⑬

「しずくの考えでは、この二人が、文通をするきっかけはなんだった?」

「それは、告白して恋人同士になって…」

「その後」

「後って、どちらかが引っ越したって…」

 

 そう。引っ越すことがきっかけになって、告白してという話をして、それをレオが手紙の内容から幾頭君の方が引っ越すって話になったはず。


「そう、それ」


 私の発言にビシっと人差し指を私に向けながら、決め顔で言う。こら、レオ人を指差してはいけません! というか、それって、ことはつまり。


「そう、幾頭君は引っ越すことになった。その為の、別れの言葉だった」


 ここで、その話になるのか。


「だけど、レオ。ただ、引っ越すだけなら別にこんな言葉を書く必要はないと思うけど、ただ引っ越す事ことを伝えれば良くない?」


 ただ引っ越す事を伝えてればいいだけでは。なんで、そこから別れの言葉になるの?


「そうだね。ただ引っ越すだけなら」


 レオはどこか含みのある言い方をする。


「しずくなら、引っ越す理由として何が思い浮かぶ?」

「私なら、やっぱり借家から持ち家になったとか、新しい家に純粋に引っ越すとかじゃないかな」


 パッと浮かんだのがそれらだった。でも、そんな理由なら別段隠す必要性はないよね。


「それはあり得ない話ではない。でも、それだと書かない理由が見当たらない」

「そうなんだよね…レオなら、どんなことが思い浮かぶの?」

「引っ越しの理由が書けない理由。例えば、両親が離婚することになって、どちらかに引き取られ、引っ越すことになったとか」

「それは、まあ言いづらいね」

「それか夜逃げ」


 いきなり重い解答を口にする。


「まあ、思いついただけでこれは考えづらいけど」

「なら、思うだけにして…」

「私は、親の転勤じゃないかなと考えてる」

「でも、それなら別に隠す必要性はないような気がするけど」


 それこそ、私と同じ理由に近い気がする。考えてみても、やはりわざわざ隠すようなことはないと思う。


「もし、その転勤先が海外とかならどう?」

「海外?」

「そう。いきなり環境ががらりと変わる。言語、生活習慣、時間、すべてが変わるような状況になるとするなら。そんな環境で生活するために、優先順位は当然変わってくる。それこそ、文通をする機会が減ってしまうほどに。三通目の手紙の返事が遅くなったのも、急な転勤の話が出た為。恐らく、本人もすごい悩んだのは想像に難くない」


 海外に住んだことがない私にとっては想像することしかできない。レオは私と違い両親が海外にいる。レオ自身ももしかしたら、何度か向こうに行った経験があるはず、きっとその経験から言っている。


「でも、減るかもしれないけど、それで別れの言葉になるのは…」

「耐えられなかったとしたら」

「耐えらない?」

「たった、二回の手紙のやり取りでも、二人にとってはかけがえのないものだった。それこそ宝物のように。でも、それが確実に減る、そして、減ってしまえば、直接会う機会もないような状態の末路は決まってる」

「…自然消滅」

「そう。そうな風に消えるぐらいなら、しっかりと別れの言葉を口にして、終わらせて、大切な思い出に、宝物にしようした。でも、そんな一人よがりもいい理由を書くほどの勇気は幾頭君にはなかった」

「勝手だね」


 私にはよく判らない。頑張って続ければいいじゃないか、そんなにかけがえのないものなら一生大事にしろよ。私は思わず手紙を握り潰しそうになってしまう。


「落ち着いて、しずく。あくまで、これは私の考えであって、本当のところはまだ判らない」

「……うん」


 レオは私の肩に手を置き、握り潰しそうになっている、手紙を私の手の中から奪取する。そした、私は怒りを抑え。冷静になっていく。危うく、手紙を滅茶苦茶にしてしまうところだった。


「結局、この具体的なことが何一つない以上、推測の域は出ない」

「なら、意味がないような気がするけど…」

 

 判らないのでは、結局意味がないのではないだろうか。


「こうやって、話すことが重要。仮定の話をお互いにしなければ、様々な可能性は生まれないからね。それに、この手紙についての私たちがもっとも知りたい事は、そこじゃないでしょ」

「もっとも知りたい事って…この手紙の人達が誰かってことだよね?」


 よくできましたと言わんばかりに、満足そうに頷く。ちょっと、いくらなんでも、忘れてはいないよ、私は。


「でも、レオ。私はもうその人物の見当がついているよ」

「えっ、本当に⁉」

「いや、あんたも知ってるでしょうが、というかさっき私が言おうとしたら、止めたのはどこの誰よ!」


 まだ早いとか言って、私を止めたくせに。


「あの時は、まだこの最後の手紙を見る前だったからね。この手紙を見てからでも、遅くはないと思っただけ。そのおかげで、収穫もあった。じゃあ、今度こそ聞かせてもらおうかな、しずく。しずくは、この手紙の人物達…とは言っても、可能性の高い人物は一人だけだけど」


 今度こそレオは、止めることはせずに、答えを促す。まあ、レオの言う通り判るのは一人だけだ。


「判るのは一人だけ、それは犬川雫と言う人物。彼女は、旧姓猫山純子ねこやまじゅんこつまり私のお母さんだよね」


 その正体は、そんなに難しくはなかった。まあ、住所をしっかりと確認していなかった、私が悪いが、ちゃんと確認していれば真っ先に気付いたはずだ。だって、この家で、手紙の人物に当てはまるのはお母さんだけだから。一瞬、叔母さんかもと思ったが、時期を逆算したら年齢と合わない。その条件はお母さんただ一人だけなのだ、満たしているのは。


「レオも私と同じだよね。どのタイミングで気付いたの?」

「住所の事から、この家の住人であることは明白だったから、後は誰かという話だけど、これは最初の手紙を読み終えた時には疑っていた」

「待って、封筒を開ける時に、私に誰のものか判らないからみたいなこと言ってなかったっけ」

「あれは、その場しのぎの可愛いジョーク。それにそんな早くにしずくが気付いたら、私がつまらない」

「き、きさま」

「許して」

「許す」


 つまり、あの時私も気づけたはずなのに、レオによって妨害されていたわけだ。そして、私の怒りの炎は、レオの可愛い声での許しての一言によって、鎮火させられてしまった。


「もしかして、スイカを食べている時に、お母さんに兄妹がいないかどうかを訊いたのって…」

「そう、あの段階では疑ってはいたけど、確信はなかったから、他に該当する人物がいないかどうかを知る必要があった。そして、それを聞いて、条件に合うのが、お母様だけだった」


 私が、スイカの美味しさにやられている間に、レオはしっかりと手紙の事を調べていたという事か。だが、私はしっかりとスイカの美味しさにやられている可愛いレオを見ている。意味の判らない、敗北感をかき消す。


「じゃあ、やっぱり夕食の時に言ってたお母さんの友達って…」

「恐らくは、この文通相手のことだと思う。あの反応もこの三通目の手紙の内容から考えれば納得できるから」


 やはりそうだったのか。あの時の反応を見て、もしかしたらとは思ったが。だとすると余計に。


「この幾頭やわらって人許せないよ、お母さんにあんな顔させて。どこの誰なんだか!」


 私は顔も知らない、正体不明の文通相手に怒りをぶつける。まあ、私が怒るのはどこか違うのかもしれないが。そんな、私怒り心頭の私と違い、レオは冷静に言葉を口にする。


「その正体にも見当はついている」


 怒りで燃え尽きそうなほど燃える私は、その冷や水ともいうべき言葉によって鎮火される。レオは、今なんと言った。見当がついている?

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