⑨

 猪頭に対しての尋問もとい質問タイムが終わり私たちは部室に行くために、部室棟の階段を昇っていた。部室棟は教室がある西校舎さらに西にある。そこに行くために渡り廊下が西校舎の一階にある。つまり、西校舎の階段を昇らずに、その奥を直進するのである。


 この部室棟は三階建てで、各階に八畳ほどの部屋が五つとトイレが奥の北側にあるのだが、この部室棟は主に文化部が部室として使用している…というか、部員があまりいない部活に割り振られていると言った方が正しいか。活動自体が小規模でその部屋だけでなんとかなる部活動がこの部室棟、俗称魔窟である。


 なぜ魔窟なのかというと、ここに入っている部活動がどれも変わっている、その一言に尽きるからである。なので、一般的に世間に認知されている部活動に所属している面々から見ればよく分からない集団がいるところ、だから魔窟という俗称で呼ばれている。そんな魔窟の三階のトイレ横の部屋、つまり一番奥の部屋が我々の部室がある。三階まで昇り、左に曲がり、部室を目指す。今日はどこの部室も人がいないのか静かで、私たちの足音だけがしている。そして、私たちは目的地に到着した。


 不思議探求部ふしぎたんきゅうぶ


 それが、この部屋の持ち主たちの所属している部活の名称である。しかし、何度考えてもいったい何をする部活なのか分からないことこの上ない。正直この部の名前を聞いた時、絶対に存在自体認められるはずがないと思っていたが、こうして存在が認められているのは本当に不思議でしょうがない。そのことをいの一番に探求するべきではないだろうか。まあ、それを探求しようとは思わないが…怖いしね。


 そんな不思議な部活の部室の扉を開くと、室内は至って普通である、このギャップもまた不思議である。まあ、これは不思議ではないか。室内は、部屋の真ん中に長机があり、向かい合わせになるようにパイプ椅子が二脚置いてある。そして、部屋の奥、西側の窓の両隣には本棚が設置してあり、本がぎっしりと入っている。本はすべてレオの趣味である。その種類に一貫性はなく、私にはちんぷんかんぷんのものが多い。前にオススメはあるかと聞いてみたところ、月のカーテンという絵本を渡された。子供扱いされたと思い、抗議をしたがレオは、怒るならちゃんと読んでから言って、とそう言われてさらに抗議の言葉を上げようと思ったが、レオの言葉にはふざけは感じられなかったので、私はその日、部室で絵本を読んだ。


 そして、感動した。絵本とはこんなにも奥の深いものだったのかと改めて知った。そのことをレオに言うと、とてつもないドヤ顔を返された。


 そんなこともあってか、レオのオススメには絶対の信頼を寄せている。とはいうもののこの部室に来るのが久しぶり過ぎて、本棚の本のラインナップが増えている!    

 あとで何かオススメを聞こう。さらに入って、左側にはハンガーラックがあり上着などを掛けられるようになっている。右側には一人暮らしなどで置いてあるであろうサイズの冷蔵庫とその上には電気ケトルとインスタントコーヒーの瓶と紅茶のティーパック、スティックシュガーの束が入った箱、紙コップのタワーがある。ちなみにコーヒーは私用、紅茶はレオ用である。

 

 さてここで一つの疑問が生じてしまう。全ての生命の源でもある水はどうしているのかという問題があるのだが、宅配サービスよろしく、レオが料理研究部と契約して、週に月曜日と水曜日に二ℓのペットボトル二本届けて貰っている。いったいどんな契約を交わしたのか探求することは控えよう、怖いから。君子危うきに近寄らず、である。


 部室に入った私はパイプ椅子を引き座る。私が入口から向かって左側に座り、レオは右側に座る。私たちはいつも決まってこの席に座っている、特に二人で話し合った訳ではないが、気が付いたらこの形に落ち着いていた。ただ、早々に座った私と違い、レオは冷蔵庫から料理研究部から仕入れたペットボトルを取り出す。そして、そのペットボトルのキャップを外し、冷蔵庫の上にある電気ケトルに入れる。


「ありがとう。ごめんね、気が利かなくて…」

「別にいいよ。私が、飲みたかったからついでだし。コーヒーでいいよね」

「うん」


 ケトルのスイッチを入れ、紙コップのタワーから二つ取り出すと、一つにコーヒーの粉末を、もう一つには紅茶のティーパックを入れる。


「砂糖はいつも通り?」

「二つでお願いします」


 レオは、束から二つ取り出す。コーヒーは嗜むが私にブラックは合わないのだ。苦さのどこが良いのか、甘い方がおいしいと思うのだが…。


「ほんと何から何までありがとね」

「大丈夫。しずくは滅多に部室に来ないから、勝手が分からないでしょ」

「……」


 レオの言葉には甘さはなく、私の心に苦みをもたらした。レオさん、私が部活に顔を出さないこと結構怒ってます? 私は極力部室に来ることを決心した。


「さて、じゃあ沸くまでかかるから、まずはしずくの話を聞こうかな」


 言いながらレオが目の前に座る。そうだった、さっきの教室での事や今のやり取りで頭の中から消えかかっていたが、それが本題だった。


「これを見て欲しいんだけど…」


 私は足元に置いた自分の鞄から例の手紙を取り出し、レオに渡す。受け取ったレオは、見てもいいの?という目で私を見てきたので、頷く。その意思を読み取ったレオは手紙の中身を確認する。


「あの場所で…」


 レオは、聞こえるのか聞こえないぐらいの声で口にする。まるで自分に言い聞かせるかのように。


「確認するけど、手紙に書かれている場所に心当たりはある?」

「あったら、今私はこの場所にいないと思う」

「だよね」


 レオは手紙を見た後、封筒の方も確認する。


「手紙の内容はこの言葉だけ、封筒の方にも宛名や差出人の名前すらない…」


 そう、私もお昼に初めて見たときは本当に驚いた。謎だけが深まるばかりで、本当にラブレターなのかも怪しく思えてしまう。


「ただ、イタズラと考えるにしても、この内容は奇妙だと思う」

「だよね」


 この手紙を見て、私もイタズラかと思った。けど、からかうにしては情報が少なすぎるのだ。例えば、手紙の内容があからさまにこちらを騙すことを目的とした考えの言葉だったりするとか、明確に分かりやすい場所を指定して来るように仕向けて、その場所に現れたところでネタ晴らしするとか、典型的ではあるが、そういうものだと思うのだが…この手紙にはそれらが感じられないし、何より言葉が指し示す意図がこちらに届いていないのだ。


「だとすると、この手紙はしっかりとした意味があるものと考えるべきだと思う。そう仮定して考えていくべきだと思う」

「でも、そう考えるにしても情報が無さすぎるよ」

「そうでもない」

「えっ?」


 レオの言葉にマヌケな声が出る。いやだって、意味の判らない言葉のほかになにがあるの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る