第6話 ドギツイ練習


 小さい頃から遊びでバスケットボールをやっていたり、中学での背番号は6番を貰っていたのに、俺はドリブルがとても苦手だった。

 そんな俺は中学の頃にドリブルを捨て、ディフェンスとスリーポイントシュートを伸ばし始めた。


 コンディションがいい日のスリーポイントのシュート率はだいたい7、8割で、中学の時の試合ではたまにチームの得点源になったりもしていた。


 ディフェンスもザルが少ないと自分では思っている。毎試合オフェンスファウルを取れるほどしっかりと相手を止められて、こぼれたルーズボールもしっかりと喰らいついている。

 これほどディフェンスを頑張れたのは、中学の頃の顧問の先生に耳にタコができるほど言われた言葉があったからだ。

 

「1歩でダメなら、2歩3歩」


 この言葉を胸に刻み、俺は敵オフェンスのドライブでオフェンスファウルを取れるほどにまでディフェンスが上達した。



 ――大会4日前――


 

「おいあきら! 気ィ抜いてんじゃねぇぞ!」


 田中たなか先生の怒声が体育館に響く。春の大会前で先生も先輩もピリピリしており、今は『スリーメン』という、バスケ部なら誰でも知っているであろう走り込みとシュート精度を上げる速攻の練習をしている。籠高のスリーメンは、3分で34本シュートを決めなければ罰走という、ハードな練習だった。


 スリーメンは、コートのエンドラインから3人がそれぞれ、左右と中央からボールをパスしながら対格のゴールへ向かって全力で走る。籠高のスリーメンでは右側を走っている人がゴールを打つポジションで、シュートを打つと3人は時計回りにポジションが入れ替わる。そして再びスタート位置にあるゴールへ向かってパスを回しながら走り、シュートを打つ。中央で並んでいる人は前の人が打ったシュートのリバウンドをし、その人がボールを触った時点で左右の人達が走り対格のゴールへと向かう。


 俺は体力不足のせいで先輩達と速度がワンテンポ遅れ、パスタイミングや走り出しなどでミスを連発していた。


 ビー!――


 3分のタイマーが鳴り、カウントされていたシュート数は32本。


「はい、『シャトラン』」


 田中たなか先輩の乾いた声で先輩達が落胆の声をあげる。この『シャトラン』という名の罰走は、先輩達が絶望するに値するキツいものだった。


 シャトランは、コートのエンドラインからフリースローラインまで走りエンドラインへ切り返す。エンドラインを踏んだらセンターラインまで走り込んで再びエンドへ戻る。その次は対格のフリースローラインまで走りエンドラインまで戻り、最後は対格のエンドラインまで走り込んでスタートしたエンドラインまで戻る。これを23秒以内でやりきり、3セット繰り返すという、文字で見るだけでも鳥肌が立つキツい走り込みの練習だ。


 しかも間に合わなかった人は、間に合わなかった本数分追加で走らなければならないというおまけ付き。


 試合に出られるかもしれない俺と陽一よういちは、半べそをかきそうになりながらシャトランを甘んじて受け入れた。


「1年のせいじゃん……」「最悪……」


 先輩達の聞こえるか聞こえないか分からない悪口もチラホラ出ている。俺達はこの時、相当先輩達のストレス源になっていただろう。


 そんなことは百も承知の上だった。けれど俺は出てみたかった。高校の公式戦に。



 ――大会前日――



「今日はシューティングだけでいいから。時間になったら呼びに来て」


 そう言い残して田中たなか先生は職員室へ帰って行った。試合前にガッツリ練習をして怪我をさせるという事を避けたのだろう。


「まだまだ付け焼き刃だけど、よく着いてきたな」


 キャプテンの新太あらた先輩が俺と陽一よういちを励ましに来てくれた。彼も俺達を足でまといだと思っているに違いない、そう思いつつも、優しい言葉をかけてくれて俺はとても嬉しかった。


「こんだけきちぃ練習してきたんだから、ほんの少しだけでもいいから出たいよなアキラ」


 隣にいた陽一よういちが話しかけてくる。彼は俺とは違うタイプで、フィジカルと体力、ハンドリング技術がある。スリーメンやそのほかの練習でもその多い体力が活かされており、俺は自分の下手さが身に染みて分かった。


「きっと出してくれるさ! 一緒に頑張ろうな!」


 明るく励ましてくれる新太あらた先輩の笑顔はとても優しく、その笑顔に俺は少し救われていた。

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