、部屋から出る様に促した。
部屋から出るとシア・レを見た。
「部屋に鍵はないの?」
「扉に触れて、閉める時は“クラセ”、開ける時は“レセ”です。
ケンゾの部屋の開閉は特級者以上と私が開閉できます」
特級者以上とシア・レが自由に入る事が出来るとしたら、何十人もいると思う。
部屋に入られても何もない部屋だからいいとして、はっきり言われると用心もしたくなる。
「クラセ」
初めての魔法っぽい行動に変な気分だが、扉から“コトン”と音が鳴ったので閉まったんだと思う。
食事はチャパタに似たパンと野菜のスープ、野菜の炒め物が2品、煮込み肉料理を木で出来た皿に盛られた。
シア・レは何かを話しており、肉以外の料理を取っていた。
パンは思っていたよりも柔らかく、野菜のスープは甘酸っぱい果物が入っている塩味で美味しい方だと思う。
他のおかずも塩味で肉料理だけが生姜の香りと胡椒の痺れを感じる。
「ケンゾウさん、どうでしたか?」
料理が山盛り乗った皿を持ったユウキが目の前に座り、料理をスプーンでいじっている。
「大食いだったんですね」
ユウキは困った顔をしている。
「冷やかさないで下さい。
頼んでもいないのに勝手に盛られたんですから」
スプーンを皿の上に置くと真剣な顔でユウキを見る。
「明日の神託が終わると食事の時以外に接触する事もなくなるから交換日記をしようと思う。
朝食の時に交換をして、その日にあった事や聞き出した情報を書くのはどうかなって思っています」
「いいと思います」
ユウキは即答した。
今後を大きく左右する重要な質問をしなければならない。
「今すぐに答えなくてもいいけど、ユウキとカナは元いた世界に戻りたいの?」
ユウキの顔が固まっているのが分かった。
帰りたいと思う事は普通だと思っているユウキに疑問が生じている。
「戻りたいと思っています。
どうしてそんな事を聞くのですか?」
「戻る方法を聞いているからノートに書いて渡します」
ユウキの顔が驚いたまま固まっている。
帰る方法がある驚きなのか、それを自分が知っている驚きなのかが分からない。
「それにしても食べれるの?」
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