⑦

 私はある場所の入口に立っている。そこは、西校舎の更に西にある建物、通称部室棟、俗称は魔窟である。私は魔窟の三階の一番奥の部屋の前にいる。


 その部屋には不思議探求部というプレートがある。そう、不思議探求部、レオが部長を務めて、私が部員の二人だけの部活。私は、部室のドアを開けて中に入る。当然、中に誰かがいて、悲鳴を上げるなんて展開はなく、部屋は窓のカーテンは閉められていて、少し薄暗い。


 私は、電気のスイッチを押し、部屋の明かりを点ける。明るくなったその部屋は、変わりない。私がここに来たのは、ある事を思い出したからだ。すぐさま、部屋の中にある本棚の前に立ち、上から順に見ていくと、目当ての物がそこにあった。私は、それを本棚から取り出す。やっぱりあった。


『月のカーテン』その本はここにあった。図書室ではなく。思い出してみれば、この本はレオが私に勧めてくれた本だ。ならば、レオがここに置いていても不思議ではないと思ったのだ。


 私は本を持って、いつもの所定の場所に座る。

『月のカーテン』私があまり本を読まないとレオに言ったら、彼女がオススメと言ってくれた本、詳細に言えば絵本だ。


 久しぶりにこの絵本のページを捲る。内容としては、気弱な子供が主人公で、その子は家から外に出た事がなく、いつも窓から見える、遊んでいる子供たちを見て、自分も友達と遊びたいという気持ちを毎日抱いていた。そんなある月が出ている夜、窓から締め切ったカーテン越しに声を掛けられる。その子は、最初不思議に思ったが、話を掛けてくる人物に嫌悪感を抱くことはなかった。その人物は月の出ている夜に来るようになり、その子もその人物が来てくれるのをいつも心待ちにするようになった。その人物が話をしてくれる内容にその子はいつも一喜一憂しており、そのおかげか、その子はいつも感じていた寂しさがなくなっていた。


 そんなある日、その子はふとカーテン越しに月明かりで見えるその人物と話しをするのではなく、実際に顔を合わせて話をしてみたいと考えた。その事を伝えみたのだが、その人物は、それはできないと言って取り合ってはくれなかった。


 しかし、その子はついに我慢する事が出来ずに、カーテンを開けてしまう。そこには、誰もいなかった。そして、それ以来、その人物が来ることはなかった。そして、その子は体調も良くなり、外で遊べるようになって、最後はたくさんの友人と遊んでいる絵でこの絵本は終了する。


 一見このホラーのような内容ではあるが、私はこの絵本を読んでみて感動した。一見絵本は子ども向けのものだと考えていた私にとってこの絵本はいろいろと考えさせてくれるものだったからだ。


 私が考えたのはやはり、主人公のこの子に話し掛けていたのは、一体誰なのかかということだった。私はその正体を主人公が外を見た時にいた子どもの誰なのかではないかと考えた。主人公から見えるという事は、見られている方からも見えるという事だ。絵本の描写は一階だったから、子どもが窓の前に立つ事が出来る。


 では、なぜ、その子どもはそんな事をしたのか、それは、主人公の子が寂しそうにしていたからであり友達になりたいのだと思った。昼間は、他の子と遊んでいるから、その子の元へ行く事が憚られた。だからこそ、夜にしたのではないか。月明かりだったのは、暗いといろいろと怖いからで、やっぱり明るい方がなにかといいし。


 正直、現実味の無い考えではあるが、それほど他人を想えて行動する事が出来たらいいなと、私はその時思ったのだ。


 レオにもその話をした。当然感動したと伝えた後だったのでドヤ顔から、いつもの優しい笑みになると「面白いね」レオはそう言った。


 いつもの揶揄いの言葉かと思ったが、純粋に感心していると気が付いた私は、すぐさま照れ隠しのつもりで、レオはどう思うのと訊いた。


 レオは、カーテンの向こう側にいたのは、主人公の心ではないかと言った。私がその意味が判らずレオに訊き返した。レオ曰く、カーテン越しにいた人物は、主人公が寂しさのあまり生み出したしまったモノだと。なにそれ、恐いと思うが、ここは聞かねばと黙っていた。


 主人公はそれで満足していたらずっと一人だったが、カーテンを開ける決心をする。この行為は現状に溺れるのではなく、現実に戻って頑張るための行為だとレオは言った。


 もし、カーテン越しの人物に言われた通りにカーテンを開けるのを止めていたら、主人公はずっとそのままだったと。つまり、夜の会話は主人公が乗り越える為の過程だったのだと、これは成長するための物語だと。


 レオの話を聞いて、私はそこまで考えますか、とレオにも感動した覚えがあり、私

の反応を見たレオが更にドヤったのも覚えている。


 あれ、そういえばレオは他にも何か別の考えも口にしていた気がする。彼女はなんて言っていただろうか。私は思い出そうと頭を捻るが思い出せない。思い出せないという事は、それほど大事な事でもないのかも、その内ふと思い出すかも。なら、他の事を考えてみよう。


 私は、『月のカーテン』をテーブルに置くと、鞄の中からあの箱を取り出す。箱の蓋を開けて、中身を改めて見てみる。相変わらず美味しそうなピンク色のチョコレートだな、美味しそうだよね。私はほぼ無意識に手を伸ばしてしまっている自分に気が付き、慌てて伸ばしていた手を止める。


 いけない、いけない、落ち着け、私。まだ、考えている最中でしょうが。でも、このチョコは手作りだけど、どうしてピンクのコーティングをしているのだろう。世の中には、確かに、そういったチョコはあるだろうけど、これは市販ではなく手作りだ。なら、このチョコにもメモに書かれた本と同様に、何か意味があるという事なのかも。


 しかし、チョコをピンクにコーティングする事に何の意味があるというの? 考えてみるが答えは出ない。やっぱりチョコはチョコとしての意味しかないのかな。


 そんな風に終わろうとした私だが、いや待って。これを貰った状況は春のあの時と同じ状況だと私は思った。なら、このチョコの意味ってもしかして……。


 ある事を思いついた。そうすると。次々と連鎖的に繋がっていく感覚が私の中にあった。私はテーブルに置いた『月のカーテン』を棚に戻す、私は思い出した、レオが言っていた『月のカーテン』についての他の考えを。私は部室を出て、ある場所に向かう。最後に、あそこに行きたくなった。

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