③
午後の最後の授業は実習になっているので、みんなでクラスの出し物である喫茶店の装飾などの作成をするのだが、私の仕事はレオのサポートだった。だが、如何せんレオが優秀過ぎるので、私の仕事はほとんどない。いや、本当に。これ、私がいる必要あるのかな。
なんだったら、手伝いましょうか。いや、すいません。はい、おとなしくしてます。喫茶店の制服も生徒は黒シャツ黒ズボンにエプロンという、すごくシンプルな装いにすることになった。文化祭の準備の為に学校側からある程度の予算が各クラスに振り分けられているが、レオは服にかける予算をなるべく抑え、装飾と飲み物にお金を割くことにした。
当然クラスからは、どうせなら可愛い制服にしたとかいう意見もあったのだが、作る手間などを考え、服はシンプルなものにして、エプロンの方に手を加える案で落ち着くことになった。
ちなみに最初にエプロンをカスタムしたのは、ほかならぬレオであった。レオはエプロンに刺繍を縫ってきたのだ、花の刺繍だがこれがもうすごいのなんの。これが、クラスの女子たちに火を点けた、そこからはいかに可愛くするかの日々研鑽の毎日だ。
男子の方はと言うと、あまりこだわりはないのか、感心を示さなかった。しかし、ある事がきっかけになり男子たちもエプロンのカスタマイズ化に本気になった。その理由は、端的に言ってしまえば嫉妬である。
このクラスにもやはり少ないが、カップルが存在している。そのカップルの一つがあろうことか、おソロのワッペンを着けたエプロンにしてきたのだ! してきたのだ! これは大事な事なのでここは二回言っておこう。
それを見た男子たちは、発狂のちに、そんな甘々は空気感に呑まれてなるものかと、それを上書きするべく改造を施す運びになったわけである。これは、関係のない話ではあるが、私はレオにお願いをして同じ刺繍をエプロンに縫ってもらった。ドヤ。
なので、この時間はエプロンに最終改造をする人、未完成の看板を仕上げる人、メニュー表を作成する人、など着実に完成に向けて進んでいる。
「どう、みんな。順調?」
教室の扉が開くと、顔を出したのは、砂月先生だった。ここで、担任の鳩峰先生が来るなんてことは今の今まで一度もなく、それは私たちを信じての放任ではなく、ただ面倒なだけの放任なのは間違いないと私は思っている。なので、こうして様子を見に来てくれるのは、砂月先生だった。
「はい、レオのおかげでスケジュールに遅れは一切ないですよ」
「そうなのね。流石は獅子谷さん」
レオは無言で胸を張る。私への当てつけか、おい。と思うのは昼の件を引きずる胸が無い、おっと、言葉を間違えた。余裕が無い私の思い込みだ。というかなぜ自分で勝手に傷つけているのだろう、悲し過ぎる。
だが、これだけは言える。得意意気なレオは可愛い事実を。
「でも、高校の文化祭か。なんか、懐かしいなー」
クラスの準備する様子を見ながら、砂月先生が呟く。
「砂月先生が二年生の時は何をやったんですか?」
「私の時は、定番だけどお化け屋敷をしたよ」
お化け屋敷か。そういえば、最初の案の時にも候補の一つに上がっていたっけ。確かに、文化祭の定番の一つとも言える。
「結構、凝った造りで、人気あったんだよ。他のクラスでもお化け屋敷をするところもあるから当日は楽しみなんだ」
そういって無邪気に笑う。砂月先生って授業をしている時は、キリっとして大人だなって感じるけど、こうして話すと幼さもあって可愛いんだよね。
「でも、ここも結構力を入れているって、鳩峰先生が言ってたよ」
またもや、レオがドヤる。いや、可愛いけどね。
「なにか参考にしたの?」
「そうですね。私がよく行く喫茶店をモデルにしていて、そこのマスターの方にもアドバイスをいただきました」
へえ、レオの行きつけのお店かきっとすごいオシャレなところなんだろうな。今度連れて行ってもらおう。
「きっとすごくいいお店なんだね。私の時も参考にしたな」
「どこかのお化け屋敷を参考に?」
「ううん。私達は図書室にある本を参考にしたよ」
「ある本ですか?」
レオが訊き返す。
「なにか参考になるものがないかと、当時図書室に行ったらあった本でね。今もあるはずだよ、中高生の文化祭特集って本なんだけど」
うん? あれ、なんだか、その本のタイトル、どこかで聞いた事があるような……。
「そうなんですね。羊佐和先生がそこまでおっしゃるのなら、見てみたいですね」
「全国の文化祭の特集が組まれているから、ただ見てみるだけでも面白いよ。私のオススメの一つだよ」
砂月先生―、とクラスの子から呼ばれて、砂月先生はまたねと言って、呼んだ子の方に向かう。そっか、図書室にはそういうものもあるのか。でも、今日はよくよく図書室に縁があるな……あっ。
私はここに至ってある事に気が付いて、レオの方を向く。そんな私を迎えてくれたのは、今更気が付いたの、と言いたげなレオの顔だった。だって、そんなにメモ用紙を凝視したわけじゃないし、意識していなかったからであってね。などと目線で言い訳をする。もう、口にした方が早いよ、これ。
「レオ、今砂月先生の言っていた本って。あのメモ用紙に書いてあった本のタイトルだよね」
「そうだね。まさか、羊佐和先生の口から本の名前が出てくるなんてね。タイムリーだね」
「ってことは、あのメモ用紙を落としたのは、砂月先生じゃないの」
そうだよ。久しぶりに母校に来て、しかも文化祭の準備が始まって、それで昔を懐かしんで、読みたくなって、メモ用紙に書いて、図書室に行って落とした。可能性は充分にあるのではないでしょうか、レオさん。
期待を込めて私はレオの方を向く。迎えた、レオの顔は………。悩んでいる顔だった。
「しずくの言いたい事は判るよ。でも」
私の視線に気が付いたレオは、私の心の内を読む。やっぱりそんなに判りやすいのだろうか、私って。
「でも、なに?」
「しずくはメモ用紙に書く内容ってどんな時に書いたりする?」
「それは、聞いたり、調べたりした内容を忘れた時に思い出すためもしくは忘れないようにする、かな」
「そうなんだよね。でも、羊佐和先生は淀みなくタイトルを言ったよね」
「それは、今は覚えてからでしょ」
「それ以外にも、あの言い方だと先生は図書室に行って、本をまだ残っているどうかの確認はしていない言い方だった。仮に、あの本の有無を確認していたら、あるから見てみて、もしくはもう置いていないから残念だね、みたいなどちらかの言い方になっていたはず。それに、他のメモ用紙に書かれていた本の事とも結びつかない。だから、現在のところはその考えは早計かも」
「確かに、先生なら思い出した時点で確認しそうだしね。結局まだ何も判らないのかー」
まあ、そうだよね。たまたま今話題にでただけだし、なんでもかんでも関連して考えるのは考え過ぎなのかもしれない。いつの間にか、不思議探求部の部員としての自覚が芽生えてしまったのかもしれない。知らぬ間にレオの術中にはまってしまったのか。私は。
「なら、放課後の部活動は決まったね」
うーんと唸っている私に対して、レオは言う。えっ、部活動?
「現状、クラスの準備は滞りなく進んでいるから、今日の放課後はなしにする予定だったから。なら、せっかくこんなおもしろ………気になることが出来たのに、部活動をしないわけにはいかないでしょ」
「いや、もうそれ、本音の部分が隠せなくていいから、判っているから。取り繕う必要は何もないから。それで、部活って何するの?」
こうなったら、レオは止まらないし、止める必要もないけど。
「決まっているでしょ。図書室へレッツゴーだよ」
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