⑧
しかし、改めて見ても世間一般的でいう当たり障りのない内容だ。だが、一番最初の手紙と比べても、固さのようなものが取れている気がする。
「そっか、敬語がじゃなくなってるからか」
固さがないと思ったのは、前回までは敬語で書かれていた文章が、今回からはそれがなくなっていることに気が付いた。
「そうだね。今回の手紙は結構くだけた感じだね。もしかしたら、犬川雫さんが出した返事の手紙に何か書かれていたのかもね」
「そうだよね。じゃないと、いきなりこうはならないよね」
なんだか、一気に二人の距離が近くになった気がする。手紙の内容はあれだけど。
「今回の手紙の内容からすると、二人の距離が近くなったことは判ったけど…」
「確かにそれが一番の収穫だね」
レオが私の言葉に同意してくれる。私は、再び手紙の内容に目を通す。
「へぇー、この幾頭って人は洋楽聞くんだね。高校生にしては中々だね」
手紙の内容の一つに僕は洋楽を普段聞いていますが、薦められた邦楽の曲良かったという文章があった。私自身あまり洋楽は聞かないので、純粋にすごいと思ってしまう。私の周りにも聞いている人はあまりいないのにこの年齢で聞くとは。
「そうだね。私もクラシックが主だから、洋楽はあまり聴かないから今度聴いてみようかな」
「いや、あんたも中々だよ」
私と同い年のくせにクラシック聴くとかすごいわ。
「ていうか、この薦められている邦楽の曲、何回も聴いたことあるやつだ。いいセンスしてますな」
「知ってるの?」
「えっ、レオも聴いたでしょ」
「私も…ああ、なるほど」
「そうそう、ちょうどここに来る途中で最初に流れた曲がこれだよ」
レオは思い出したようだが、なにかを考えているのか口元を片手で覆いながら、真剣な顔をしている。
「レオどうかしたの?」
思わず訊いてしまう。私の言葉にレオは口元から手をどける。
「ううん、たいした事じゃないよ」
「本当に?その割には、すごい真剣に考え込んでいたように私には見えたけど?」
「そんなに見られていたなんて…照れる」
「どうして、そうなるの?」
照れた顔も可愛い…ではなくてね、レオさん
「脱線させないでよ。何か気になる事があったんでしょ?」
「うん。しずくの口元にスイカの種が付いているけど、どう相手を傷つけずに言おうか、考えていた」
「嘘⁉」
私は、それはもう凄まじい速さで、口元を手で確認する。
「うん、嘘」
「おいいいい⁉」
凄まじい速さで口元にあった手がレオにいく。
「その嘘はいらないよね!」
「まあまあ落ち着いて」
「原因が何言ってるの」
むしろなんで、レオに宥められなきゃいけないの。これじゃあ私が一人で騒いでいるみたいじゃんかよ。
「しずくが落ち着いたところで、真面目に考えようか」
「いや、脱線させた張本人が何を言っているのかなー」
「それはよりも…」
「判ったよ、判りましたよ。でも、真面目に考えるっていっても、手紙の内容は特になにかがあるとも思えないぐらい平和そのものだよね。前回よりかは、文量は多くなっているけど、でもそれは仲良くなっていく過程としては自然だし」
「そうだね、良い感じだ」
手紙の内容からも二人の仲が良くなっているのは、間違いない。仲良くなるかぁ…待てよ。この二人はもしや。
「ねぇ、レオ。もしかしてこの二人って遠距離恋愛を開始した恋人同士とかじゃないかな」
「へぇ、面白いね。じゃあ、訊くけど、なぜこの二人の最初の手紙は自分の事を紹介するような内容だったの?」
否定されるかと思っていたのだが、意外なことにレオは乗ってきた。なら、ここは私の考えを聴いていただこう。
「この二人は多分同じ学校だった。でも、二人にそこまでの接点はなかった。でも、どちらかは判らないけど、恋をしていた。だけど、そんな時に片方が引っ越すことになった」
「この場合だと、男の子の方。つまり、幾頭君の方が引っ越したわけだ」
うん? なんで、男子の方なんだ。
「レオ、どうして幾頭君の方になるの? もしかして、仮定の話?」
フルネームで言うのも、長いので、私も君付けでいこう。
「手紙の内容も見れば判るよ。近況を書いているでしょ。こっちは暑いとか、街並みはこんな風だよとか、このお店の料理が美味しいとか」
「うん」
「もし、引っ越したのが犬川さんの方なら、犬川さんに対してこんな事を書く必要はない。だって、犬川さんは知っているはずだから。つまり、知らない犬川さんの為に幾頭君が状況を書いてくれていると考えられるよね」
「なるほどね」
そう言われれば、納得だ。
「さて、じゃあしずくの話の続きをしようか」
レオは私に話の先を促す。
「幾頭君が引っ越すことになって、犬川さんは決心した。このまま、離れるくらいな
らいっそのこと告白しようと。そして、告白をして結果はオッケーだった。でも、二人はすぐに離れてしまう、だから文通をすることにした」
「お互いを深く知る前に離れてしまった為に、手紙のやり取りが始まった。なら、どうして偽名でやり取りをしていたの?」
「偽名じゃなく本名だったんだよ、きっと」
恋人とのやり取りを偽名でするなんて、そんなスパイ映画みたいなことなどそうそうあるわけがない。信じられないが、きっとこれは本名なのだ。
「残念だけど、その可能性は低いと思う」
「どうして?」
そんな私の考えに待ったをかける、レオ。レオは封筒の宛名の部分を私に見せながら言う。
「この手紙の住所を見れば一目瞭然だよ」
「住所?」
私はそう言うと、改めて書かれている住所を見る。えーと、住所はここの住所だ。レオは何を言いたいのだろう。レオの意図を図れない私は我慢できなくて答えを求めて訊く。
「ここの住所がどうしたっていうの?」
私の質問にレオは滅茶苦茶大きなため息を吐く。それはもうわざとらしさ満点で。
「しずく、夏の暑さのせいで頭が回らなくなってしまったか…」
「言ってくれるね」
「それは言いたくもなる。考えれば判る事だよ、しずく。住所はここ、ならここの家の人の家名は?」
「それは猫山……あっ」
「そう、住所はここなのに、宛名は明らかに違うから本名ではない」
「うがーーーーー!」
あまりの恥ずかしさに頭を抱えて唸りまくる。私の馬鹿野郎、考えれば判るだろうが!
「まあ、私も思わせぶりなこと言って困惑させていたから。一億分の一程度は私にも責任はある」
「それほとんど責任ないって言ってるようなものだよね…」
レオはまったく反省の色を見せることをなく言う。こればかりはしょうがない…のか? そんなことより!
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