⑭

「えっ? 判るの?」


 とてもマヌケな声になっていったことは確実だ。だってそうだろう、どうやったらこの手紙の内容だけで、判ると言うのか、私の親友は。

 そんなマヌケな反応をする私に対して、レオは至って真面目な表情で頷く。


「だ、だれ⁉」


 思わず、レオの両肩を掴んで、前後にガクガク揺さぶってしまう。


「し、しずく。お、おちついて」

「あ、ご、ごめん」


 レオの声で絶賛混乱中だった私は正気に戻る。私は、レオの肩から手を離す。


「でも、レオが悪いんだよ。幾頭君が誰か判ったなんて言うから…」

「別にそんな大げさな話でもないよ。だって、お父様だから」

「へぇー、お父さんなんだー」


 そっか、幾頭君の正体はお父さんだったのか…………って、おい!


「ど、ど、ど、どういう事⁉」


 私はまたもや、レオの両肩を掴む。そして、先程以上の勢いで前後に揺さぶる。それは、もうレオの動きが残像を生んでしまうほどに。まあ、それは誇張しているが、それほどの勢いということだ。


「し、し、しずく。お、お、お、おちついて」

「あ、ごめん」


 先程よりも途切れ途切れなレオの言葉で私は正気に戻る。そして、私はレオの肩から手を離す。


「って、どういう事よ、レオ!」


 また、私は、レオの両肩に掴み掛かろうとすると、今度はレオがその手を摑まえ、私の行動を止めにかかる。


「それは、止めて。話せなくなる」

「申し訳ない」


 私は両手を下げる。それに、合わせてレオは掴んでいた手を離す。


「でも、本当にどういう事なの、レオ! どうして、お父さんが幾頭やわらになるの⁉」


 私も手紙は読んだが、お父さんに繋がるようなことが書かれていたとは思えない。未だに、混乱している私に、レオは努めて冷静な態度と声で話し始める。


「しずく、さっきお父様が言っていたこと覚えている?」

「さっきってどれ?」

「お父様がある人がきっかけで農業に興味を持ったという話」

「夕食前に話してたね。それが、どうしたの……まさか、それがお母さんって言いたいの?」

「Exactly」

「……また、それですか」


 急にどうして、ふざけるのかな、この子は。


「まあ、いいよ、もう。それで、どうして、あの話から二人が文通しているって話になるわけ?」


 私は、レオに質問する。レオは無言で、缶の中から封筒を取る。最後の手紙はいつの間にか缶の中に戻しており、取った封筒は、どうやら最初の手紙らしい。レオは、封筒の中から便箋を取り出す。


「最初に手紙を見て、私は幾頭やわらが左利きって結論づけた」

「うん」


 書き跡から、レオはこの人物が左利きという結論を出した。


「私の荷物を持ってくれた時は左手で運んでくれた、それに食事の時にお父様は箸を左手で使用していた。お父様は、左利き、この人物の一つの条件に当てはまる」

「でも、そんなの偶々でしょ」


 そんなことを言い出したら、左利きの人みんなそうなってしまう。それこそ、偶然お父さんがそうだっただけでしょ。


「そうだね、これだけではね。一通目の手紙の内容に、幾頭やわらは朝起きれなくて、遅刻しそうになるって書かれているよね。もし、この幾頭君がお父様だったとするなら、その娘であるしずくに遺伝していたとしておかしくはない。つまり、遅刻女王のしずくの遅刻癖がある意味で、二人が同一人物だと示唆している」

「なにを言ってるの、レオ」

「ごめん、これはふざけた」


 明らかなふざけの匂いを感じ取った私は、レオに圧を掛ける。流石のレオも私に圧されたのか、すぐさま謝罪が入る。

 コホンとわざとらしい咳払いを一つ入れる。一通目の手紙を仕舞うと、今度は二通目の手紙を取り出す。


「次はこの二通目について。注目して欲しいのは、この音楽の話のところ」

「お気に入りの音楽のジャンルで、犬川さ…お母さんは邦楽でオススメの曲を紹介していたね。対して、幾頭君は、洋楽をよく聞くって話だったね」

「そう、そして、この薦められた曲は、お父様のオススメの曲の一つ」


 ここに来る時に車中で流した、お父さんのオススメ邦楽集の一番始めに流れた曲だ。


「確かに類似点ではあるけど、それこそ、あの時代に流れた曲なら、特別なことでもないと思うけど。やっぱり、さっきの左利きの件と同様に、偶然じゃないの」


 あの時代によく流れていたのなら、そういうこともあるのではないかと思えてしまう。レオは、二通目を缶の中に仕舞い、再度最後の手紙を手にする。


「ついさっき私たちが、話をしていたこの最後の手紙、私はこの別れの言葉の理由を、親の転勤によるものだ、と言ったよね」

「うん」

「さっきの夕食時にお父様の家族も転勤族だった。もし、私の考え通りに転勤が理由だとしたら、お父様が条件に入るよね」

「それは、少し強引過ぎない?」


 あくまでも、別れの理由は私たちの勝手な妄想なものだ。そう言い出してしまえば、なんでもこじつけられてしまう。


 レオは、それでも強引に話を進めていく。


「夕食前にお父様が言っていた、農業に興味を抱くきっかけになった人物がいると言う話。この手紙にはなかったけど、もし、お母様からの手紙で自分の家の事について書かれていて、それが、興味を抱くきっかけだったとしたら」

「そうだった場合、判らないことがあるよ」

「何?」

「レオの言う通り、仮にお父さんがその相手だとするなら、どうしてお母さんにその事を言わないの? お母さんは判らなくても、お父さんは住所が同じということに気付いているはずだよね?」


 そう、この家の事を知った時点で気付いたはずだ、自分の文通相手だと。それなのに、二人を見る限りその様子はない。


「私もそれは疑問に感じていた。二通目までを見る限りは仲良くなっていたのは間違いない。ならば、正体を明かしてもおかしくはない。でも、そうはなっていない。それは、この三通目を見て納得することが出来たよ。この別れとも取れる言葉で。お父様は明かさないのではなく、明かせないのだと」


 確かに、仮に知っていたとしても一方的に言った人間としては、わざわざ言う必要性もないし、私なら気まずくて言えない。だけど、


「それでも、やっぱりレオの言ってることは偶然の一致を、無理矢理に関係づけようとしているようにしか思えないよ。それとも、なにか確固たるものあるの?」


 レオは私の言葉に、首を縦に振ることはなく、横に振る。やっぱりないのか。


「なら、どうして…」

「そうだったら、とても素敵だから」


 私の目をまっすぐに見てレオは言う。


「…それだけ?」

「そうだけど」


 待って、そんな理由で、あそこまでの考えを言っていたわけか、目の前の親友は!なんかもっとこうなんか、ああ。もう!


「だって、しずく考えてみて。あんな素敵な二人が、こんな素敵な出会いをしていたんだよ。それこそ、小説の世界だよ」


 レオはどこか若干興奮した様子で言う。あの二人のレオに対する反応を見て、私は素敵なのだろうかと考えてしまった。だって、あれだよ! どう考えても、引かれてもしょうがないと思うのだが、レオにはあれが素敵に見えるらしい。なんだが、私の親友が両親によってあらぬ方へ手を引かれてしまっているのではないのかと心配になってしまう。というか、レオはそういう小説も読むのね。

 まあ、私だってそうだったら素敵だし、いいなと思うけど。そんなことが起きるわけが…。


「レオはそうだと思ってるんだよね」

「モチのロン」

「なぜ、そこでふざける」


 さっきまで、真剣な雰囲気と顔つきだったじゃない。ここで、ふざけられると、私としてはどうしていいのか判らないわよ!


「ごめん、ごめん。さっきから真面目な時間が続いたから、小休止が必要かなと思って」

「いや、要らないからね。その気遣いは」


 もう。さっきまでの少し変な空気はなくなり、いつもの感じに戻った。


「でも、私は本当にそう思っている。だからこそ、後はしずく次第」

「うん? なんで、そこで私次第なの?」


 唐突に私次第と言われても、意味が判らないのだが。


「しずくは、文通相手はお父様ではなく、他の知らない誰かだと思ってる。でも、私は、この文通の相手はお父様だと考えている。ならば、それを確認する方法が一つだけある」

「ちょっと待って。嫌な予感しかしないのだけど…」


 レオがこう言うということは、考えられるのは……。


「この手紙を二人のところへと持っていき、確認する」

「できるか!」

 

 そんなことできるわけがないだろ! そもそもなんで私が!


「私が言っても、駄目。しずくの口から言わなければ本当の事は引き出すことはできない」

「だから、なんで私なの? 私が言ったって変わらないよ。それに、何一つ確証もないのに、そんなことできるわけがないよ」


 レオは私の抗議の聞いても、何一つ動じることがなく、動きにまったくの迷いなく三通の手紙が入った缶とその蓋を取ると、私の前に差し出す。


「しずくが取るべき、行動は二つある。この手紙を二人の前に持っていき確認するか、それとも、そんなことはあり得ないという考えをもとに、しずくが最初に話してくれた通り本当に誰と知らぬ恋人だったとして蓋をしてしまうか。私は、しずくがどっちの事実を選択しても、構わない」


 そんなこと言って、後から怒ったりしないでよね。でも、きっとレオは本当に私がどっちを選んでもレオはそっちを尊重するだろう。私は、改めて目の前に差し出された缶の中の手紙を見る。普通に考えれば、そんなことはあり得ない、さっさと蓋をしてしまえばいい。お母さんにもそういうことがあったのか程度に留めて、夏を過ごせばいい。

 けれども、目の前の親友はそのあり得ない考えを語った。なら、私が取るべき行動、選択は始めから判り切っていた。そして、私はその選択を取るべく、手を伸ばす。


「流石、私の親友」

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