⑭

「でも、だとするとやっぱりおかしいよ! だって、私はその作者の先輩を知らない。ましてや、あの絵のモデルになっている場所にも心当たりすらない」


 そうだ、私には何の接点もないのだ。私は、美術部ではない、その先輩の友達でもなんでもない。仮に、向こうの一目ぼれで私にラブレターを出したのなら、もっと分かりやすくするはずである。そうでなければ、何も伝わらない、伝わるはずがない。このラブレターは本当私にあてたものなの…?

 私の思考はどんどん沼にはまっていくように、思考が沈んでいく。朝見たときには、輝いていた物が、何か別の物に見えてくる。


「しずく」


 そんな、沼に沈んでいく私をレオは軽々と掬い上げてしまう。そんな、声色だった。そうだ、いつもレオは私を救ってくれる。


「その集中力を少しは勉強に活かせれば、なんて残念」


 救うどころか、さらに沈めにかかった、生かす気がなかった…って、


「い、ま、は、関係ないでしょ!私は真剣に悩んでいるのに!」


 流石にちょっとだけ、頭にきてしまい、声にも怒気が含まれてしまう。

 そんな、私の勢いもどこ吹く風で受け流し、紅茶を飲む。そして、視線でしずくもコーヒー飲んだらと訴えってくる。もう、私は真剣なのに。とりあえず、コップに口を付ける。すでに冷めてアイスコーヒーになっていたが、これはこれで頭が覚める。少しだけ落ち着いてきた。


「しずくが落ち着きを取り戻したところで、さっきの疑問に答えていこうか。どうして、先輩がしずくをあの場所に呼び出す恋文を出したのかを」

「……」

「しずくはもう、うすうす感じているのだと思うのだけれど…はっきり言うね。この恋文はしずくに向けて書かれたものではない」


 レオの言葉に驚きはあまりなかった。話を聞き、聞けば聞くほど、この手紙は私に対してのものではないと分かってしまう、分からされてしまう。だが、そうなると…。


「どうして、この手紙は私の下駄箱に入っていたのかな?Xもといあの先輩が入れる下駄箱を間違えたとか…そんなわけないよね。だって今までの話からこの先輩はすごい考える人みたいだし、そんな慎重な人物がまさか漫画や小説みたいな間違いするわけが…」

「間違えたと思う」

「……」


 そんなことがあった。漫画や小説のような間違いが理由で私はこんな一喜一憂していたのか、踊らされていたのか。あんな凝ったもとい面倒くさいことをした人とは思えないほどである。思わず頭を抱えてしまった。私が間違えたわけではないのに…。


「なんで、そんな間違いするかな…」

「確かに先輩は出す相手を間違えた。でも、それはただの間違いというわけでもない」

「どういうこと?」


 頭を抱えていた私はレオの言葉に顔を上げる。ただの間違えではないとはどういうことなのだろう。


「ここまでの話から、先輩は相当に考えて行動していたはず。それは、最後の恋文を出すところでも同様だったと考えられる。それなのに何故、しずくの下駄箱にその恋文を入れてしまったのか。それは、先輩が卒業生で、その先輩の想い人が在校生だったということが関係している」

「余計にわけが判らないのだけど…」


 それがどう関係して、私の下駄箱に誤投函されたのだというのか。卒業生とはいって最近まで、立派な在校生であったのに…。


「もし、先輩が卒業前に恋文を出していれば、こんな悲劇は起きなかった」

「いや、悲劇って……」


 それは、言い過ぎでは…ないな。実際、私にとってもその先輩にとっても悲劇以外のなにものでもない。でも、なんで先輩が卒業してしまったから、今回の惨劇は起きたのだろう。いやいや、さらにひどくしてどうするのだ、私。


「その、さん…悲劇はどうして起きたの?」


 あぶない、あぶない。危うく思っていることを口走ってしまうところだった。


「惨劇が起きた理由は……」

「待って、惨劇は起きてないから」

「でも、しずくが悲劇から惨劇に塗り替えようとしていたから。まあ、しずくにとっては恋文を貰って、始まりかけていた高校生活すべての青春を全て刈り取られて捨てられたようなものだから。結果惨劇になってしまうのは仕方ないかなって」

「ふざけただけだから!というか、青春を全て刈り取られたってなに⁉このラブレターだけが私のすべてってことなの⁉そんなわけないでしょ!まだこれからもあるかもしれないでしょうが!」

「まあまあ」


 そう言いながら、いつの間にか空になっていた私のコップに新たなコーヒーのおかわりを用意して、私の前にそのコップを差し出す。


「ありがと……じゃなくて!」

「いっぱい叫んだから、喉を潤おさないと」

「うん」


 私は素直にコップに口を付ける。うん、この苦みの中にあるほんのりとした甘さがまた区別だ。


「さて、しずくも落ち着いたことだし、話を元に戻そうか」

「きっかけは私でも、それ以上にふざけるのはレオだけどね」

「戻すと」


 強引過ぎる。こうなったらもう白旗を上げるしかない。どうぞという風に手でジェスチャーする。


「今回どうしてこの間違いが発生したのか…それは、先輩が卒業してしまったが為に、ある事実を知ることができなかったからだと、私は考えている」

「ある事実?」

「それは昇降口の仕様が変わっていた事」

「それって、下駄箱を使用する、それぞれの学年が今まで固定だったのが、今年度から移動する事になったやつだよね?」

「そう。その結果が今のこの状況を作り出している」


 下駄箱の仕様変更。それは、今年度から私たちの学校で新しく変わったものの一つだ。私たちの学校は学年が繰り上がるたびにクラス替えが無い、珍しい学校である。正直つまらんと私は入学した時すぐに思ったものだが、今ではその考えはない。慣れてしまえば、どうということはなかったからである。その関係からからは分からないが、今までは下駄箱は、三年間変わることはなかったのだが、何があったのかは定かではないが、今年度からその不動が変動して、一年毎に移動していくものに変わったのだ。


 去年までは、昇降口から入って向かって左側が一年生、真ん中が二年生、右側が三年生だったのだが、今年度からは右から左へ移動する。つまり、今の下駄箱の使用学年は左から三年生、二年生、一年生という風になっている。この仕様になる時に、教室の位置問題の話をしたこともあってレオに私の遅刻のせいで、一年生が遅刻しないようにさらに教室から遠ざけられてしまったなどとからかわれたっけ。本当にひどい話だ、私一人のそんなことで学校のルールなど変わるものか!

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