④

 午後の授業も私は上の空だったのは言うまでもない。いや、正確に言えば上の空でなく、授業に集中していないだけで、私はさっきのチョコレートの事をずっと考えていた。チョコは市販のものではなく、明らかな本命に向けての手作りの気合の入ったものだった。それなのに、誰に対してなのかが書かれていない。そして、あのメモの内容はおよそ一般的なメッセージのやり取りにはなってはいなかった。


 あれでは、まるで秋の文化祭直前にあった、あの事を彷彿とさせる。図書室で私が拾ったあるメモが発端だった。


 拾ったメモに書かれていたのは、本のタイトルと著者名だけ、私とレオはこのメモの意味を考えた。そして、そこに書かれた本の意味の答えをレオは導き出した。まあ、私もそれなりにはあの時役に立ったのではないだろうか。


 だが、お昼の時にも思ったが、これは本当に偶然なのだろうか。こんなに似ている状況が連続して続くなんて……。

 考え込んでいる私に、教壇の方から声がとんでくる。


「兎月、聞いているか?」

「は、はい」


 私は、呼ばれ反応する。当然聞いてなどはいなかったが。そんな私を呼んだのは、担任の鳩峰先生だ。そうだ、今は鳩峰先生が担当する授業中だった。


「私の授業が退屈なのは判る」

「それは、自分で断言する事なんですか?」

「事実だからな。私自身が、なんてつまらない授業だ、早く終われと思いながらしているからいいんだよ」

「いや、それ絶対良くないですよね!」


 なんで、この人は教師と職業に就いたのか、不思議だ。また、この先生についての不思議が増えてしまった。ほら、クラスのみんなもざわついて……ない! 私だけなの! それもどうなのよ!


「そんな些末な事はどうでもいい」

「いや、些末じゃないと思いますけど…」

「重要なのは私の話を聞いていたかどうかという事だ」

「………きいてましたよ」

「なら、私は今なんの話をしていた?」

「……………不労所得について」

「いいな、不労所得」

 

 えっ、まさか本当に授業をしたくなさ過ぎて関係のない話をしていたの?


「まあ、そんな話をするわけがない。後で職員室に来い」

「……はい」


 ですよねー。


 ホームルームも終わり、いつもの私であれば帰るか、もしくはレオが部長を務め、私も所属しているというか気が付いたら、させられていた不思議探求部の部室に行くぐらいなのだが。


 今日は、午後の授業でやらかしてしまい、鳩峰先生に呼び出しをくらってしまったので、私は職員室に出頭しなくてはいけない。今は他に考えたい事もあるというのに、一瞬行くのを止めようかと思ったが、そうしてしまった時後から恐ろしい事になるのは目に見えて判るので、即座にその案は却下した。つまり、最初から私には選択肢などはなかった。


 未だにクラスには淡い期待を抱いた男子どもが残っていたが、見る限りもうその期待は泡となって消えるのは確定事項だろう。私はそんな憐れな男子どもを後目に教室を出て行く。


 職員室は学園生活においてあまり生徒が立ち入る機会は多くはない場所ではと思う。しかし、私はこの場所に来る機会が多すぎて、ほぼ全員の先生に顔を覚えられてしまっている。その理由は………ここで話す必要はないよね。


 私は職員室のドアをノックして、中に入る。目当ての人物は、自身のデスクに座っていたので、私はその人のところまで行く。


「鳩峰先生、来ましたよ」

「うん? ああ、兎月か」


 あんたが来るように言ったから来たのに、いざ来てみたらこれだよ。絶対半分いや、もうほとんど忘れていたでしょ。だって、先生のデスクの上、さっきから視線に入っているのだが、それ今日発売の週刊マンガ誌だし。てか、先生がそんな堂々と見ていいの? 


「なんで、お前はここにいるんだ?」


 これ、私殴っていいのではないか? 


「まあ、落ち着け兎月、可愛い担任の先生のお茶目だろ。だから、その握りこぶしを解け」

「いや、自分でお茶目とか言わないでくださいよ。キツイです」

「物理よりも精神にくる攻撃だな、おい」


 先に仕掛けてきたのはそっちですよね。はぁ、なんでレオが今日はいないのに、同じような疲れがくるんだろう。


「それよりも、先生に呼ばれて来てるんですよ。早くしてください」


 先生に呼び出されて、生徒の方から催促されるなんて、世の中探してもきっと鳩峰先生ぐらいなんだろうな、きっと。


「おいおい、兎月。若者がそんなに生き急いでどうする。もっと、心に余裕を持てよ」

「先生はもっと急いだほうがいいんじゃないですか?」


 婚期とか。


 私がそう思った瞬間、とんでもない速さと力で、私の頭を鷲掴みにする。いや、こわ! てか、いたい、痛い! ミシミシ言ってないこれ!


「随分と面白い事をほざくじゃないか、お前は」

「ま、まだ、な、なにも、い、言って、ない、です」


 割れる、頭が割れる! もう、これは……そう思った時、頭の締め付けがなくなった。


「まあ、いいだろ。今日はこのくらいで」

「ぶ、無事ですか? 私の頭は無事ですか?」


 頭を隅々まで確認する。なんとか、頭の形は無事みたいだ、良かった。乙女の頭になんて事をするんだ、この人は。


「いや、お前は、もうちょっと勉強するべきだな」

「誰が、そっちの無事を確認しろって言いましたか!」

「兎月、ここは一応職員室だという事を忘れるな」

「はっ!」


 私はすぐさま辺りを確認する。他の先生がこっちを見ていた。くっ、恥ずかし過ぎる。


「そ、それで、要件を早く! 説教なら早く!」


 この羞恥には耐えられない。怒るなら、怒るで、早くしてくれ。なんだか、職員室で怒られるというのも十分恥ずかしい事だが、今の私にはそんな余裕はない。


「別に、お前を叱るためにここに呼んだわけではない」

「はい? じゃあ、なんで私は呼び出しをくらったんですか?」

「お前が授業中に話を聞いていないなんて事は、今に始まった事ではないが。今日の

お前が心ここにあらずな理由が、理由だと思ってな。ほら、早く悩みの種を言ってみろ」

 

この人は本当にどこまで判っているんだろうか? だが、今はその言葉に甘えさせておもらう事にしよう。私は、これまで経緯を話す事にした。


「なるほど………自慢か?」

「どこをどう聞いたらそう聞こえるんですか」

「冗談だ。少し待ってろ」


 先生はそうそう言うと、イスから立ち上がりどこかに行く。えっ、私はここで放置されるんですか?


 しばらく、待っていると先生が戻ってくる。そして、そのままイスに座る。


「あの、先生」

「生徒名簿を調べて来た」

「へっ?」

「西井明日なる人物は雲鷹高校には在籍していない。かつ卒業生にもそんな名前の生徒は在籍した過去はない」

「つまり……」

「ああ、明らかな偽名だな。それか、他校の可能性もないわけではないが、その可能性はないだろ」

「じゃあ、これは性質の悪いイタズラ…」


 誰とも知らない物が私に送られてきた。ちくしょう、謀られたというのか。沸々と怒りが込み上げてくる。でも、だとしたら…、


「その判断も早計だな」


 鳩峰先生の言葉が怒りを鎮めるかのように、掛けられる。


「どうしてですか?」

「理由は二つ。まず、そのチョコがイタズラにしては丁寧過ぎるということだ。手作りのチョコ、綺麗に包装された箱。たかが、お前にイタズラする為だけにこんな手の込んだ事をする奴がいるなら、そいつは馬鹿が付くほどの暇人だ。そんな事をするぐらいなら他の事に力を発揮しろと言いたいね。そのチョコは明らかにお前に対してマイナスではない、むしろプラスの意味を込めて贈っている。そして、二つ目、これはお前が一番判っているはずだ」

「……」

「私が言えるのはここまでだ。後は自分で見つけろ。それを贈った人物もそれを望んでいる」


 先生はこれで話は終わりだとばかりに私に背中を向けると、マンガを読み始めた。だから、職員室で読んでいいんですか? 私は先生に礼を言うと、先生は片手でヒラヒラと手を動かす。そのまま、私は職員室を後にする。


 先生の言った通り、あのチョコは丁寧にすべてが作られていた。そして、先生が最後に言っていた事。判っている、差出人の名前が偽名だったと聞いた時、私には引っ掛かる事があった。いや、引っ掛かると言うよりかは、似たような事を知っていると言うべきか。そう去年私は、両親が偽名で文通をしていた手紙を見つけた。


 春のような状況、夏に見つけた偽名の手紙と同じようなメモ用紙、秋と同じカードの内容。私が去年体験した事が一挙に押し寄せてきていた。これは、すべてが偶然なのか、いや、レオならこの状況を見て、偶然で片付けるとは到底思えない。


 だてに去年レオと一緒に過ごしてきていない。部長は不在だが、不思議探求部の部活といこうではないか。


 さて、そうなると次行くべきところは決まっている。私は、決意を固めると次の目的地へと歩き始めた。

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