⑦

 昼にここに来た時以上に、通称部室棟、俗称魔窟はいつにもまして人が多かった。そういうのも、この魔窟に入っている部活も、文化祭の出し物をする部活は結構ある。やはり、お祭りには誰もが参加したいという気持ちなのだろう。


 三階の我らの部室に来る途中も、いくつかの部室から準備しているであろう音がする。しかし、なんだか奇怪な音や、不気味な笑い声が聞こえるのは一体なんなのだろう。まともな出し物の準備をしている事を祈るばかりだ。


 三階の奥にある我らが部活の部室の扉の前に立つ。その部屋のプレートには不思議探求部と書いている。この部活自体が不思議過ぎる、他所の部活の事なにも言えない。もし、この部活でなにか出し物をするってなったら、一体なにをするのだろうか?


 レオが開けた部室の扉を私も続いて入る。

 昼にも来ているしが、その時とは違い今は部活動をする為に来ている。まあ、部活動なのかと言われるとうーんと首を傾げてしまうが、部長であるレオがそういうならそういうことになるのだろう。


 この部活は二人だけなので、この部屋の中央にある長机に向かい合わせに座れるように置いてある二つのパイプ椅子は、私とレオで座位置が固定されている。私は入口から見て左側がそうなので、その椅子に座るべく移動する。


 レオは私の向かい側、つまり入口から入って右側がレオの指定席になっている。そして、そちらには飲み物セットが置いてあり、レオはいつも私に飲み物を振舞ってくれる。本来なら、一番下っ端の私がするべきことなのだが、レオなりにこだわりがあるのか、決してその座を譲ることはない。


 正直な話、レオの淹れてくれるコーヒーが美味しいので私としては、有難い。しかし、レオがコーヒーを飲んでいるところをあまり私は見たことがないな。いつも、部室では紅茶を飲んでいるし。でも、喫茶店に行くとは言っていたから、飲めないわけじゃないんだよね、きっと。


 そんな事を思いながら、電気ケトルに冷蔵庫から取り出した水を入れて、スイッチをオフからオンに切り替える。

 そして、冷蔵庫から皿を取り出す。うん? なんだろう。


「今日は、おやつもあるから」


 そう言って、レオは長机の上に取り出した皿を二枚置く。ラップがかけられているが、そこから見えるもの、それは、


「パ、パンケーキだと⁉」


 私の目の前にあるもの、それはまごうことなきパンケーキだ。作り立てではないので、あのフワフワ感はないが、それでもこれはパンケーキだ。


「こ、これどうしたの?」

「私が、料理研究部と懇意にしているのは、知っているよね」

「う、うん」


 懇意なのか、そうなのか、もっとなんか後ろめたい感じかと思ったけど。いや、今はそこについての言及はどうでもいい。


「今回の文化祭で料理研究部もお店をやるらしくて、その商品の試食会に招待されたから、参加したの。その商品の一つが、このパンケーキで、試食会で余ったものを有難く貰ったというわけ」

「そうなんだ。うん? 待って」

「なに?」

「私は?」

「?」


 レオは首を可愛らしく傾げる。可愛いな、ではなくて!


「私それに行ってないんだけど!」

「それはしょうがない。私個人で呼ばれたから」

「ぐっ、なら、しょうがない」


 一瞬この不思議探求部が招待されたかと思って、恨めしく思ったが、レオ個人に声が掛かったのであれば、それはしょうがない。しかし、私も行きたかった!


「だから、せめてものお詫びにこうして、パンケーキを貰って来たというわけ」

「ありがとうございます!」


 私は両手を合わせて、拝んだ。そんな私の反応にレオは微笑むと、プラスチックのフォークとナイフを渡してくれる。

 それじゃあ、いただき…


「待って、しずく」

 

 ますと言い終わる前に、レオが待ったを掛ける。これから、最高の時間なのに…。


「もう少しで、コーヒーと紅茶が淹れる事が出来るから、それまで待ちましょう」

「ええ、でもー」

「美味しいものには美味しい飲み物は必須」

「はーい」


 レオの言葉に私は渋々従う。目の前には、こんな美味しいそうなパンケーキがあるというのに。でも、飲み物、それもレオが淹れてくれるコーヒーがあれば、より美味しさは増すことは自明の理だ。ならば、ほんの少しだけ待つのもやぶさかではない。

 こうして、私は電気ケトルに対して、早く早くと仕事を急かすのであった。


 そんな私の圧が響いたのか、ケトルはいつもより早めに仕事をやり遂げる。絶対に勘違いではあるのだが、そんなことを気にする余裕は今の私にはない。

 急いている私とは対照的にレオはいつもの自分のペースで、紙カップにお湯を注いでいく。そろそろ自前のマグカップとかを置きそうな雰囲気がある。レオは、注ぎ終えると、カップの一つを私の前にそっと置く。そして、スティックシュガーの袋を二つ添える。レオは私の好みを完璧に理解しており、私がブラック派閥でないことも判っている。なので、もう阿吽の呼吸でこういう気配りをしてくれる。


 スティックシュガーを二つ入れて、一緒に渡してくれた混ぜる用のプラスチックのスプーンでコーヒーを混ぜると、一口飲む。毎回思う事だが、インスタントなのになんでこんなに美味しいのだろうか。私が淹れるコーヒーとは雲泥の差だ。

 対面に座るレオは、紅茶を飲んでいる。これまた毎回思う事だが、とても絵になる。と、レオに見惚れている場合では今はない。なにせ、まだメインディッシュが控えているのだ。


「いただきます」


 私は両手を合わせ、言うと、ナイフとフォークを手にする。

 フォークの刃が何の抵抗もなく入りフォークもすんなりと刺さる、そして、パンケーキを一口大に切り分けると、それを刺していたフォークで口まで運ぶ。その瞬間私は、今日の疲れがすべて吹き飛んだ。

 シロップの類はなにも掛かっていないのに、この甘さ、美味。しかし、甘すぎることなくしつこくない。なんと、食べやすいことか。そして、作ってから時間が経っているはずなのに、未だ中はフワフワな食感を保っている。これを作った料理研究部、恐るべし。


「どう、素晴らしいでしょ」

「控えめに言っても最高なんですけど、これ文化祭で出すレベルの料理じゃないよ。本当にお店で出せるよ」

「あの人達は、料理というものに対して、追及の手を緩めることはないからね。本気と書いてマジだからね」


 私は、まだその人たちに会ったことはないが、凄いのだけは判る。いつか、しっかりと挨拶してみたいものだ。

 そんな風に、パンケーキに舌鼓を打ちつつ、この最高の時間を噛みしめていると、レオがナイフとフォークを置く。


「それじゃあ、始めようか」

「はにお?」


 モグモグしながら答えてしまったので、変な声になる。


「しずく、美味しいのは判るけど、ちゃんと飲み込んでから話をして。なんで、あなたはここに居るの?」


 ゴクンと喉を鳴らすと、考える。なぜと問われれば答えは一つだ。


「この最高のパンケーキを食べる為でしょ?」


 私が途轍もなく真剣な顔で言う。そして、レオは真剣な顔で、私の前に置いてあるパンケーキの皿を下げようとする。


「ああ、ごめん、ごめんなさい、嘘です。部活をしに来ました」

「判ればよろしい」


 取り上げようとしていた皿を私の前に戻す。レオは食べていたパンケーキの皿を横にずらすと、図書室から借りてきた四冊の本とメモ用紙をテーブルの上に置く

 私も皿を横にずらす。くっ、至福の時間はまたお預けらしい。未だ、気持ちはパンケーキに残しつつも、目の前にある四冊の本を見る。

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