⑤

 私は次なる目的地、その場所の入口前に立っている。入り口のドアを開けて中に入る。その場所は相変わらず静かだった。いつもならカウンターに生徒が二人いるのだが今日は姿が見えない、他の生徒の気配もない。


 ここに一人で来る時は大抵朝が多いから、放課後にこの場所に来る事がないので、新鮮だ。この前来た時から随分と間も空いているし。

 などと、考えていると、カウンター奥の扉が開き、中からこの教室の主が出てくる


「おや、兎月さん。珍しいですね」


 そう、この教室、図書室の主でもある狼乃森雄ろうのもりゆう先生だ。先生はいつもと変わらずスーツ姿でピシッとしている。さっきの先生と同じ職業に就いているとは信じ難いほどの差だ。


「どうかしましたか?」

「いえ、なんでもないです」


 あまりにも凝視し過ぎていたのか、いけない。でも、狼乃森先生がいるならちょうどいいか。


「先生、訊きたい事があるんですけど、いいですか?」

「兎月さんからとは、珍しいですね。構いませんよ」

「図書室に今から言う本があるかどうか調べて欲しいんです」


 そう、私がここに来た目的は、あのメモに書かれた本がここにあるのかどうかを確認しに来たのだ。


 去年の秋に、私がここでメモ用紙を拾った事がきっかけだった。そして、私はレオと一緒にこの図書室に来て、メモに書かれた本を探しに来て、そこからメモに書かれた本の意味について知ることができた。


 今回の事も秋に起きた事に似ているというか、ほとんど同じだ。なら、今回も前回と同様にまずは、図書室に本があるかどうかを確認してみようと私は考えたわけだ。

 私は、メモに書いてあった本のタイトルと著者名を狼乃森先生に教える。先生は、カウンターのパソコンで調べるのかなと思いきや、考えるかのように、目を瞑る。その時間は一瞬だった、いや、誇張とかじゃなくて本当に一瞬だった。狼乃森先生は閉じていた瞼を開くと、


「案内しますね」


 そう言うと、カウンターから出てくる。えっ、案内しますねって言ったよね。もしかして、この図書室にある本があるかどうか全部覚えているっていうの? さっき図書室の主とか思ったけど、その言葉に偽りなんてない。本当に主じゃん!

 などとは、口に出すのは流石になので、


「はい」


 返事をすると、そのまま先を行く狼乃森先生の後に付いていく。先生が、まず始めに向かったのは、文庫本の棚だった。そういえば、秋にこの文庫本の棚であのメモを拾ったっけ。

 先生は五十音順になっている棚の、さ行から一冊の本を取り出す。


「まずはこれですね」


 メモに書かれていた『おくり逢う』の本を私に渡してくれる。文庫なので、そんなに厚さはなく、二百ページ前後ぐらいかな。表紙は淡い水色の背景にタイトルが中央に大きく書かれている。


「先生はこの本がどういった内容の本か知っていますか?」


 読めば判る事だが、私はできれば早くこの本の内容を知りたい。

「出来れば読んで欲しいので、簡単に説明しますね」

「お願いします」


 狼乃森先生は本当に本が好きなんだな。私も出来ればしっかりと読んでみたいけど、今は時間が惜しい。先生には悪いけど、ここは先生の優しさに甘える。


「『おくり逢う』この本は、見ず知らずの二人が、とある事がきっかけでお互いに手

紙のやり取りを始めるのです。二人はお互いの事を手紙のやり取りを通じて交流を深めていき、紆余曲折あって二人が最後には直接逢って終わります」

「逢って終わるという事は、二人は恋人同士になったということなんでしょうか?」

「それはどうでしょう。お互いが想い合っているのは間違いないのですが、直接的な言葉をほとんどありません。最後、この二人がどういう関係になったかは読んだ人物の想像に任せるよりほかになにでしょうね」

「でも、想い合っているなら、二人は恋人同士になったのでは?」

「想像は人それぞれですから、上手くいく場合もあれば、上手くいかない場合もある、色々考えられます。なので、兎月さんにもこの本を読んでみていただきたいのです」

「なるほど」


 その先の関係は読んだ読者に委ねられるか。先生の話を聞いた限りだと、私には二人が恋人同士になった未来しか考えらないが、もしかしたら、この本を読んだら私は今とは違う意見を持つのかもしれない。


「ちなみに先生はどっちだと思うんですか?」

「私は、出来れば二人の想いが通じ合えばいいなとは思いますね」

「そうですよね」


 狼乃森先生も私と同じ意見らしい。やっぱり、こういうのは想いが通じ合うのがいいよね。


 先生の話を聞く限り、恋愛小説って事だよね。この本の事は大まかには先生のおかげで判った気がする。となると、


「次の本に行きますか?」

「はい、お願いします」


 次なる本に向かおう。

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