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 その週の日曜日に私とレオは亀山町の桜並木を歩いていた。桜のピークは若干過ぎてしまったのか、人はまばらで桜自身を桃色から緑色に変化しつつある。


 ちなみにだが、あのラブレター騒動と私は勝手に心の中で呼んでいるが、その騒動で私が出した答えは、阿鶴先輩にあのラブレターを渡すだった。あの後私はすぐに美術部の部室に行き、猪頭に阿鶴先輩を呼んでもらった。阿鶴先輩に二人きりで話をしたいと告げると、若干先輩は戸惑っていいたが、すぐに部室にいる人達に声をかけ、隣の美術準備室に案内してくれた。そこは、例の先輩が作業して場所でもあったのだが、今はまた準備室としての役割に戻ったようだった。そこで、私はあのラブレターを渡した。


 最初、阿鶴先輩は私が先輩に対して書いた物だと勘違いして焦っていた、まあそこは私のミスなのだが、私の下駄箱に間違えて入れられていたことを説明するのは、あの先輩に申し訳ないので、先輩の下駄箱から落ちた手紙を拾い渡し忘れていたというすごく苦しい言い訳をした。そんな私の苦しい言い訳を余程必死に説明していたのだろう、阿鶴先輩は優しく表情を和らげるとありがとうと言ってくれた。なるほど、こりゃ惚れる理由にも納得。そして、一仕事終えた私は不思議探求部の部室に戻ってくると、レオが新しいコーヒーを入れてくれた。沁みるわ。


 そして、何故今私たちが亀山町の桜を見に来ているのかというと、あの絵のモデルになった桜がどれか探求しようとレオが言ったからである。すなわち部活動の一環であった。正直な話どれがあの絵のモデルになったのかは分からないとは思うが、散々部活をさぼっていたことをレオにチクチク言われたので、参加を決めた。まあ、私自身少なからず興味はあったからという気持ちもあったしね。


「レオどれがモデルになった桜か分かった?」

「そんなすぐに見つかるわけがないでしょ。しずくもしっかり探して、部長命令だよ」

「は~い」


 とは言うものの、レオ自身も真剣に探しているという雰囲気ではない。もしかしたら探すのは口実で、私と遊びたいだけでないのだろうか。現に今も桜ではなく、道に咲いているタンポポや土筆を見ているし。


「ねぇレオ」

「何? 見つけた?」

「いや、見つけてはいないけど。この前の事で疑問があるんだけど…」

「この前…ああ、しずくの恋騒動の事?」

「そんな米騒動みたいな言い方しないでよ」


 私にとってはある意味で騒動ではあった。そういえば、あの日の私のお弁当は騒動を起こしていたが、帰ってすぐに代わりに買った大福を渡したら、翌日からのお弁当はいつも通りになったので騒動は沈静化した。いや、そうではなくて、


「レオはいつあの手紙と絵を結び付けたの? 手紙の内容は部室に行ったときに始めて知ったわけでしょ。それなのに、その内容を知る前にはもう猪頭に阿鶴先輩のことを聞いてたし」

「絵について考えていた時、しずくが貰った恋文の事がずっと私の頭の中で引っ掛かっていて、私にとっての不可思議がそこに二つも存在していた」

「私がラブレターを貰うことはそんなにですか」

「すべての桜が真冬に咲くぐらいには」

「いや、もう天変地異の前触れじゃん! 私がラブレターを貰うことは地球規模であり得ないことですか!」


 私の叫びに、レオは親指をぐっと立てる。いや、ぐっじゃないよ! いい加減にしろ!


「そこで私は考えた。もし、この二つが実は関連しているのならどうだろうと。そう考えたとき、あの絵は告白する場所ないし、何かのきっかけの場所なのではと。タイトルの約束もそう考えればどこか自分を納得できた。そうすると、この絵の作者が関係していることになり、それならこの作者の伝えたいことは、伝えたい相手は誰かとなる。だから私は猪頭君に質問をした、私達のクラスの美術部は彼だけだから、ある程度の推測は立てて質問をしていたけど、その答えから私はあの答えを想像もとい創造した」

「待って、とういうことは、私の下駄箱に間違えて入れられたとういう前提であの質問をしていたわけ?」

「最初からその前提だった。天変地異が起こる事などそうそうない、なら何か間違いが起きたとしか考えられないから」

「ひどすぎるだろうが⁉」


 親友が異性からラブレターを貰う事を間違いとか言うなよ!信じろよ!そんな、私の抗議をかき消すように、授業の講義さながらにレオ先生は続ける。


「私たちの高校は下駄箱の位置は女子から始まる、その一番であるしずくは下駄箱の左上の一番上にある。もし、入れる人間が間違えて入れるとしたどんな間違いがあるかといろいろ考えてみた。そして、差出人が作者の先輩だということを考えたとき、もしかしたらあの仕様変更が何か関係があるのでないか。そして、その可能性に阿鶴先輩という該当者がいたから、あの間違いが起きたと考えたわけ」


 思考がぶっ飛びすぎて、私なんかは想像もできない。そんな考えにすらたどり着くことはないだろう。


「もし違っていたらどうするつもりだったの?」

「どうもしないよ。あの時言ったよね、選択肢を増やしただけだって、あの答えがまったく違う可能性だってあった、でもしずくはあの答えを選んだ。逆に聞くよ、しずくはどうしてあの答えを選んだの?」

「だって、レオの出した答えでしょ。信じるに決まってるでしょ」

「……」


 レオは、私の答えにキョトンしていた。そして、おもむろに笑い出した。こんなレオ久しぶりに見るぞ、どうした!ある程度笑って落ち着いたのか、息を整えると、レオは言葉を吐き始めた。


「去年の、教室が三階にある理由の件があって、すぐにその返答が返ってくるとはね。流石はしずくだね。私の頼りになる親友だ」

「でしょ」


 何が頼りになるか正直よく分かってはいないのだが、レオが私を褒めてくれるのなら甘んじて受け止めようではないか。

 そうして、再び二人で歩み始める。ここに来た本来の目的を忘れてはいけない、私たちは部活動をしているのだ、などと今更ながら感が否めないが。そうしていると、前方から一組の男女が歩いてきた。私は、その男女を知っている、いや正確には彼女の方を、だが。その彼女の方も私に気が付いて、軽く手を振って通り過ぎる。それに気が付いた私も応えるように軽く頭を下げる。どうやら、


「レオの答えが真実だったみたい」

「しずくが選んだからこその答えだよ」


 レオは阿鶴先輩とは面識はないはずなのだが、さっきの反応で気が付いたらしい。やはり、私の親友は頼りになるし、信じられる。どうやら、目的の物も恐らくではあるがこの先にありそうだ。


 桜が桃色から緑色に変わり、春が夏に向けての準備を始めている。結局私の春は今年も恋の花が咲くことはなく、夏に向かうらしい。まあ、隣を歩く親友と一緒にこうして部活動をするのもまた青春、こういう春もいいか!

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