⑫
夕食を食べ終えて、食器を流し台に持っていき、片付けを手伝おうとするとおばあちゃんとお母さんから後は大丈夫と言われたので、私たちは二階に行くことにした。
居間では、おじいちゃんとお父さんの二人は、まだ晩食という名の酒飲みが続いている。それを後目に私たちは階段を昇る。目指すは、物置部屋。そして、そこにある手紙だ。
私たちは、部屋に入り、あの缶を手に取る。目的は、当然その中にある物だ。
缶の中に入っている封筒は三通、レオはまだ見ていない最後の一通を手に取る。この中の手紙には何が書かれているのか、私は気になってしょうがない。この最後の一通を読んで全部判るのだろうか。
まずは、封筒の消印を確認してみる。その日付は、二通目から大体一か月ぐらい経っていた。前回の二通目は約二週間だったのに対して今回はずいぶんと間が空いている。
まあ、時期的にもちょうど夏休みに入っているし、二通目の手紙にも部活動が忙しくなるようなことも書かれていたから、こんなものか。
レオが封筒の中から便箋を取り出す。今回の枚数は、前回と比べて枚数が明らかに少ない。レオは目を通すと、私に渡してくる。あれ、今までにない展開だ。レオが興味を惹かれるような内容ではなかったということだろうか。
便箋を受け取ると、その内容に目を通していく。なんだろう、内容は今までと同じく相手の事を気遣うような言葉が書かれているし、前回の手紙に対する感想のようなものも書かれている、だが、なんとなく今までと比べて違和感がある。なにがこんなに引っ掛かるのだろう。まだ、途中までしか読んでいないからなのかな。
私が首を傾げていると、レオが口を開く。
「今回の手紙は、彼こと幾頭やわらのことが書かれていない」
レオに言われて、違和感の答えが出た。そうだ、一通目と二通目は彼自身のことも書かれていた、しかし、今回は全く彼の事が書かれていない。日が空いてしまったことに対する謝罪はあっても、どうして遅くなったのかのことなどが書かれていない。
この三通目には、今までと違って距離があるんだ。私は、この手紙からそう感じ取った。
そして、私はその感想が当たっていることを文章の続きを読んで確信に変わった。最後の一文によって。
今までありがとうございました。そう書かれていたのだ。
「えっ、どういうこと?」
思わず心の中の言葉が口から出てしまった。
「どういうことって?」
レオが私の言葉に反応する。
「いや、この最後の一文だよ」
私は手紙に落としていた視線を、レオに向ける。
「なんで、いきなりさよなら宣言になるの? 二通目までは、結構いい感じだったよね。それなのにこれはなに。今までありがとうございますって何? 一体この二通目と三通目の間に何があったのさ!」
私は声を大にして言わずにはいられない。これが、言わずにいられようか、いや無理だ。だって、二人は私の考えでは恋人同士のはずだ。二人が、いやこの場合は彼の方か、なぜ彼は一方的に別れを切り出すようなことを書いたのか。私は頭を抱える、それこそそのまま頭を掻きむしりそうな勢いで。
「しずく、落ち着いて」
「逆になんで、レオはそんなに落ち着いていられるの!」
私の勢いにもレオは動じることなく、訊いてくる。
「そんなにショックだったの?」
「当たり前でしょ!だって、前までの手紙ではいい感じだったじゃん、それなのにこれだよ。気になってしょうがないじゃん」
それに、この犬川雫という人物が私たちの思っている人物だとしたらと考えると、より落ち着いてなんていられない。
「手紙の内容からすると、手紙の返信が遅れたことの謝罪から、犬川さんはきっと、彼からの二通目の手紙が来てから、そう間を置かずに返信している。そんな短い期間で別れを切り出すほどの変化が彼女に起きたとは思えない。そして、この手紙に書いてある犬川さんの手紙に対する感想からしても、彼女から別れを切り出したとは考えづらい」
「じゃあ、やっぱり…」
「幾頭君の方で犬川さんと決別するなにかが起きたと考えるのが、可能性としては高いね」
なにか……いったい何があったのだろうか。その答えは、私の今持つ紙からは何も記されてはいない。
「彼に何があったのか。しずくの考えでは、この二人は恋人同士だという仮定だったよね。なら、この二人は遠距離恋愛だったわけだ。私にはそういった経験はないから、ほとんど私の妄想の域を出ないけど、考えられる候補として、しずくなら何が思い当たる?」
「それは…」
レオは、私に振る。私だって、経験があるわけではない。だが、私は考える。だって、知りたいから。
「やっぱり。直接会えないって事が大きいのかな。毎日…とは言わないけど、直接会える距離にいれば、それだけすれ違いが減ると思うし、顔を合わせて話してりすると楽しいし。でも、手紙だけどやり取りは確かに楽しいと思う。でも、相手からの反応が返ってくるのが、すごい時間が掛かっちゃう」
「つまり、幾頭君は遠く離れてやり取りする文通相手よりも、直接会える周りの人達との関係の方を優先したということ?」
だが、それで即さよならになるのはいくらなんでも、早すぎる。だとすると、考えられる他の可能性は…。
「それか…」
「他に好きな人が出来てしまったか」
正直な話、私が一番最初に浮かんだ考えがそれだった。そして、それを言い淀む私に、レオはあっさりと口にする。経験はない、すべては妄想の域を出ない。だが、高校生の恋愛での別れ話などで考えられる可能性として、充分にあり得る話だ。恋多き青春を生きる思春期の高校生には。私にはまだ経験はないが。
「はあ…やっぱりそういうことなのかな…」
私は落ち込む。私自身が振られたわけではないのに、なんだか頭と心が沈んでいく。そんな、沈んでいる私に向けて、別段頭と心が沈んでいないレオは私の頭上からいつも通りの口調で言う。
「まだ、他の可能性がある」
沈んでいた私は、浮上する。他の可能性とは、一体。心が浮上し、頭を上げる。
「しずくの仮定、つまりこの二人が恋人同士という話で進めているけど、私は他の関係性ではないかと考えている」
「他の関係性?」
そういえば、レオはさっき私の恋人という考え自体を否定はしなかったが肯定もしなかった。そんなレオの考えはなんなのだろう。
「私はこの二人の関係を友達と考えている」
「友達?」
「正確には文通相手」
「そこにラブは?」
「ライクはあっても、ラブはない」
じゃあ、本当にただの友達ってこと?
「じゃあ、本当にただの友達ってこと?」
心の声が抑えきれずに、言葉になって外に出てしまった。
「さっき、夕食前に調べたけど、文通相手を探すような会があるみたい。恐らく、この二人はこれを通して、文通をするようなになったと私は考える」
夕食前に、携帯で何か調べてると思ったけど、そのことを調べていたのか。
「ということは、二人は同級生でもなんでもなく、顔も知らぬ相手ってこと?」
「そういうこと」
そう思うと、最初の手紙でのやり取りも判る。レオはあの時、私の仮定の話に乗ってくれた。あの時、転校した相手が知らぬ土地の事を説明していると言っていたが、そこに元々住んでいる人が、その場所を知らない人に説明していると言われても納得してしまう。レオの言う通り、文通で知り合った友達という話でも通じるわけだ。
「じゃあ、お互いに偽名でやり取りしているのは?」
「それは、ただの遊び心かな」
「恋人とのやり取りを他の人に知られないようにするための建前が、本当だったということなんだね」
レオは頷く。ただの、友人同士の他愛のない遊び。
「オッケー、判った。レオの考えの二人はただの文通友人という事で話を進めるとして、じゃあ、この三通目での急な別れはどう説明するの?」
ここは、恋人であろうと友人であろうと、会えない人より会える人を優先する選択をした可能性は充分にある。しかし、レオは先程、他の可能性を示唆した。レオは一体どんな答えを私に言うのだろう。
「その問いの答えはしずくがもうすでに言っているよ」
「はい?」
どういうこと? 私がすでに言っている? レオが何を言っているのか本当に判らずに、首を傾げてしまう。
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