⑨
「この『四季恋』って本は小説なんだよね。さっきの口ぶりからすると、レオはこの本を読んでいるってことでいいのかな?」
「うん。とは言っても、さっきも言った通り文庫本も出ていたから、私は文庫で読んだから、こうして単行本は初めて見たかな」
「そっか。恋愛小説って言っていたけど、どんな内容なの?」
「本当なら、読んでみるのがいいよって言うところだけど、今はしょうがないね」
レオは軽く息を吐く。読書家のレオとしては、他人から聞くのではなく、実際に自分で読んでみて欲しいのだろう。私は何度かそう言ったことを言った事があるが、レオは軽くどんな本かだけ言うと、その本を私に読ませる。曰く、人から聞いて読んだ気になって知るよりも、実際に自身の目で見て、感じて知って欲しいのだそうだ。だが、今回はその時間がないと判断したのか、私に本の内容のすべて教えてくれる。
レオの口から語られた『四季恋』という本は、レオが言っていた通りの恋愛小で、王道と言ってもいいぐらいの恋愛小説だった。主人公は高校に入学したばかりの女の子で、その子が入学したばかりの、四月に満開の桜の木の下で、ある男子生徒に出会い、恋をする。
そして、二人は同じクラスになって、一年間を同じクラスで過ごす。基本的に女子高生サイドの三人称で物語は書かれており、タイトルの通り、春夏秋冬でそれぞれに章が割り振られており、そこでイベントが起こり、二人の距離が近づく、そして、最後の冬に二人の恋は実り、そこでこの小説は終わりとなっている。表紙に書かれている、二人の人物は主人公である女の子とその相手の男の子だろうか。
私の一年生の頃は………止めておこう。
「しずく、この小説の話を聞いてみてどう思った?」
「羨ましい」
私は心から思ったことを口にする。しょうがないじゃん、ないんだから! よこせよ!
「しずく…」
「判ってるよ、ちゃんと言うから」
「ドンマイ」
「やかましいわ!」
親指グッじゃないよ、本当に!
「今後に期待ということで、話を戻そうか」
「乞うご期待だよ、見ててよね、レオ!」
「じゃあ、戻すね」
「急にドライになるね、レオ。……判ったよ。私が思ったのは、王道だなって思ったぐらいだよ。よくある高校で出会った学生同士の恋愛みたいだし」
「そう、この小説は変な捻りもなく、ひたすらに青春というものを書いている。なにより登場人物の心理描写をとても丁寧に大切にしている。主人公の恋をする日々の気持ちをこでもかってぐらいに」
「そうなんだ。ちなみになんだけど、主人公と結ばれる男子生徒は最初から彼女のことを好きだったの?」
「そこは、明確には言及されてはいないけど、私が読んだ感想としては、男子生徒も春に彼女と会った時には、無自覚ながら意識していたのではないかと思っている。それが、彼女と一緒にいる中で、恋をしていると自覚するに至った。彼女は最初から彼に惹かれていたわけだけど、その恋を成就させるために頑張っているから、物語の最後で二人は結ばれるのはしずくの言う通り王道だね」
「聞けば聞くほど羨ましい」
そんな青春は私にはまだ訪れていないのだが。いや、今はその事は脇に置いておこう。
「この本って、有名なの?」
私はそういう事には疎い。マンガなら少しは判るが、普段小説とか読まないし。
「有名かと問われれば、どうだろう。読んでいる人は読んでいるだろうし、読んでいない人は読んでいないと思う。あくまで、私が知っている範囲でだけど。書店でもそこまで大きな告知はされていなかったと思う」
「そっか。うーん」
特にベストセラーでとても人気のある小説ではないのか。
「そういえば、この本が発売されたのって、いつ何だっけ? さっきレオは何年か前って言っていたけど」
レオは本の最後のページを開く。
「出版日は五年前だね」
「五年前…」
五年前に出た小説を探していた、それもそこまで知名度のある小説じゃないのに。考えるが、今のところなにも思いつくことはない。
「メモに書かれていた次の本って…」
「次はこれ」
レオは『四季恋』を下げると、積み上げられた本から一冊の本を置く。
『定番のお弁当おかず百選』
しかし、いきなり恋愛小説から急に料理本とは、ジャンルが変わり過ぎてびっくりしてしまう。だが、この表紙のお弁当を見てしまうと…。
「しずく」
「はっ!」
いけない、いけない。よだれは出ていないが、口元を拭う仕草をする。レオは本をパラパラと捲っていく。最後まで読み終わると、読んでいた本を私に渡してくる。
私はレオから本を受け取ると、本を捲る。タイトルの通り、百選と書いてあるからだろうか、見開きページの左側が1と番号が振ってあり、その下におかずの名前が書いてある。そして、左ページはおかずの写真が載っている。右側は、材料と作る手順が書いてある。
ちなみに最初のおかずは、卵焼きだった。判る。写真の卵焼きは、ふっくらとしていて、美味しいのは間違い。
それ以降のページも同じように、続いており、様々なおかずの作り方が載っている。
しかし、こんなにおかずの種類を思いつくとは、この本を出した人は凄いな。
「内容は、本のタイトル通り、おかずの作り方を百種類書いてあるだけみたいだね」
私は、未だページを捲りつつ言う。とりあえずは、特別な何かは今のところはないのだけれど。そのまま、私は、百個目のおかずの作り方を読むと、本を閉じる。うーん。
「レオなにか気付いた?」
正直、私はこの本から特別な何かを感じることはなかった。でも、レオなら何か気付いたかも。
「そうだね……」
私からの問いかけにレオは長い熟考をする。流石はレオ、私が気付かなかった何かを見つけたのか。長い沈黙、まあ、これは私の勝手な思い込みなので、実際はそうでもないのだが。レオが口を開く。
「おかずナンバー67のミニ豆腐ハンバーグがいいね」
「確かに、私は80の、ほうれん草のマヨソテーもいいと思った……じゃなくて!」
「それを言ったら…」
「だから、そうじゃなくて!」
「しょうがないな、今度作ってきてあげるよ」
「ほんと! わーい……ってだからそうじゃないでしょ!」
お弁当作って来てもらう約束はしたし、嬉しいけど、今はそうじゃない。何が不満なのみたいな顔で私を見ないでよ。
「レオはこの本を見てどう思ったって事を聞きたいの、私は」
「おかずの種類が多くて、勉強になるな」
「それだけ?」
レオは頷く。本当にそれだけなのか。
「こういう本だからね、それ以上の感想は今のところはそれくらいしか、私はないかな」
「そうだよね」
料理本なのだ。それ以上のものなどないか。
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