⑩
「次の本に行こうか」
「うん」
これ以上はないと思ったのか、レオが次の本に移ろうとするのに、私には異議はなかった。
メモに書かれた三番目の本は『中高生の文化祭特集』の本だ。狼乃森先生が薦めて、砂月先生が参考にした本。しかも、雲鷹高校はまさに文化祭の時期、色々と重なる部分が多いし、今のところこの本がなんとなく意味があるのではないかと考えてしまう。
前の二冊と比べると、雑誌に近い。内容はどうだろうか。私は手に取ってページを捲る。内容は、本当に全国各地の文化祭を特集したもので、それぞれ個性的な出し物や、文化祭の装飾、イベントなどが掲載されていた。
そんな中で、お化け屋敷をしている高校の特集もいくつかあった。
「これが、砂月先生が言ってた参考にしたってページかな?」
私はそのページをレオに見えるように、テーブルの上にそのページを開いて置く。
「なかなかに個性的で、高校によってやっぱり違うね。内装やお化け役の人の化粧も丁寧で細かいし、流石に特集されるだけあって、凝ったものが多い」
「ねっ、これらを参考にしたって事は、砂月先生の時のお化け屋敷もやっぱり凄かったのかな」
「可能性は高いね」
実際どんなだったか見てみたいかもしれないけど、今度砂月先生に写真とかないか訊いてみようっと。レオは、他のページも見るべく捲っていく。本自体はテーブルに置かれていて、二人で見える位置にあるので、私もレオの捲るペースに合わせて見ていく。
こう見ると、文化祭って本当に学校ごとに違うのだと感じる。私は今まで、他の学校の文化祭は完全に楽しむモードだから、こうして改めて見ると、新しい発見が見つかる。
そんな中あるページが目に留まる。それは、喫茶店のような出し物をしているクラスの写真だった。
「そういえば、レオ。今回の私たちのクラスの出し物の喫茶店って、参考にしたお店があるって言っていたよね?」
「うん」
「それって、どんなお店なの?」
午後の自習の時間に砂月先生に対して、レオはそう言っていた。レオとは遊んだりするし、二人で出掛けたりするが、あんま雰囲気の喫茶店に行ったことは私の知る限りはないはず。
「しずくとは行ったことはないお店だね」
やっぱり。
「よく私が一人で行っているお店だよ」
「一人で?」
「うん。そのお店のマスターが私の師匠だから」
「師匠?」
なんだか、興味が更に湧くような発言が出てきましたよ。レオの師匠これだけ言葉の強さが凄い。
「それって、今回の文化祭の喫茶店を参考にさせてもらったからとかではなくて?」
「それもあるけど、それ以前から私は師事している」
「えっ、何を教えてもらっているの?」
「その成果は、今、しずくの目の前にあるよ」
目の前にある、そう言われて私は視線をレオから、私の目の前、テーブルに移す。開かれている本に、横にはパンケーキ、そして、コーヒー……コーヒー!
「もしかして、成果ってこれ?」
私は、紙カップを手に持って指差す。
「美味しいでしょ」
レオはそう言うと、紅茶の入った紙カップに口をつける。レオの淹れてくれるコーヒーはいつも美味しいと思っていたけど、まさか教えてもらっていたとは。だが、同時に納得ではある、通りでレオの淹れてくれるコーヒーの美味しさの秘密が判るとは。
「私も行ってみたいな、そのお店」
「今度連れて行ってあげるよ。お店の雰囲気もいいし、なによりマスターが面白い人だから」
「約束だからね、絶対だよ」
レオの口から面白い人だなんて、より一層興味が出てきてしまった。絶対に連れて行ってもらおう。
レオは判ったよと言いながら、本のページを捲る作業を再開する。後のページも捲って見てみるが、出し物の特集が終わると、イベントのページになる。そこには、外部から有名人を呼んでライブみたいなものをしている文化祭の写真や、体育館で有志を募った生徒たちがなにかをしている姿の写真が載っていた。私たちの高校も体育館を使う部活動も多い。
雲鷹祭は二日間行われるが、そのどちらも予定はびっしりと埋まっているのを見た記憶がある。演劇部が使ったり、軽音部が演奏したりと、様々だ。
そして、本の終りの方は後夜祭のページになった。後夜祭はドラマやマンガではキャンプファイヤーをするイメージがあるが、実際は許可を取るのが滅茶苦茶大変らしい。雲鷹祭では、後夜祭は体育館で雲鷹祭の終了を全校生徒で宣言して、終わりである。だが、その代わり人気投票があり、生徒たちがこれの上位入賞を目指す。なぜなら、この上位にはしっかりと賞品が用意されているからだ。三位は購買で使える商品券、二位は図書券、そして、一位は大抵叶える券権利が与えられる。これは学校側が、叶えられる範囲で叶えてくれるというものだ。しかし、この大抵が凄い。去年一位を獲ったクラスは、学校側に一日休みをくれと言ったら、実際に休みが与えられた。それは、いいのかと思ったが、理事長は成果に対しての、報酬なのだから当然と言ったらしい。いや、懐が広すぎるだろ。なので、雲鷹祭のこの時期は準備を頑張る生徒が多い。
とそんな事を考えていたら、捲るページはなくなった。本当に、いろんな文化祭の事が書かれていた本だった。
「なにかある?」
「うーん、私は特には…」
三冊目のこの本からも、特別なにかあるというわけではなかった気がする。この本がきっかけな気だと思ったのだが、違ったのだろうか。
「じゃあ、最後の本にいこうか」
レオは『中高生の文化祭特集』を下げると、最後の本を手に取る。私にとって、この四冊の中で一番縁遠いものである。
レオが私の前に出してきた本『よく判る哲学 プラトン編』この時点で私にはよく判らいなのだが。
「ねぇ、レオ。流石にこれを読んで理解するというのは、時間が足りない気がするから、レオに教えて欲しいんだけど」
「まあ、そうだね。私も自信はないけど、いいよ」
「ありがとう。最初にこのプラトンは人ってことでいいんだよね?」
なにせ、こちとら今まで哲学なんてものに触れてこなかったもので、知識が皆無なんですよ。レオは私の質問に頷く。
「そう、プラトンは古代ギリシャの哲学者の一人。イデア論や洞窟の比喩といったものが結構有名かな」
「イデア論? 洞窟の比喩?」
急に難しい言葉になったぞ。私はクエスチョンマークを頭に出ていることは間違いない。
「しずく、それは何?」
レオはそう言うと、目の前にある本を指差す。
「本だけど…」
「しずくは、どうしてそれを本だと判るの?」
「見れば判ると思うけど…」
「そう、見れば判る。でも、テーブル上にある本はどれも違うよね、厚さや大きさ、表紙やタイトルも違うのに、だけど私達はこれを本だと認識できる。なぜか、それは私達がすでに本という本質を見て知っているから。では、どこで知ったのか、それがイデア。人はみんなイデアでそれを知って見たから、認識できる。私なりの解釈で簡単に言ったけど、こんな感じがイデア論」
つまり、なにか。私が目の前のこれを本だと見て判るのは、私がそのイデアとやらで、すでに見て知っているから、判ると。なんか、とんでもない発想だ。
「そのイデアは別世界かなんかなの?」
「その言葉が判りやすいね。私達はイデアという世界を生まれる前に知っていて、生きていく中で想い出す。イデアは他にも、善や美、正義といったものが、どうして私達は感じ、考える事が出来るのか、それはイデアで知って、感じているからだと。こっちがむしろ重きをおいているのだろうけどね」
「なんとも、壮大は話だね」
そんな事を私は一度も考えた事なんてなかったよ。つまり、私たちが普段の何気ないものをそうだと判ったり、感じたりする心は、すでに見知っていたってわけか。
「それで、洞窟の比喩は?」
私の質問にレオは次のような事を説明してくれる。
生まれた時から洞窟で生活している人がいる。その人は小さい時から手足を縛られ、頭も固定され、後ろを向くことは出来ない。そんな人達の後ろは明かりがあり、その明かりと縛れている人の間には様々物が置かれている。縛られている人は明かりによって照らされた物の影絵を見ている。
しかし、もし縛られている人が縛りを解き、後ろを振り返った時、初めは慣れない明るさに戸惑う。だが、次第に目が明るさに慣れれば、影絵でしか見た事ないものの本体を見る事が出来る。そして、明るさに慣れれば、洞窟の外の物も見える事ができ、もう洞窟の中へは戻らない。
「いろいろと省いたけど、おおまかな内容としてはこんな感じかな」
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