⑮
メモを持った私は不思議探求部の部室を後にすると、それはもう職員室に直行した。目的の人物はそこにはおらず、どこにいるのかも判らない。あの人はどこにいるのだろうと私は頭を悩ませた。
あの後、どこに向かう? そんな頭を悩ませている私に、救世主が現れた。
「どうした、遅刻神。悩みとは無縁だと思っていたお前がそんな真剣な顔をして、何を悩んでいる」
いや、訂正しよう。この人は私を救ってなどくれない、絶対に。しかし、このまま時間を無駄にするわけにもいかない。どうする、私に対して不名誉極まりない称号を名付けたこの人に頼るのか。それは、それは、
「なんだ、顔が奇々怪々だぞ」
「私人間辞めてません、それ」
この人は私の事をいったいなんだと思っているのか、この担任は!
「すまん、すまん。お前があまりにも見た事ない顔をしていたから、茶化しただけだ、遅刻神」
「鳩峰先生、本当に申し訳ないと思ってます?」
この人はもう!
「まあ、落ち着け、兎月」
「誰のせいだと…。いえ、今は先生と遊んでいる暇はないんです」
興奮気味の私の肩に手を置くと、鳩峰先生は私と対照的に冷静な声音で言う。
「羊佐和なら、今は体育館にいるはずだ」
「だから、先生と……今、なんて?」
「羊佐和なら、体育館だと言ったんだが、ほれ、早く行け。あいつに用があるんだろう」
そう言って、ぞんざいに手を振る。あれ、私砂月先生に用があるって言っただろうか?
「こればかりは遅刻している場合じゃないだろ」
「あ、ありがとうございます」
一言余計だが、今は鳩峰先生に感謝しよう。私には渡さなきゃ、届けなきゃいけないものがある。鳩峰先生にお礼を言い、「失礼しました」と私は頭を下げると、職員室から体育館に急ぐ。早足で。
体育館に着いた私は、閉まっている引き戸の入り口の扉を開ける。体育館は入口から見てバスケットボールコートが手前と奥に二つあり周りがアリーナのように観客性になっている。砂月先生はバスケットボールコートの奥に、より正確にいえば、奥にはステージがあり、そこは春に例のX先輩が表彰されていた。ステージの壇上の上に数人の生徒と一緒にいた。
私は先生の姿を見つけると、一目散に駆け寄る。
「砂月先生!」
私の言葉に砂月先生は壇上で人と話をしていたが、私の方を向くが、何故だが戸惑っているようだった。あれ? 私も戸惑ったが、今はそんな場合ではない。構わず壇上に誓愚考とすると、
「ストップ! ストップ!」
ステージの舞台袖から人が出てきて私にストップを掛ける。
「あなた、今は稽古中だから、邪魔しないでもらえる」
へっ、稽古? と冷静に見ていると、なんだか見た事がある人たちだ。あれこの人たちって。
「もしかして、演劇部の…」
「そう。今の時間は私達演劇部の文化祭でやる舞台の稽古中なのよ」
おそらく、今舞台袖から出てきたジャージ姿の女性が部長なのだろう。だが、演劇部の稽古に砂月先生が?
「あの、どうして砂月先生が?」
私は、疑問を口にする。すると、部長さんが答えてくれる。
「部員が一人体調不良で休んでしまったから、羊佐和先生に手伝ってもらっているのよ」
「ああ、なるほど。それは、すいませんでした」
私は謝罪する。そんな演劇部には、今は申し訳ないけど、
「大変申し訳ないのですが、砂月先生に用がありまして……」
なんとか、時間をくれないかと交渉してみる。部長さん私を一瞥すると、ステージ下にいる私からステージの檀上に他の人たちに聞こえるように言う。
「みんな、十五分休憩よ。羊佐和先生、休憩が終わり次第またよろしくお願いします」
「ええ」
「あなた、十五分よ。それ以上は伸ばせないわ」
「あ、ありがとうございます!」
私は部長さんにお礼を言うと、彼女は片手を挙げて、舞台袖に消えていった。なんて、かっこいいのだろう。レオに似ているようで、どこか違う感じがする。きっと、カッコよさのベクトルが違うのだ。
先生はステージ横に設置されている階段から降りて来て、私のところまで来てくれる。
「兎月さん、どうしたの?」
「すいません、先生。ここでは、言いにくいので、移動しましょう」
「…判ったわ」
私たちは、一度体育館を出ると、そのまま体育館の裏側に移動する。そこに行くと、今まさに告白しようとしている生徒が……いるわけもなく、誰もいなかったので都合がいい。
「それで、私に用ってなにかしら?」
訊いてくる先生への答えの言葉の代わりに、私はポケットからあの二つ折りになったメモを先生の前に出す。
「もし、違っていたらすいません。でも、もしこのメモが砂月先生のものなら、ちゃんと返さないといけないと思って」
さっきの部室でのやり取りは、すべて可能性の話だ。確信があるものはない。でも、私は信じている、私の親友を。指し出されたメモを何も言わずに砂月先生は受け取る。
「あの、私は届くと思います。だからしっかり渡してきてください、砂月先生の想いを」
私はそれだけ言うと、頭を下げて砂月先生の横を通り抜ける。私は少し歩いて一度だけ足を止めて振り返った。体育館は西校舎側にあり、ちょうど沈んでいく夕日の光が一瞬眩しかった。しかし、目が光りに慣れきて、砂月先生の姿が見えるようになった。先生はこちらを向いていて、私に短い言葉を掛けた
私はもう一度頭を下げると、今度こそ、その場を後にした。
ありがとう
それが、すべての答えだった。
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