第2話 マネージャー


 体験入部をしてみて思った事はまず、中学の時よりもさらに接触が多かった。安全に気を使って練習しているものの、ディフェンスやリバウンドなど、体幹があっても吹き飛ばされるぐらい先輩達は強かった。


 ドリブル技術も先輩達は凄かった。特に6番の『宮田みやた たつ』先輩はハンドリング技術がとても高く、ドライブを止めようとしても、カットを狙ってもかわされ、今の自分じゃ止められなかった。他の先輩もボールコントロールが上手く、ドリブルの流れでのパスやコートの状況を見ながらのシュートもお手の物だった。


 俺や煌星こうせい陽一よういちは初日の体験入部で既にヘトヘトで、先輩達への大きな差を実感した。


 キーンコーンカーンコーン――


 18時45分になり、部活終了のチャイムが鳴った。籠高の完全下校は19時で、それまでに片付け、着替え、ミーティングを済ませなければならない。


 先輩は素早くゴールをしまい、走りながら床にモップをかけ、濡れ雑巾を洗って片付ける。俺たち3人はそんな様子をぼんやり見ながらバッシュを脱いでいた。


「初日お疲れ様! 楽しかった?」


 マネージャーの『下山しもやま 佑衣ゆい』先輩が話しかけてくれた。佑衣ゆい先輩は小柄で可愛らしい先輩で、練習中のタイムキーパーや、客観的なプレーのアドバイスなど色々こなしてくれていた。


「中学よりキツかったけど楽しいっす!」


 陽一よういちが元気よく答える。動いた後なのにすげぇ元気なやつだなと、俺と煌星こうせいは笑った。3人とも汗を流しながら佑衣ゆい先輩とぎこちない会話していると、キャプテンの新太あらた先輩が後ろから俺達に抱きついてきた。


「お前らなかなか動けんじゃん! もちろんバスケ部入るっしょ!?」


 ニカッと笑う先輩に対し、初対面だったはずの俺達は口を揃えてこう言った。


「当たり前っすよ!」



 ――体験入部3日目――



 2日目の体験入部は変わらず煌星こうせい陽一よういちが体育館に来て練習に参加した。

 そして3日目には、新顔の1年生が1人来た。動く格好はせず制服のまま、バッシュだけ背負いながら体育館の前に立っていた。


「あ、1年生?」


 煌星こうせい陽一よういちのコミュ力のおかげで、人見知りはあるものの話しかける事ができるようになった俺はその人に話しかけた。

 マッシュに近い髪型に、167センチある俺より少しデカいぐらいの彼は、引退時には5番のシューティングガードとして副キャプテンを務める『松倉まつくら 将暉まさき』だった。


「そうです、こんにちは」


 将暉まさきも俺を先輩と勘違いしているらしく、俺は笑いながらLINEのQRコードを出した。


「俺、上遠野かとおの あきら。アキラでいいよ」


 この時俺は距離を詰めすぎてしまったらしく、将暉まさきに1歩引かれた。それでも彼はちゃんと自己紹介してくれた。ちなみに、彼の声はとてもハスキーなイケボで、彼女ができても密かなファンが後を絶えなかった。


「3組の『松倉まつくら 将暉まさき』。一応今日は見学だけだけど、入る事になったらその時はよろしく、アキラ」


 自己紹介とLINEの友達交換が終わると、後ろから煌星こうせい陽一よういちの声が聞こえてきた。彼らも将暉まさきを歓迎していて、特に陽一よういちは強く彼に入部するよう訴えていた。

 ははは、と苦笑いしつつも、将暉まさきは彼らともLINEを交換した。


 しばらくしてやって来た先輩達に続き、俺達3人と見学1人の、3日目の体験入部が始まった。将暉まさきは終始パイプ椅子に座りながら、練習の様子を見ていた。ちょくちょく佑衣ゆい先輩とも話しながら、彼は練習が終わるまで残ってくれた。



 ――19時の校門前――



「まさきも駅まで一緒に帰ろうぜ!」


 口数が少ない印象の将暉まさきと何とか仲良くなろうと、陽一よういちは学校の最寄り駅まで帰る提案をした。

 偶然にも俺達4人は同じ駅を使っていて、俺と煌星こうせいは横浜方面、陽一よういち将暉まさきは新横浜方面の電車に乗っている。


 学校から最寄り駅までは徒歩で15分、それまでは4人で会話をしながら歩いた。


 会話の内容は当たり障りのないもので、好きな食べ物や出身中学、バスケのポジションなどだった。


 煌星こうせいはガード、陽一よういち将暉まさきはパワーフォワード、俺はシューティングフォワードと、俺達のバランスは一応取れている。


「もしまさきがバスケ部入るなら、俺らの代になったら戦術広がりそうだな〜」


 煌星こうせい将暉まさきにそれとなく入部を勧めた。しかし、彼はほんの少しだけ悲しそうな顔をした後すぐに顔を戻す。

 そして将暉まさきは俺たち3人を驚かすようなことを言った。


「ごめん、俺、入るならマネージャーやるよ」


 その一言を聞く頃には駅に着いており、体験入部3日目はマネージャー候補の発見で帰宅となった。

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