⑩
「おお、しずく、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
私たちが一階に降りて居間に行くと、そこには先程までこの家に居なかったこの家の主がそこに居た。そう、私のおじいちゃんだ。
「久しぶり、おじいちゃん。おじいちゃんも相変わらず元気そうだね」
「儂は頑丈な体が取り柄のようなものだからな」
そう言って豪快に笑う。健康的に焼けた小麦色の肌に、腕の筋肉は程よく盛られている。なんて健康的な体型なんだ。すごいとは思うが、羨ましいとは思わない。お父さんが横に座っているが、お父さんより若々しく見える。
そんなおじいちゃんが私の横にいるレオがいることに気が付くと、豪快に笑っていたおじいちゃんが笑うのを止める。そして、凄く真面目な顔をする。うん? どうしたの?
「君が…」
「はい。初めまして、お爺様。獅子谷愛と申します。この度はご招待いただきありがとうございます。短い間ではありますが、お世話になります」
レオは例そう言うと、軽く頭を下げる。この、完璧な外面モードのレオは相変わらずすごい。
「よ…」
「よ?」
お爺ちゃんはプルプル体を震わせながら、何かを言いかける。
「よく来てくれた‼ 愛ちゃん‼」
「へっ? 愛ちゃん⁉ どういうこと⁉ と言うかうるさい!」
いきなりの声の圧力にびっくりするわ! てか、なんなのウチの家族はなんで、レオを前にするとこうなるんだよ! 判るけれども、でもさ、もうこの反応を私は一日に何回見ればいいのよ。
おじいちゃんは握手をしている手をブンブンと擬音が出そうなぐらい振っている、レオがまたもや振り回されているのは、とても面白いのだが、このままでは収集がつかなくなってしまうのでそろそろ止めさせなければ。
「いい加減にしろ」
おばあちゃんの一言でおじいちゃんの動きが止まり、握っていた手を即座に離し、直立不動になる。豪快な性格のお爺ちゃんに唯一逆らえない存在こそ、この家の裏のボスお祖母ちゃんである。
「ごめんね、愛ちゃん。この人が馬鹿なばかりに、怖かったね」
「いいえ、そんなことは…少しびっくりしましたが」
先程の圧は消え去り、レオに優しく話しかける。おばあちゃんを怒らせるのが本当に怖い。私も昔はよく怒られてしまっているから、少しだけ体が反応してしまった。
「ほら、夕食の準備がもう少しで終わるから、みんなは居間で待っていなさい」
どうやら、夕食の準備が終わりそうなので、私たちは呼ばれたらしい。キッチンの方からはなにやらとてもいい匂いが漂ってきている。
「何かお手伝い出来ることはありますか?」
レオのその言葉に、おばあちゃんとお母さんの二人はキッチンに向かおうとしていた動きを止めると、何やら肩を震わせている。うん? どうしたの? すると、ガバッと振り返ると、二人はレオの左右両手を握ると上下にブンブンと擬音が出るほどに振っている。なんの再現を見せられているのだ、私は。
「もう、なんていい子なの!」
「やっぱり、愛ちゃんはいい子ね! 私とお母さんの二人だけで大丈夫だから、ゆっくりしていて!」
「は、はい。ありがとうございます」
そう言って、二人は手を離すと今度こそキッチンの方に向かう。レオがこんなに圧される姿を見るのは面白いのだが、なんだか私の家族の新たな一面を見せられて、ついていけていない自分がいるのもまた事実なんだよね。
戸惑っている私たちは取り敢えず、このまま突っ立っているわけにもいかないので、おとなしく居間で待っていることにしよう。
こうして私を含む四人は、居間で夕食ができるのを待つことにした。先程の場所に私とレオが、向かい側におじいちゃんとお父さんが座っている。おじいちゃんがソワソワしている。こんなおじいちゃん見たことないのだが、お父さんもどうしていいのか判らないというのが伝わってくる。
「お二人は帰ってくる前は、何をしていたのですか? お爺様は畑で作業していると聞いていたのですが、お父様もその手伝いをしていたのですか?」
このどうしようもない雰囲気の空気を切り裂いていくのは、やはり我が親友のレオだ。
質問された二人の反応はそれもうである。おじいちゃんはあからさまな喜びが、お父さんはこの空気をどうにかしてくれてありがとうという感謝と喜びが見て取れた。関係はないが、おじいちゃんとお父さんは仲が良い。叔父さんはお酒があまり飲めない人で、おじいちゃんは息子と飲む酒を楽しみにしていたが、それが叶わず意気消沈していたところに、お父さんが登場した。お父さんはこう見えて上戸だ。そのためおじいちゃんは初対面の時にはもう気に入ったそうだ。
「儂は今日の夕食で食べる野菜を収穫していたのと、害獣の網や罠の類の確認をしていいたのだが、なにせ広さが広さなのでな。剛君が来てくれて、本当に助かったよ」
「いえいえ、僕が力になれたのかも怪しいものですよ。ほとんどお義父さんがやってくれたので。自分の体力の無さを実感しました。あれを毎日しているお二人はやはり凄いです」
「そんなことはない。結局は慣れというものが一番かもしれんな。儂も最初の頃は苦労したものだ。どうかね、剛君が良ければ、跡を継がんか?」
「いえいえ、僕なんかには務まりません。それに、もう跡継ぎは立派な方がいるじゃないですか」
「誰の事を言っているのか、判らんな」
おじいちゃんは顎に手をやり、首を傾げる。その様子を見てお父さんは苦笑する。
本当なのか惚けているのか、恐らくは後者なのは間違いないのだが…おじいちゃんは叔父さんが自分の跡を継ぐことを認めてはいない。その心は私には判らない、おじいちゃんはこうしてお父さんと会う度に誘っている。お父さんとお母さんが言うには、ただの照れ隠しで本当は叔父さんが、自分の跡を継いでくれることを嬉しく思っているらしいが、本当だろうかと私は思っている。
「お父様は、農業に興味はないのですか?」
レオにはそのあたりの事情を知らない為に、この質問は純粋に出てきたものだろう。
「うーん。興味がないと言ったら嘘になるけど、今の僕には今の生活に満足しているからね」
「お父さん、興味あるんだね」
おじいちゃんの誘いを毎回断っているし、叔父さんの事があるとはいえ、お父さんが興味を持っているのは初耳だ。
お父さんは軽く頷く。
「僕の両親が転勤族で一つの場所に長くいるということがなかったから、同じ場所に留まって一年を通して何かをするということは、僕とは縁遠いものだったからね。それに、僕の親類に農業を仕事にしている人もいなかったのも大きいね」
目線を少し上に向け、過去を思い出しているのかもしれない。
「では、お父様が興味を持ったのはお母様と出会って、お爺様とお婆様の仕事を知ってからということですか?」
レオはさらに質問する。私は、少し疑問に思っていた。そんなに気にすることなのだろうかと。そんな、私の疑問をよそにお父さんは答える。
「興味を持ったのは、もっと前かな。それこそ君たちを同じ高校生の時だったかな」
「えっ! そうなの?」
意外な回答に、思わす私が答えてしまった。そんな前から興味があったというのには驚きだ。
「それは、儂も初耳だな。剛君がそんなに前から興味を持ってしたとは…どうじゃ、本当に継がぬか」
おじいちゃんがまた誘うが、先程と違い今度はふざけではないと、私にも判る。けど。お父さんは、申し訳ありませんがと言って頭を下げる。おじいちゃんはそうかと言って引き下がる。そんなことより、私は気になる事を訊く。
「お父さんはなんで高校生の時に興味を持ったの?」
その事が私の中での気になっていることだ。なんで、学生の時に興味を持ったのかが。
「それは、ある人の影響かな」
「ある人?」
「ああ。僕の今があるのは、その人の影響と言っても過言ではないかな」
「そんなに…」
お父さんにそんな人がいただなんて聞くのも初めてだ。今日はなんだか、初めましてのことばかりだ。質問をしたレオはなんだか考え込んでいる、どうしたのだろう?レオの思考巡りが終わるのを待つか、いや、私の青春レーダーは、それはもう反応している、しまくっている。ここは、根掘り葉掘りいくべきだと。
「そのある人って…」
「ご飯出来たから、運ぶのを手伝ってくれる?」
私が肝心な部分の質問をしようするが、その先の言葉はキッチンからの声にかき消されてしまった。ああー、これからって時に。レオはいつの間にか思考を止め、キッチンに向かっている。まずい、ここで私も行かねば、またあの悲劇が起きてしまう。
私はお父さんに訊きたい気持ちを抑えて、私もキッチンへと向かう。後で、絶対に訊いてやる。
「ほら、男衆も手伝って」
おばあちゃんの一言で、おじいちゃんとお父さんもいそいそと腰を上げる。
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