隣の彼は犬派だと言っていたが
日々菜 夕
隣の彼は犬派だと言っていたが
♦女性視点♦
「ねぇ。貴方は犬と猫どっちが好きなのかしら?」
会社での飲み会。
話題の続かない部下に対する問いかけだった。
彼は、何か言いたそうに少し悩んでから笑みを浮かべる。
「そうですね。どちらかと言えば犬ですかねぇ」
彼との距離を近づけるために始めた問いかけ。
期待外れな部分もあったが動物が嫌いでないのならば可能性は残されていると判断し――私も、笑みを浮かべて言葉を返す。
「じゃぁ、将来的に犬を飼う可能性があったりするのかしら?」
「どうでしょう。今のところは無理ですね」
「今のところはってことは、何か問題でもあるのかしら?」
彼は、笑みをくずし残念そうに物を言う。
「実は、両親が動物とか飼うの嫌がっているんですよ」
「アレルギーでもあるのかしら?」
「いえ、単に面倒くさいだけみたいです」
「もったいない」
「ですよね。あ~ぁ。ペット飼える人が羨ましいですよ……ホント」
「本当に?」
「えぇ。子供の頃は大きな犬の背中に乗るのが夢でしたからね」
テレながらものを言う少し年下の彼が可愛い。
「それにしても、犬かぁ。猫だったら家は大歓迎だったのに……」
「もしかして、猫飼っていらっしゃるんですか?」
「えぇ、3匹飼っているわ」
「え? 3匹もですか!?」
私は、上着のポケットからスマホを取り出し、お気に入りの写真を見せる。
「この子達よ」
「へ~。ミケに茶トラとキジトラですか……可愛いですね」
「犬派の割には詳しいじゃない」
「別に猫が嫌いってわけではないですから」
とても優しい目で私のスマホの画面を見る彼。
これは、みゃくありと見ていいだろう。
「良かったら、この後。見に来ない?」
「え?」
私の誘いに対し、途端に表情を曇らせる部下。
なに言っちゃってくれてんのこの人ってな空気が漂う。
でも、想定内の反応。
誰だって、異性の上司からこんな誘われかたしたら警戒するってものだ。
「猫、嫌いじゃないんでしょう?」
「ですが、さすがにですね……、こんな時間に女性の部屋に行くと言うのは……」
うんうん。
見事にテンプレート的で無難な断り方よね。
でも、逃がさないんだから。
「猫を見るだけなのに時間なんて気にしなくていいじゃない。それとも狼さんになって私を襲う気なのかしら?」
「そ、そ、そんなことしませんよ!」
くすくすと笑いながら言う私に対して彼は、目を泳がせ――誰かに助け舟を出してもらえないかと画策している。
でもね、今日貴方を持ち帰るのは私ってことになってて。
すでに、根回しもしてあるんだよね。
つまり彼が――今、私の隣に居るのは仕組まれたわけであり。
当然の結果なのよ。
「ふふふ。本当に貴方って奥手なのね」
もっとも、そんなところに興味をもったのだけれど。
「か、からかわないでくださいよ!」
「あら、私は。あくまで家の可愛い猫ちゃん達を部下に見せて悦に浸りたいだけなのよ」
今日のところはね。
と、内心つぶやいてから勝負に出る。
「そんなにいけない事なのかしら?」
「で、ですが……」
「確か貴方の家から私のアパートまで駅2つ程度だったと思うのだけれど勘違いだったかしら?」
「それは、あってますけど……」
「だったら、今から行けば終電を待つことなく余裕で家に帰れると思うのだけれど?」
「あの、本気で言ってるんですよね?」
「えぇ、もちろん本気よ。本音で言ったら飲み会なんて無視してでも早く家に帰ってご飯あげたい気分だもの」
「え? もしかして、ご飯まだなんですか?」
「えぇ、誰かさんが渋れば渋るほど、家の子達がお腹を空かせて泣くことになるの」
「はぁ……。わかりました。お付き合いさせて頂きます」
諦めと、呆れ、それに少しばかり期待を込めた表情。
よし!
釣れたー!
*
当初の予定通り彼を引き連れ自宅に帰ると――
アパートの扉を開けた途端。
にゃ~、にゃ~と。
お腹が空いたよ~、の大合唱しながら足にすり寄って来る猫達。
「はいはい、ちょっと待っててね! すぐ、ご飯あげるから! 貴方も、ぼさっとしてないで入って入って!」
「は、はい! お、お、おじゃまします!」
うわずった彼の可愛い声にふき出しそうになりながらも猫達を引き連れてリビングに直行。
「ごめんね~、今日は遅くなっちゃって~」
そう言いながら、カリカリを猫達のお皿に――適量入れていく。
普段よりも待たされた分、ものすごい勢いでがっつく猫達。
私が、甘やかしすぎたせいで、ちょっぴりふくよかになってしまっているがとても可愛い。
元はガリガリだった保護猫ちゃんだったとは誰も思うまい。
「凄いんですね……」
あまりの食いっぷりの良さに驚いている彼。
でも、そんな彼を困らせて見たくて私は言う。
「誰かさんが、渋らなかったらもう少し早く食べさせられたんだけどねぇ」
「そ、そんな。意地悪言わないで下さいよ~」
「ふふふ、冗談よ。誰だって一人暮らしの女性の部屋に誘われたら身構えちゃうでしょうし」
「そうですよ。何か間違いがあったらどうするんですか!?」
「私、これでも人を見る目はあるつもりなのだけれど?」
「はぁ……、つまり俺は、誘っても問題ない人間として認識されているわけですね」
「まぁ、そう受け取ったならそれでもかまわないわ」
「ちなみに、名前は、なんていうんですか?」
「三毛猫が、まんじゅう。茶トラが、きなこ。キジトラが、おはぎよ」
「え? もしかして全部食べ物の名前なんですか?」
「えぇ、美味しそうでしょう?」
「え~と、そういうものなんですかね」
「いいのよ、名前なんて。その時の思いつきってゆーか、フィーリングで決めちゃっても」
「はぁ……」
何やらもの言いたそうな瞳に問いかける。
「だったら。貴方は、もしも犬を飼うことが出来ていたらどんな名前を付けていたのかしら?」
「笑わないで下さいね」
「えぇ、約束するわ」
「レオンって名前付けようって思ってました」
「へー。いいじゃないかっこ良くて。でも
「あ、いや、
「そうなのね。ちなみに家は全員雌よ」
「そうなんですね」
「えぇ、女の子同士上手くやっているつもりよ」
そう言いながら、猫達がご飯を食べ終わるのを確認し――彼に猫達の好物であるササミを手渡す。
「え~と、これは?」
「食後のおやつよ。今日は、だいぶ待たせちゃったから特別なの」
「あの、俺があげてもいいんですか?」
すでにササミをロックオンした猫達が、にゃ~にゃ~鳴きながら彼にすり寄っていく。
「ほらほら、早くちょうだいって言ってるわよ」
「わ、分かりました」
彼は、腰を下ろし――おどおどしながらもササミを差し出す。
すっかり人懐っこくなった家の猫達は喜んで彼からササミをもらっている。
ちなみに私は、そんな微笑ましい光景よりも彼の柔らかくなった表情に見惚れていた。
その後――
猫達を撫でさせてみたり。
抱っこさせてみたりして距離を縮めてもらって今日のところは、じゅうぶんな成果を収める事に成功。
そして、まんじゅうを抱っこした私は玄関にて次の約束を交わそうとしていた。
きなこも、おはぎも抱っこしてほしくて、にゃ~にゃ~鳴いているが私の手に余るからしかたがない。
「じゃぁ、気が向いたら来週も遊びに来ない?」
「え? いいんですか?」
おっ!
これは、思った以上に好感触なのではないか!
「いいもなにも、この子達も貴方のこと気に入ってくれたみたいだし。遊んであげてくれたら嬉しいわ」
私が抱っこしてくれないと分かった、きなこと、おはぎが彼に上目づかいですり寄って抱っこを要求している。
「じゃぁ、今度は遅くならないように昼間来ますね」
「えぇ、そうしてくれるとありがたいわ」
「それでは、失礼します」
「えぇ、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい。失礼します」
丁寧に頭を下げて、きなこと、おはぎを一撫でしてから彼は出て行った。
*
♦男性視点♦
始めてココに訪れてから1年以上の時間が経過していた――
俺が彼女のアパートに通うようになってからずいぶんと日を重ねていることになる。
両親からは、誰か良い人が出来たのではないかと問いかけられるようになり。
正直、否定は出来ない状況にある。
当初は、猫と遊びたくて通っていた。
それに間違いはない。
しかし――
気付けば、胃袋をつかまれていて……
酔った勢いで押し倒され男女の関係になってしまっていた。
今も、鼻歌交じりでお昼ご飯を作っている彼女。
その間、猫達と遊ぶ俺。
もう、諦めるしかないのかもしれない。
だって俺は、彼女達の居ない生活が考えられなくなってしまっているのだから――
おしまい
隣の彼は犬派だと言っていたが 日々菜 夕 @nekoya2021
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