⑬

「始めに言っておくけど、メモに書かれた本の意味はおおまかに言ってしまえば、しずくの考えとあまり差はないよ」

「えっ、そうなの?」

「うん、だから成長を感じて、拍手したじゃない」


 それは純粋に嬉しい。


「なら、レオの考えを聞かせてよ」


 嬉しい気持ちよりも、今はレオの考えの方が気になる。


「そうだね。じゃあ、まずはどうして、メモがあの場所にあったのか」

「どうしてもなにも、そこに空間があったからじゃないの?」

「その通り」

「えっ、合ってるの? あんな言い方するからてっきり違うのかと」

「正確には、あそこに置く事でメモを書いた人物が渡したい相手にしっかりと渡せるから」


 うん? どういう事だ。あそこに置く事が渡せる事になる?


「それって、置いた場所を相手に言ったからじゃないの? それなら、しっかり渡せると思うけど」

「だったら、最初からメモを渡せばいいだけだよ。わざわざ、メモをあそこに置いたのは、渡したい相手に、メモから本の意味を読み取ってもらって気づいて欲しかったからだよ」

「待って。じゃあ、二人の間でメモを置いた件は存在しなかったっていうの?」 


 私はてっきり、メモの存在はお互いに認知している前提で話をしていた。でも、そうなると、レオの言う通り、メモをあの空間に置くという工程は必要ない。直接渡して、本を探させて気付いてもらえばいいだけだ。


「でも、どうして、あの本と本の間の空間にメモを置くことで、渡したい相手に渡せるって考えたの?」

「本来ならメモは今日にでも渡したい相手に渡るはずだった。何故なら、あの空間を作ったのはメモを渡したい相手自身だったから。まあ、その前にしずくが見つけてしまったわけだけど」

「あははー。というか、あの空間を作ったのは渡したい相手ってどういう事? あっ、もしかして本を借りて、あの空間を作ったって事?」

「そうだとしたら、空間は作れても、本を返すのは図書委員の仕事だからあのメモを受け取ることは出来ないよ」

「って事は、本を返す図書委員………だと、あの空間を作る事は出来ない。あれ? 誰もいなくない?」


 条件に合う人物がいなくなってしまった。私は頭を悩ませる。


「ところが、そうでもない。その条件に当てはまる人物がいる」

「えっ、誰⁉」


 そんな人いるの? それって…。

「思い出してみて、しずく。しずくだって、その人物の事を知っている。本と本の間に空間を作り出す事が出来て、かつそれを埋める事が出来た人物が一人だけ確かにいる」


 思い出せって言われても、その二つの条件を埋められる人物って……待って、レオはさっき今日にでも、あのメモを受け取る事が出来たと言っていた。つまり、今日あの空間は埋められる予定だった。それは、あそこにあった本が返ってくるということ。

 場所は文庫コーナーの棚だった。文庫? そういえば、さっきあの人が持っていた本って…。

 そこで、私は一生懸命記憶を掘り下げる。そんなに凝視したわけじゃない。でも、著者名を見た。そう、あれは…。私はハッと気付いてレオを見る。

 レオは私の顔を見て頷く。あの人がそうなのか。


「メモを受け取る人は、狼乃森先生だった」


 私はその人物の名前を口にする。そう、ついさっき、狼乃森先生は修復した文庫本を棚に戻そうとして、文庫コーナーの棚に向かっていた。その時、チラッと見えたが、本の背表紙の下のシールは五十音順のウ行のシールが見えた。

 つまり、あの本はあそこの空間に返される本だったのではないだろうか。それなら、二つの条件に合う人物は間違いなく狼乃森先生だ。先生が修復するためにあの本を抜き、修復し終わった本をあそこに戻す。狼乃森先生だけなのだ。

 だが、そうなると、次に気になってくるものもある。それは、当然メモを書き、あそこにメモを置いた人物だ。


「レオは当然、狼乃森先生にメモを渡そうとした人物も誰なのかを判っているんだよね?」


 レオは私の言葉に頷く。


「それって誰なの?」


 私は変な小細工なしに、ど真ん中ストレートで勝負する。


「その人はしずくも知っている人物だよ」

「それって、同じクラスの人とかってこと?」


 待って、狼乃森先生に近い人物という可能性もある。なら、一緒に作業をする図書委員の誰かということもあるのでは、でも私に図書委員の友達はいないし。


「その人は生徒じゃないよ」

「生徒じゃない?」


 ということは、先生の誰かって事だよね。あれ、待って、もしかして。私は、『四季恋』『定番のお弁当おかず百選』『中高生の文化祭特集』この三冊の一番後ろのページ。つまり、出版日を確認した。そして、それは私の考えが確信に変わった瞬間だった。この三冊は全部五年前に出版された本だ。

 それが、どういう事なのか、私はすぐに気づいた。


「そうだよ、しずく」

「このメモを書いた人は、砂月先生なんだね」

「Exactly」

「………絶対それ気に入っているでしょ」


 砂月先生は『中高生の文化祭特集』を参考にしたと言っていた。そして、この本を参考にするきっかけになったのは、狼乃森先生が薦めたからだと、狼乃森先生自身が言っていた。そして、こうも言っていた。彼女には他にも本をいくつか薦めていたとも。この三冊はどれも五年前に出版されている。五年前、砂月先生が学生の頃、この図書室に置いてあったのだろう。そして、もしかしたら、これらの本も狼乃森先生が薦めた本の中に入っているのかもしれない。

 一見関係のないと思われていたものが、しっかりと関係を持っていた。そして、それは二人だからこそ成立するものでもある。


「じゃあ、さっき砂月先生が図書室にいたのは」

「メモが残っているのかどうかを確認するためだったんだと思う」

「やっぱり、あの時の言葉は……」


 本ではなく、メモが気になって見に来たんだ。


「恐らく、メモを置いたのは、昨日の放課後狼乃森先生があそこの本を修復する為に、棚から取り出すのを見て、置いたんだと考えられる」

「でも、他の生徒が来て取る可能性もあるよね。現に私がこうして取ったわけだし」

「それは、イレギュラーもいいとこだよ。しずく、今は文化祭の準備で他の生徒が図書室に来る可能性は限りなく低い。仮に図書委員の生徒に見つかったとしても、メモの内容は本のタイトルと著者名だよ。本を借りに来た生徒が落としたメモだと思うはず。図書委員の生徒がそれを拾った場合の取るべき選択として、考えられるのは、落とし主の為に本を取り置くか、狼乃森先生にメモを渡して指示を仰ぐかのどちらか。羊佐和先生が図書室に行ったのは、メモをそうだけど、この四冊があるのかなくなっているのかの確認もしたのかも。もし、そうなら、前者の可能性があるから、メモが渡っていない可能性がある。後者なら、本は残っている。実際、本は残っていた。だから、先生はメモが渡したい人に渡ったと考えた」

「砂月先生はそこまで……」


 考えていたのか。今日の授業中、午後の自習、そして図書室で会っていた時も、きっとずっと考えていたに違いない。そんな感じを表に出すことなく。いつも通りに振舞って。

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