➁
「大丈夫、愛ちゃん? 何か飲む?」
「ありがとうございます。でも、先ほど頂いたお茶がまだ残っていますので、大丈夫です」
「何か音楽でもかけるかい?それとも、ラジオが良いかな?」
「では、何かオススメがあればお願いします」
「じゃあ、僕のオススメの邦楽メドレーを聞かせてあげよう」
車内には、ひと昔前の邦楽のイントロが流れ始める。先ほどから運転しているお父さんと、助手席にいるお母さんが事あるごとにレオに対してあれこれと世話を焼こうとする。見て判る通りこの二人は、レオをとても気に入っている。それこそ、実の娘である私以上に可愛がるのだ。
今でも思い出す、始めてレオが私の家に遊びに来た時の、この二人の驚愕からの喜びようが。私は別に彼氏を家に連れてきたわけではないのに、なぜか二人は、それはもう凄かった。いや、彼氏を連れて来たことなんてないけどな! それから、一定期間ごとに次はいつ来るの?を訊かれる日々である。
そして、夏休みに入ってからすぐ、二人から母方の実家に帰省するのが毎年の恒例なのだが、そこにレオも一緒にどうかという、とんでもないことをほざき始めた。その兆候は前からあったのには気づいていた、夏休み前から頻りに、レオは夏休みにどうするのかを訊いてくるから、なんだろうとは思ったが、まさか祖父母の家に連れて行く気満々だったとは…。
先日の部活で課題を見てもらっている時に、レオに確認してみたら、私は大丈夫だけどいいの?という了解の言葉をいただいたので、
ちなみに、私の両親が歓喜の雄叫びを上げたのは言うまでもない。こんな状態の両親をレオに見られるのも恥ずかしいし、何よりおじいちゃんとおばあちゃんがどう反応するのかが怖い。
「改めて今日は誘っていただきありがとうございます。ここまで来て言うのもなんですが、私が居ても大丈夫なのでしょうか?」
レオは今日会った時も同じようにお礼を言っていたが、両親の朝のテンションとは思えないほどの勢いに圧されて、そのまま車に連れ込まれ発進してしまった。だから、一旦落ち着いた今だからこその質問だったのだろうけど。
「ノー」
「プロブレム」
いや、ほんとに止めて⁉ 普段私との会話ではそんなこと言わないし、この二人のこの息の合いようはなんなの⁉ そして、さっきからそのテンションは何⁉ もう狂気だよ!レオも少し引いてるよ。あのレオが。
「でも、本当に構わないのよ。お父さんとお母さんには事前に説明はしていて、ぜひ連れて来てって言われているから」
「そうそう。二人とも会いたがっているから、気にしなくていいよ」
「そうなんですね。なら良かったです」
「ちょっと待って。おじいちゃんとおばあちゃんはレオの事を知ってるの?」
それは初耳なんだが…。
「知っているも何も、愛ちゃんの事で何かあれば逐一報告していたから。当然知っているわよ」
「なんで⁉」
「おいおい。そんなの義務だからしょうがないだろ」
「はっ⁉」
二人はまた高笑い。何が義務なの? 私に教えてくれよ!
「義務ならしょうがないですね」
「レオ⁉」
変な悪ノリになんで乗るの! 私だけアウェーじゃん! 普通はレオがその立場のはずだよね、なんなのその適応能力の高さは。
「娘の可愛い親友の成長を報告しないのは罪だからな」
「そうね、娘の可愛い親友の成長は報告しないとね」
「そんな…ありがとうございます」
もうどっちが娘か本当に判らない。しかも、娘には可愛いを付けず、親友には付けるとはどういう了見だよ。レオもこんなママごとに付き合わないでよ。でも、可愛いな、私の親友は。
「でもさ、誘っておいてなんだけど、大丈夫なの? ご両親から向こうにこっちに来てとか、むしろご両親が帰国する予定とかなかったの?」
もうここは、無理矢理にでも真面目な方に雰囲気をもどしてやる。とはいえ、普通に気にはなっていたからレオに訊いてみる。
「それは大丈夫。どっちも帰国する予定はなかったし、私自身もこの夏休みは行くつもりはなかったから」
「でも、寂しくならないの?」
「定期的に連絡はしているから。それに、いつもしずくが遊んでくくれるから、特に寂しいとかはないかな」
「レオ…」
レオは本当に嬉しいことを言ってくれる。もう、真面目な雰囲気に戻そうとかどうでもいい。レオと一緒にいれるだけで、私も嬉しいのだから。
「そう言ってくれるのは、嬉しいけど。レオのご両親には今回のことは言ってあるよね?」
「うん。しずくのご両親が事前に話をしてくれていたから、特に反対される事はなかったから」
「うん?」
あれ今すごい言葉が飛び出してきたぞ。事前に話をしていた?
「お父さん、お母さん。レオのご両親と話をしたの?」
「当たり前でしょ。大事な娘さんをお預かりするのだから、向こうのご両親には挨拶しておかないと」
まあ、そうだよな。ちょっと焦ったが、普通そうだよな。さっきの雰囲気があるから変な勘ぐりをしてしまった。反省せねば。
「まあ、愛ちゃんが夏休みに予定がないと聞いていたから、ご両親には今回の話はしていたけどな」
「うん?それって、夏休みに入る前からってこと?」
「ああ」
「ちょっと待って。それって前からレオのご両親とは話をしていたということ?」
「当たり前でしょ。なんなら、彼らがこっちにいる時は頻繁に会って食事もしていたわよ」
「はい⁉」
初耳なんだけど! 私だって、レオのご両親とは会って会話をした回数なんて数えるほどしかないのに。なんで、娘そっちのけで、仲良くなってるの⁉
「以前食べた焼肉美味しかったです」
「はい?」
レオ、それはつまりその食事会に居たということですか! 私呼ばれてないよ! 私は、思わずレオの肩を思いっきり掴んでしまう。
「冗談だから、落ち着いて」
「ほんとうに?」
「本当だから。普通に怖い」
私はレオの両肩から手を離す。肉の恨みは恐ろしいということを覚えていた方が良いよ、レオ。
「安心しろ、しずく。獅子谷夫妻がこっちに帰ってきたら、二人も連れて行くから」
「本当、お父さん!」
「あ、ああ…」
よし、言質は獲った。これで、楽しみが増えた。絶対いい肉を食べてやる!
「愛ちゃんも、その時は遠慮せずに食べたい物を食べに行きましょう」
「はい、お願いします」
でも、なんか楽しみだな。レオのお父さんとお母さんはどっちも優しいし、今目の前にいる私の両親より、品がある。そう考えると、なんだか素の自分を出すというのは恥ずかしいな。楽しみでもあるが、きっと緊張する未来が薄っすらといやはっきりと見える、イメトレを今後しっかりしていこう。
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