⑨

「ここの住人ってことは…」

「その前に、しずくの考えはどうなるの?」

「えっ、えっ、だから、あれ、どこまで話したっけ?」


 自分のとんでもないポカに焦ってしまい。直前まで自分が何を話していたのか忘れてしまった。


「偽名が本名だったけど、それを私が否定したところ」

「ああー。で何を言えばいいの?」


 もう混乱して、話す内容すべて全部吹き飛んだ。


「なんで、恋人同士の文通で偽名を使う必要があったの?」


 レオが私に質問する。この二人がどうして偽名を用いているのか…。


「…やっぱり人に知られたくないからとか」

「というと?」

「だって、手紙がくるってことは、家に届いて家の第三者に見られる可能性があるわけだよね。もしかして、だけどこの二人はそれを誰にも知られたくなくて、偽名を使ったとかかな」

「お互いにシャイだったってわけだ」

「そうそう」

「でも、逆に怪しまれないかな。家族の人がそれを見て」

「えっ」

「考えてみて。ポストの中を見て郵便物を確認していたら、宛名が知らない郵便物が届きました。どうする?」

「郵便局に持っていく」

「不正解。正解は燃やす」

「燃やす⁉ 過激すぎだろ⁉」


 いくらなんでも、燃やすところまでいくか普通……いや、ここの人達ならワンチャンあるか……流石に、そこまでは、だが……………………。


「否定しておいて、急にもしかしたらみたいな顔になるのは止めて。郵便局に持っていくのが普通だから」

「だよね…というか、レオがからかうからでしょ! うちの家族ならワンチャンとか考えちゃったよ!」

「うん、ごめん。だけど、そこは家族を信じてあげようよ」


 そこについては…信じたいけどね…うん。この話はここまでにしよう。よし、話の本筋をしっかりと戻そう。


「宛名が違っていたら郵便局に持っていくけど、実際はこうして手紙は残っている。しかも、しっかりと開封されている。ということは、運よく本人が上手に回収したっていうことでいいのかな」


 そうでなければ、こうしてこの手紙が残っているなんてことにはなっていないはずだ。改めて、缶の中の封筒も見て思う。本当によくバレなかったな。


「もしくは、家族全員知っていたとか」

「知っていた?」


 どういうこと? 知っていたら、わざわざ偽名を使う意味が無くなってしまうのでないか。私は意味が分からず首を傾げていると、レオがさらに続ける。


「そう。犬川さんがこの名前で手紙のやり取りをしていることを家族に打ち明けていたとしたら」

「でも、それじゃあ意味ないような気がするけど…」

「そうでもないよ。しずくの言う通り知られたくない為に偽名を使った。でも、それだと他の人に見られた時に不審がられて、自分の手元に手紙がこない可能性がある。なら、ここはあえて偽名を使って文通をしていることを」

「それ、不審がられない?」


 私が家族からそんなこと言われたら、心配してしまう。偽名で文通してるから心配せずに渡して、意味が判らないにも程がある。


「馬鹿正直に言ったらそうなる。でも、少しの嘘を含めたとしたら」

「少しの嘘?」

「どんな嘘かは、想像の域を出ないけど。例えば、今友達の間でそういう遊びが流行っているからとかね」

「なるほど」


 つまり、ハンドルネームやニックネームでやり取りしてる遊びということにして納得させるわけだ。馬鹿正直に偽名でやり取りしてるからと言っても不審を招くが、これなら多少のごまかしにはなるのかな。私は一人でうんうんと頷く。


「まあ、理由はどうであれこうして手紙が残っているから。何かしらの方法を用いて、回避したのは間違いないかな」

「本当は恋人とのやり取りを隠す為にしたこと。なんか、いいね」


 青春って感じがする。秘密のやり取りかぁー。私も一度はそういったことをしてみたいものだ。そう思って、高校生活の半分を迎えてしまったわけなのだが。


「この二人の関係が恋人同士だったどうかはまだ判らない」


 いい感じに浸っていた私に、レオは現実と言う名の陸に引っ張り上げる。


「レオだってノってくれたじゃん」 


 私はちょっと拗ねた感じ、というか少し拗ねているが、そんな雰囲気を出しながらレオに言う。


「別にしずくの考えを否定しているわけじゃない。今の段階では確証がないという話」

「つまり、私の考えがもしかしたらあるかもしれないってこと?」

「そういうこと」


 レオは首を縦に振りながら肯定の言葉を口にする。レオが言っている通り、この二通の手紙だけではまだ判断はできない。だが、そんなことより気になる事がある。


「レオは犬川雫が誰か判っているの?」


 そう先ほど私が知った一つの事実。この犬川雫という名前を用いて、文通をしていた人物がこの家の住人、つまり私の家族の中にいるということだ。そして、レオはもしかしたらその人物に見当がついているのではないのだろうか。私はレオに確認するため言葉と視線を向ける。

 レオは私の言葉と視線を受けて、即答することなく私から視線をズラすと、少し考え込む仕草をしている。そして、そんなに時間をかけずに、私に視線を戻す。


「確固たる証拠がまだあるわけじゃないけど、私はその人じゃないかと確信している」


 レオのその瞳には揺らぎが無い。レオはその人物だと確信している。では、レオがいうその人物とは誰なのか…私がその答えを待っているのだが、レオは中々その人物の名前を言うことはない。あれ?


「レオその人物って誰なの?」


 中々口にしないので、痺れを切らした私はレオに訊く。


「この答えは、私が言うよりしずく自身が見つけた方がいいと思う」


 ようやく口を開いたかと思えば、さらに引き延ばすような事を言う。私自身が気付いた方がいいとは一体どういうことなのだろうか。


「というよりかは、しずくだって薄っすらと見えているはず。その人物が誰なのかが」

「私が…」

「よく考えてみて」


 レオは優しい口調で私に言う。それは、まるで問題が判らない子供に親が優しく教えてくれるかの如く。そんな風に言われてしまっては頑張らない選択は私にはない、私は考える。

 候補は多くない。というか、ここの家の住人という話になった時からもうその人以外いないと私は思っていた。


「レオ。それって…」


 私がその人の名前を口にしようとすると、レオがその言葉を遮る。文字通りに遮られた。思いっきり口を塞がれたからだ。なんか、こうよくある人差し指で軽く口に当てるなんてものじゃない。掌で問答無用に塞がれたのだ、そりゃあ、びっくりする。


「しずく、その答えを言うのはまだ早い」

「……」


 なにがまだ早いのか判らない。

 てか、いい加減この手をどけてはくれないだろうか、なにも話せないよ。そう私が、目で訴えかける。私のその視線を受けて、私の心中を察してくれたのだろう、軽く微笑む。


「しずく、いくらなんでも私の指を舐めるのはどうかと思うよ」

「そんなことするか‼」


 私は思いっきり掌をどける。誰がそんなな変態みたいな事をするか‼


「冗談、冗談」

「もう止めてよね」


 全く親友の掌を舐めるとか…そんなことは絶対しない…しないよ。


「そんなことよりも、どうしてまだ早いの?」


 私の言葉に答える代わりに、レオは缶の中から封筒を一通取り出す。それは、まだ私たちが確認していない最後の一通だった。つまりは、その最後の一通を見てからでも遅くはないだろうということか。

 そして、私たちは最後の一通を見る為に封筒を開けようと…。


「二人ともちょっといいかしらー」


 一階からまたお母さんが私たちを呼ぶ声が聞こえた。


「はーい。ちょっと待って!」


 私とレオはお互いに目配せすると、手に取った封筒を缶の中に仕舞う。どうやら、最後の一通はお預けになってしまったみたいだ。

 ここまでで判ったことがあった。そして、すべての答えも最後の一通を見て判るのだろうか。私は、そんな思いを抱きつつレオと共に一階へと降りていく。

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