⑮

「でもさ、確かにその仕様は今年度からだけど、それを先輩が知らなかったなんてことなんてあるの?」

「これが決まったのはそれこそ三学期になって結構経ってからだった、その頃にはすでに去年の三年生は自由登校になっていて、学校に来ている人はほとんどいなかった。その情報を知りえた可能性は低いと考えていいと思う。先輩はそれを知らずに想い人の下駄箱と勘違いして恋文を出した」

「えっ、待って……ということはその想い人は、今私が使っている下駄箱の去年の使用者の人ってことだよね」

「その通り」


 去年の使用者、つまりその人は去年二年生で、今年は三年生の人。その人が、この手紙を本来受け取る人だった。


「ちなみにその人が誰かももう判っているよ」

「えっ!」


 ちょっと待って分かっている⁉ 今までの話を総合して考えてみても、分かることなど、一つは現三年生だということ、二つ目はその相手が美術部の部員であるということだ。その考えが合っているかは下駄箱を確認すればいいだけの話だ。しかし、その答えにたどり着いたのは今なのだ。たった今である。それなのに、レオにはその人が誰か見当がついていると言っている。それはいったい、


「誰なの⁉」


 私は思わず机から若干身を乗り出しながらレオに迫る。そんな、私の額をレオは指先で軽く小突いてくる。


「ちょっとは落ち着いてしすく、怖いよ」

「私は少し痛いよ。止めるにしてももうちょっとやり方があると思うけど…」

「この前読んだ小説で、似たようなやり方があったから試してみたくなったから、つい。惚れた?」

「今の流れから、惚れるなんて言葉がどうしてでてくるの…」

「うん。落ち着いたね」

「いや、呆れた」


 私の勢いはすっかり止められてしまった。まあ、私も少し冷静じゃなかったのは本当だし、いいか。いいのか?


「しずくはその相手の人が気になるのは当然だと思う。けど、恋文の場所と同じでしずくはその相手の事を知っているよ」

「えっ⁉」


 落ち着いていたのだが、更なる衝撃が私に襲い掛かる。でも、私には美術部の先輩で知り合いなどはいない。いったいどこで知ったのだろう。そう考えて、思い返してみると頭の隅で何か引っかかるものを感じた。はて? 一体何だろう?


「しずくは、猪頭君との会話を忘れたの?」

「忘れた」

「……」

「冗談だよ」


 だから、そんな目で私を見ないで。しかし、奴との会話が重要なのか。いや、考えてみれば美術部の情報はほぼ奴からの情報だ。そう思い、振り返ってみるとこの引っ掛かりの正体が見えてきた。レオが奴に対していた最後の質問である。その時のことを思い出した、いや本当に忘れていたわけでは断じてない、そう断じて。


『ありがとう、じゃあ、最後に一つ…』

『何?』

『美術部の現三年生で名字が、あ行から始まる先輩はいる?』

『それはどういう…』

『いるのか、いないのか、どっち?』

『一人だけいるけど…』

『その人の名前は?』

阿鶴泉あつるいずみ先輩、今の美術部の部長だよ』


 そんなやり取りが猪頭とあった。しかし、あの時の私はその質問の意図がよく分からなかった。それは、猪頭も同じだろう。だって、今までかの約束の作者についての質問が主だったのに最後の質問がその先輩のことではなく、今の美術部員、それも変な指定までして。でも、今までの流れから考えると、つまり、


「先輩の相手がその阿鶴先輩ってことだよね」

「Exactly」

「なぜ英語?」

「変化が必要かと」

「いや、言葉の味変はいらないから」

「しずく、言葉の味変って何?」

「……」

「……」

「流石のしずくも疲れが出てきてしまったか」

「だったら、私にツッコミを入れさせるようなことさせないでよ!」


 ただでさえ、頭が混乱しているのに、これ以上私をかき乱すことはしないで!しかも、変な方法で! 運動をしたわけでもないのに、なんでこんなに疲れねばならない、理不尽だ。


「ごめんね、本当に」

「謝るくらいならもうしないで」

「それは、無理」

「…ああ、もう分かったよ。判ったから話を先に進めて」


 じゃないと本当に話が進まない、脱線してばかりで、一向に目的駅に着かない。私は、コーヒーを飲みながらレオに先を促した。レオも紅茶を飲み、言葉を出す。


「この恋文の相手は阿鶴先輩だった。そう考えれば、何故しずくの下駄箱に誤って入れられてしまったのかが分かる。下駄箱の仕様の変更がなければ、今年もあの下駄箱は阿鶴先輩が使っているはずだったのだから」

「ちょっと待って。阿鶴先輩があの下駄箱を去年使っていたってレオはどうして分かるの?」

「しずくの出席番号は?」

「女子で一番だけど…」


 だから、去年は遅刻してしまうと一発で先生にまるわかりなのだ。


「下駄箱は出席番号で割り振られている。その番号は名字のあから若い順になっている。しずくはその中でも一番、トップ、頭、となると当然去年の使用者の先輩もあ行だということが分かる」


 普通一番でいいと思うのだが、頭って何よ。


「だから、猪頭に質問した内容がああいう聞き方だったのね」

「そう。正直あの質問で該当の人物が複数いたらどうしようかと思ったけど、一人だけだったから確信できたよ」

「じゃあ、当然あの先輩の言葉の意味も判っているんだよね?」


 そう、レオがずっと気にしていた先輩が壇上で放ったあの言葉、


 未来の為に


 あの言葉から始まった気がする。レオもずっと気にしていたみたいだし。


「そうだね。あの言葉がなければ私もここまで結びつくことはなかった。そう意味ではあの言葉はきっかけセリフのようなものだとも考えられる。かつ、あの言葉と手紙を結び付けやすくするためとも取れる」

「ってことは、あの言葉は手紙の桜模様の同じように導く役割だったってこと?」

「それもあるし、他にもあるのかも」

「他?」

「先輩がスランプだったって話は覚えている?」

「モチのロン」


 流石にそのことまでは忘れてはおりませんよ。


「スランプだった先輩がもう一度絵を描き始めたのは、亀山町の桜を見に行った頃だった、恐らくだけどその時に阿鶴先輩との間に何かあったのではないかと思う。例えば、あのモデルになった桜のところで約束をした、絵を描き上げるという未来を」

「だから、絵のタイトルが約束だった」

「そこまでは分からないけど、未来も約束もどちらも先の事を指し示す言葉。けど可能性の話」

「もしかしたら、先輩が阿鶴先輩と恋人になる未来を指していたのかもよ」


 レオは私言葉に一瞬虚を突かれたのか、キョトンとしていたが、すぐにその顔が笑みに変わる。


「あっ!」


 私の急な声にレオの体がビクッと揺れる。そして、どうしたのと私に視線で問いかける。


「いや、差出人も受取人も分かったのなら、この恋文をちゃんと阿鶴先輩に渡さないと」


 そういって、私は机に置いてある手紙に手を伸ばすが、それを止めるかのようにレオの手が先に手紙の上に置かれる。


「レオ?」

「しずく、ここまで話をしておいてあれだけど、今までの話が正解とは限らない」

「…?」


 何を言っているのかが私には分からなかった。正解ではないというのならば、他に何があるというのか。


「確かに、私はある一つの答えを出した。しかし、それはすべて想像に等しい。確かな証拠は何一つないから」

「そんなこと言い出したら、結局このラブレターの正体が分からないままだよ」

「そう。この恋文はただの悪戯の可能性も、もしかしたら本当にしずくに対して送られてきたものかもしれない、しすくが分からないだけでね」

「何それ。じゃあ、今までの事は何だったの!」

「無責任な話だけど、私は選択肢を増やしただけでしかない」

「だったら…」


 レオは私の言葉を上書きするかのように、重ねる。


「ここからは、しずくがどの真実を選ぶのかを選択しなければならない」

「えっ」

「一つは悪戯と思い、この手紙を処分するか。一つは、自分に送られてきたものだと思いもう一度考えるか。一つは、先に私が出した答えを信じて、阿鶴先輩に渡すか。これは、その手紙を受け取ったしずくにしか選べない」

「……」


 私が選択しなければならない。だが、正直な話をするならば私はもうすでに答えを選択していたのだ。あんな大声を張り上げておきながらであるが。

 そして、私はレオに自分が選択した答えを告げる。レオはそんな私の答えを選ぶと確信していたのだろう。


 軽く微笑んだ。

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