④
事故に遭うこともなく、私たちは無事にも目的地に着いた。多少の渋滞があり、予想されていた時間よりは遅れてしまったが、時期的なものも重なってしまったので、そこは許容範囲だろう。
毎年ここに来るが、やっぱり自然豊かだなと思う。車から見る限りではあるが、田んぼや畑が多く、道は舗装されているが、周りは田んぼや畑が多い。おじいちゃんの家は、町から少し離れているので、必然的に周りは自然に囲まれており、民家の間隔も結構離れていたりする。隣の家に行くのにも、歩いて数十分かかる距離だ。その代わり、一つ一つの家がとても大きい。私たちが住んでいる場所とは開放感が違う。
車はある一軒の家の門柱の間を通り抜けて、家の前で停車する。赤い切妻屋根の二階建てで、昔は平屋だったらしいが、私が生まれる前にリフォームをして、今の二階建ての家になったらしく、昔の家は母のアルバムの写真でしか見たことがない。それでも、大きい家であったことに変わりはないのだが。
私たちは車を降り、家の玄関の引き戸を引いて開ける。扉の横にあったインターフォンが意味を成していない。防犯意識が……。
玄関から中に入ると、右側に二階に行く階段があり、階段の手前にドアが、そして正面には奥へと続く廊下が伸びており、左側は襖が見える。外見とは裏腹にこの部屋は、和室が多い。和洋折衷とはこのことか。
「お父さん、お母さんいる?」
母が呼びかけると、中から人の気配がする。そして、すぐに左側の襖が開く。そこから、白髪で作業着を着た女性が姿を見せた。
「おばあちゃん!」
そう目の前の人こそ、私のおばあちゃんである。久しぶりのおばあちゃんに思わずテンションが上がってしまう。
「おお。しずく、久しぶりだね。元気そうで良かったよ。
そう言って、軽く笑う。相変わらずおばあちゃんと話すと、気持ちが和らぐなあ。私は、一度もおばあちゃんが怒っているところを見たことがない。いつも、ニコニコしていて、私を甘やかしてくれるから大好きだ。でも、母曰く、本性は鬼も逃げ出すほどだと言うが、私は未だに信じていない。
「おや、そっちの子は…」
「ああ。おばあちゃん紹介するね、私の友達で…」
「獅子谷愛です。今回はお誘いをいただいたので、甘えさて頂きました。短い間ではありますが、よろしくお願いします」
レオは頭を下げる。言葉から所作まで完璧だ。
「……」
「おばあちゃん?」
おばあちゃんは何も言わずに固まっている。どうしたのだろう?
「ま」
「ま?」
「待っていました! あなたが、愛ちゃんかい! なんて、可愛い子なんだろ、さあ疲れたでしょ、中に上がって!」
急なおばあちゃんのテンションの爆上がりぶりに、今度は私が固まってしまう。いつものほんわかおばあちゃんはどこにいったの? あれよ、あれよという間にレオは襖の奥に消えていった。なんなのだろう、レオは人を虜にする魔法でも使えるのだろうか、使えても何も不思議ではないが。両親もすでに家に上がり、私だけが取り残されていた。
「お邪魔します」
私は靴を脱ぎ、四人の後を追うのであった。
襖の奥は広い和室の居間で、左側にはサッシ窓があり、右側には扉などはないが、奥が部屋になっており、そこはキッチンとダイニングスペースになって繋がっている。奥にさらに襖があるが、そこはおじいちゃんとおばあちゃんの寝室だ。そして、この和室の中央にはローテーブルがあり、奥の襖を背にする形で、レオは座らされている。
キッチンからおばあちゃんとお母さんが四つの茶色の液体の入ったコップとお菓子を持ってくる。おそらく、この液体は麦茶だろう、夏の風物詩の一つだ。レオの前に麦茶とお菓子が置かれる。孫と娘をそっちのけでお世話しているのは、なんとも。あの、レオが少し戸惑っているのは面白いが。というか、お父さんしっかりレオの対面に座っているあたりに引いてしまう。
ならば、私は気兼ねなくレオの隣に座らせてもらう。ここだけは誰にも譲るわけにいかない。
私がレオの左隣に座ると、レオが少し安心したのか、私に目配せする。なんて可愛い奴だ。
「今はこんなものしか出せないけど、夜は期待していいよ」
「ありがとうございます」
おばあちゃんのレオに対する献身が凄すぎる。事前に私の両親が知らせていたとはいえである。しかし、麦茶を飲む所作ですら、綺麗だ。
「あの。流石にそんなに見つめられると恥ずかしいのですが…」
私たち四人はレオの事を凝視してしまっていたらしく、レオが恥ずかしそうにしている。なんて珍しい光景だ。私は一人だけなら、きっとからかわれて終わるはずだが、流石に4人ともなると、数の暴力で押し切れるらしい。四人は、申し訳ないと言うと、視線を外す。
「そういえば、おじいちゃんは?」
おばあちゃんはいるけど、先ほどからおじいちゃんの姿が見えない。
「あの人なら今は、畑にいるから、もう少ししたら帰ってくるよ」
「そうなんだ。おばあちゃんも作業着を着てるってことは、私たちがここに来る前は、なにかやってたの?」
「午前中は一緒に作業していたけど、午後はあんたたちが来るから、いろいろと準備をね。作業着は着替えるのが、面倒でほぼこの恰好だよ。何かあったときにすぐに対応もできるからね」
「なるほど」
おじいちゃんもだが、おばあちゃんも年齢の割に足腰がとてもしっかりしている。下手すると十代の私なんかより体力がありそうだ。
夏のこの暑い時期に作業着というのも、すごいな。私なんて結構薄着な方だけど、暑くてどうにかなってしまいそうだというのに、こんなときの麦茶は本当に美味しい。
「あの、御馳走になってしまって申し訳ないのですが、荷物をまだ車から降ろしていないので、できれば降ろしたいのですが」
「ああ、すまない。すっかり忘れていたね。僕達の荷物もまだだし、行こうか」
さっきの勢いのせいですっかり忘れてしまっていた。お父さんとレオ、そして、私の三人は車に荷物を取りに向かう。
私たちの荷物はそんなに多くはない。おじいちゃんの家にはある程度の着替えの服などは何着か置いてもらっているから、必要最低限でいいのだ。
だが、レオに至っては結構大きめのキャリーケースを持ってきたときので、最初はびっくりしたが、考えればこれが普通なのだと、すぐに思い直した。だが、同時にあの大きなキャリーケースの中には一体何が入っているのか凄い気になってしまうのも、これまた普通のことだろう。
「二階にしずくがいつも使っている部屋があるから、そっちに運ぼう」
父は、レオが持っているキャリーケースを左手で持ち、レオに言う。二階には部屋がいくつかあり、その内に二つを私たち家族が使っている。昔は、あまりの部屋の広さに、一人で寝ることは怖かったのだが、今となってはきゃほーいな気分になっている。
「掃除とかはしてあるから」
二階に上がる私たちにおばあちゃんが、声を掛ける。先ほど言っていた準備というのには私たちが泊まる部屋の掃除なども含まれていたのだろう。ありがとう、おばあちゃん。レオもお礼も言い、お父さんの後に続いて二階に上がる。
二階に上がると、右側にドアがありここがお父さんとお母さんが泊まる部屋で、正面にもドアが一つ、左側は奥とその左手にドアがある。私たちが使う部屋は、奥の部屋だ。
部屋のドアノブを回してお父さんがドアを開けて中に入る。私とレオも後に続いて
中に入る。その部屋は六畳ほどの部屋で、正面に窓があり、右手奥に箪笥が一つとその横に敷き布団が二組畳んで置いてある。泊まるだけの部屋だからなのか、この部屋自体物が少ない。
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