⑥
封筒の中は便箋が一枚だけだった。だが、その中身の文章は罫線に沿って文字がぎっしりと書かれていた。内容は、初めましての挨拶から始まり、差出人の今の環境について、普段の生活などが書かれている。特段おかしなところはないように思う。でも、手紙で初めましてはどういうことなのか。
「もしかしたら、これは文通なのかも」
「文通?」
「そう、この手紙が書かれた時は今と違って携帯電話なんてそんなに普及してなかったはず。なら、遠くにいる人物と連絡するなら、手紙が主流だったはず。手紙の内容もそれなら、納得がいく」
文通か。携帯電話が普及している今となっては時間のかかる手紙でのやり取りは、少なくなっている。私自身手紙でやり取りなどしたことはない。そう考えると、なんだか手紙でやり取りをするというのは、なんだかロマンがある。そう思ってみると、手紙の何気ないやり取りもなんだか輝いているように見える。
「この手紙を書いた人物は、男性の可能性が高いみたい」
「そうだね。一人称が僕って書かれているし、なんか文字の印象も男の子って感じがするよね」
自分の事を僕という女性もいるが、一般的に考えれば、男の人の方が可能性としてが、高いだろう。そして、手紙の内容的にお互いに私たちと同じ高校生であることが判る。
「あと左利きの可能性が高いことも判る」
「えっ、どうして?」
「見て。縦書きに書かれた文章は鉛筆で書かれているけど、全部の文章が綺麗でしょ」
「なにか問題あるの?」
「右利きの人間が文字を右から左に書く時、余程注意しない限り、右から左に跡が残るけど、この手紙はそんな痕跡が一切ない」
言われてみれば、右利きの私がテストとかで、その経験があるので判る。書かれた文字の上に手が重なり、汚れた状態で次の行に行ったり、まだ乾いていない文字の上に乗せたりして、書くと文字が右から左に跡が残ったり、汚れたりする。確かに、この手紙にはそういった痕跡は一切ない。今、判るのは高校生で男の子、そして、左利き。あれ、でもこれって…。
「差出人のことは判っても、この手紙を受け取った人物のこと何も判らくない?」
「そうでもない。手紙の内容を見て」
「手紙の?」
レオに言われた通りに手紙の内容を見てみる。
「ここに書かれている内容からすると、最初にこの文通の手紙を出したのは、犬山雫という人物だと思う。だとすると、ここの内容にある、君の趣味はとても可愛らしいですねと書かれている」
「うん。でも、これだけじゃ、何の趣味か判らないよ?」
「確かに趣味が何かは判らないけど、この可愛らしいという表現は、男性に向けての表現とは考えづらい。ならば、この犬山雫という人物は女性であると考えてみるべき」
男の人に対して、確かに可愛らしいという表現を使うことは少ない。レオの言う通りこの犬山雫は女性と考えていいかも。
「そして、ここ。朝の準備にそんなに時間が掛かるなんてやはり僕からすれば、考えらえません。なので、時折朝起きるのが遅くなって遅刻しそうになってしまいます。こう書かれている。しずくみたいね」
「うん、その気持ちよく判るよ…って、その一言今いる?」
「ごめん、心の声が」
「なら、ちゃんと心の内に秘めておいて。それで、なにが判るの?」
また、脱線するであろう気配を感じた私は、即座に予防線を張ることにする。
「そっか、しずくは遅刻大魔王だから気付かないか…」
「私は地獄からでも登校しているんかい。大体遅刻自体は減ったからね。というか、馬鹿にしてるでしょ」
「うん」
「否定せんかい、我!」
結局私の予防線などは意味のないものなのだ。張ったそばか突破されてしまうのだから、ちくしょう!
「ちなみに、私は朝の準備に一時間ぐらい掛かる」
「えっ!そんなに!」
「身支度とかにね。世の女子高生ならこれくらいか、掛かる人はもっと時間を掛けてる」
「女子高生ってすごいね!」
「いや、しずくも女子高生だからね…一応」
「だから、一言多いよ」
でも、何をそんなに時間を掛けることがあるのだろうか、と疑問に思っていると、
「髪のセットとか、身支度に女性は男性よりも時間が掛かるものよ」
なるほど、そんなこと普段は気にもしていないから、気が付かなかった。だから時々お母さんがため息を吐くのか。納得。
「でも、これで大体判ったでしょ」
「えっ、何が?」
私の問いに、レオは盛大に、それは盛大に大きなため息を一つ吐く。そんなに、吐かなくても良くないかい。
「この犬山雫という人は、朝の準備に時間を掛けていた。ということは?」
「あっ、女の子である可能性が高い」
「かつ、遅刻をしないとても真面目な人という事が判る」
あれー、まだ私への攻撃が続いている気がするぞー。だが、存外正体不明だった犬川雫という人物の輪郭少しだけ見えてきた気がする。本当にほんの少しだけど。
「だけど、この手紙から判るのはこの辺りが限界かな」
「まあ、手紙の内容自体当たり障りのない内容だもんね」
だとするならば、次の手掛かりを求めなくてはいけない。私たちの視線の先には、缶の中に入っている残り二通の封筒に向けられていた。レオが残りの封筒に手を伸ばそうとした瞬間、
「二人とも、スイカ切ったから食べましょうー」
お母さんが一階から私たちに向けて放った言葉によって、私たちの意識は手紙から離れる。
「うん。今行く!」
私はそう返事をする。レオは持っていた手紙を封筒に戻すと、それを缶に戻し、蓋を閉め、缶自体を衣装箪笥の上に戻す。
「戻ろうか」
「う、うん」
レオは部屋から出ていく、私もそれに続こうとして、一度振り返り缶を見る。
犬川雫。私と同じ名前の少女は一体何者なのだろう。そして、その文通の相手、幾頭やわらとは誰なのか。まだまだ判らないことばかりだ。
視線を戻した、レオが一階に降りていく。目の前の親友はこの不思議を前にして、このままにすることはないのだろう。レオは、どんな答えを見つけるのだろう。そう思いながら、私もレオの背を追い、階段を降りた。
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