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「ちなみに、これから話す事は補足の意味合いが強くなるけど、本の意味はしずくが言った事で大まかには合っていると私も思う。一冊目は、羊佐和先生と狼乃森先生との出会い、春の新学期は生徒に教職員の紹介があるからね、その事じゃないかなって」


 雲鷹高校は学年が変わったりすると、受ける選択授業が増えたり、担任も変わるので、その時に先生の紹介がある。


「二冊目は、今日のお昼に聞いたけど、鳩峰先生に羊佐和先生はお弁当を作って来ていたんだよね。もしかしたら、高校の時もお弁当を作って来ていた可能性はある。そして、その参考にした本がこの『定番のお弁当おかず百選』だった。狼乃森先生に相談して、本を薦めてもらったのか、それともこれは飛躍し過ぎだけど作ってあげていた、そんな過去があるかもしれない」


 確かに私は、今日の昼にその光景を見ている。鳩峰先生のあのドヤ顔も忘れないが、それ以上にあの美味しそうなお弁当のおかずも。


「三冊目は、もう判っているよね。今という時期。そして、狼乃森先生の口から羊佐和先生に薦めている事はしっかりと本人の口から聞いているから」


 そう、これだけは想像でもなんでもない。私たちは直接聞いている。


「四冊目、これだけが他の三冊とは違って、出版日が違う。これは、他三冊が五年前の過去を、好意を抱く経緯、きっかけを指すのに対して、この一冊だけが今、現在を指しているんじゃないかな。すなわち、好意を伝える告白を。さっき、私はしずくに対して、プラトンは恋愛も語っているって言ったよね。プラトニックラブという言葉があるよね。ププラトニックという言葉はプラトンのような、という意味からきている。これは、肉体つまり外見ではなく、精神、心に重きを置くという恋愛観だけど。プラトンは実のところ、肉体の美しさを恋のきっかけであり、次に人は心に向かうと言っている。この事を羊佐和先生はこう言いたかったんじゃないかな。私は、最初先生を見た時、しっかりとしている外見に近づき難い思いを抱いたと同時に興味を持った、しかし、接していくとあなたの心はとても生徒想いの優しい人だと気付いた。そして、私はあなたに惹かれた。まあ、これは完全なる私の妄想だけど」

 でも、言わんとしている事は判る。狼乃森先生はあの外見からどこかとっつきにくく、近寄り難い感じがする。でも、接してみるととても優しい人だと判る。遅刻した私を図書室に入れてくれたりするし。砂月先生に本を薦めたりする優しさ。本に対して丁寧に向き合う姿勢。一部の生徒に人気だというのも頷けると朝に思ったほどだ。

「でも、その想いが届く事はない」


 レオが言う。その言葉の理由は判っている。


「私がメモを拾ってしまったから、だよね」

「そう。メモがなくなり、本が残っていたという事実から、羊佐和先生は狼乃森先生にメモが渡ったと考えた。なら、後はただ待つだけ。届いていない想いの答えを」


 レオはそこまで、言って紅茶を飲もうとするが、すでに中は空だったのか、紅茶のパックを新しく開けると、カップに注ぎ淹れなおす。私にも、「おかわりはいる?」と言ってくれるが、今はコーヒーを悠長に飲んでいる場合ではない。どうすれば、という思いが体を駆け巡っている。


「しずく」


 そんな私にレオは優しく声を掛ける。私は、今までの経験からか、レオが何を言おうとしているのかがなんとなく判っている。


「ここまで、話をしたけど、これらは可能性の話でしかない。確信だと思えるものがない妄想と言われてもしょうがない。このメモは、本当に本を借りたい生徒が書いたもので、偶然あの空間に落ちたなんて事もある。しずくの言う通り、生徒間同士のやり取りなのかもしれない。そして、私の考えなのかもしれない。でも、しずくが選択しなくてはいけない。このメモを拾ったしずくが」


 そう判っていた。そして、当然私の取るべき選択の答えなど、もう決めていた。いや、決まっていた。


 私の意思を感じ取ったのか、レオは微笑むと、紅茶を一口。そして、私にメモを渡してくれる。


「流石、私の親友」

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