④
時間は一定に刻むが、人によって時間の感じ方は様々だ。退屈だと思う時間は長く感じ、何かに対して集中していたりしていると時間はあっという間に過ぎ去っていく。今日の私にとっては後者である。午前の授業は上の空だったのはいうまでもない。そのせいで現代文の授業である作品の文章を読むように言われたが、体は教室にあっても心ここにあらず状態だったので、慌てたのは言うまでもない。クラスのみんなには笑われるし、レオには呆れられたが私はその羞恥を上回るほどのものが待っていると思うと、そのことすらあっという間に過ぎ去った。ラブレター恐ろしい子。
午前最後の授業終了を報せるチャイムが鳴ると私は、一緒に食べようと誘ってくれた友人に断りの言葉を言うと、鞄を持って一目散に教室を出た。
私の通う学校では実習室は基本的に施錠されないが、一部の教室は施錠されている。その中でも、施錠されていなくて人がまったく来ないところを私は知っている。やはり、ラブレターを読むならば人のいないところでというのは礼儀だろう。
目的の場所に着いた、被服室。家庭科の授業で使用する教室だ。一見人がいそうな教室ではあるが、その実ここは穴場のなかの穴場なのである。何故この教室が穴場なのかというと、基本実習室は東側の校舎にある、しかし、この被服室は一階にあり、職員室とトイレの間に存在している、つまりこの被服室は看守が職員室とトイレに行くときに必ず前を通るのである。それゆえ、ここで休み時間を過ごそうという人はあまりいないのである。ちなみに一番人気は三階の予備実習室という教室である。人気過ぎて普通に一クラスの人数分がその教室に集まる。ならいっそもう教室で良いのではと思わなくもないのだが、まあそこは人それぞれだろう。
そんなことよりも私には、今やらなければいけない事があるのだ。私は鞄の中から例のブツを出す。いやそれだと物騒に思えるが、いや私にとっては物騒な代物に違いはないのだけれども。このラブレターは。しかし、なぜただ封を切るだけでこんなにも緊張するのだろうか、こんな何も書いていない只の封筒に…うん?
「何も書いてない、宛名みたいなものも?」
あれ、こういうのって普通宛名的なものが書かれているものではないのか。貰ったことないから判らんが。見れば見るほど怪しくなってしまう。どうしよう。
「で、でもまだこれがラブレターである可能性もあるはず。ここで開けなくて私の未来の王子様に会えなくて後悔するわけにはいかない」
そうだよ、ここで自ら未来を閉ざすの? 否、断じて否。私は未来を手に入れてやる。そう意気込んで私は封筒の封を切った。
「……うん?」
封筒の中身は二つ折りになった桜模様の便箋が入っていた。それは、まあそうなのだろうが、問題はその中身だった。
あの場所で
「どういうこと?」
そこには私の期待していた言葉はなかった。私の名前も好意を仄めかすような言葉はなく、先ほどの不安がぶり返してきた。結局このラブレターはイタズラだったのだろうか。私はからかわれたのだろうか。糠喜びもいいところだ。
「はぁ、私の未来が……」
しかし、冷静になって考えてみるといったい誰が何のために、こんなことをしたのだろうか。しかもなぜ私に対してしたのか謎だ。そう考え出すと、不意にこの手紙、もうラブレターとは言わない、少なくとも私にとっては。この手紙のこの言葉はどういう意味なのだろうか。あの場所で、この言葉は何を意味しているのか。ただのイタズラにしては意味が不明だと思う。イタズラな手紙の内容こそがオチだろうに、その部分をこんな風に意味不明にしてしまっては騙す意味がないのではないか。現に私は意味が分からなすぎて困惑している。まあ、これが狙いだとするのならば成功だが。
「あの場所ってことは、どこかで待っているということ……だよね」
そう、仮にイタズラであろうとなかろうと、この差出人はある場所で待っているという意味で捉えることができる。しかし、重要なのがその場所が私には皆目見当がつかない。
「どうせ書くなら具体的な事を書きなさいよ。変に気取りやがって」
あまりにも意味が分からなすぎて口調も乱暴になってしまった。いやだってラブレターだと思っていたのに、蓋を開けたらこれですよ、私の乙女心を返せよと思う。まったく今日はずっと私の乙女心はかき乱されてばかりだ。どうすればいいのだろう、私一人ではとてもこの意味不明なモノに対する答えがでない。とりあえずは……。
「腹が減っては戦はできぬ、だよね」
そう今はお昼休みなのだ、ならばお腹を満たさなければなるまい。さあ今日のお弁当の中身はなんだろうか、内容によってはこの戦勝てるかもしれない。まあ、別に戦ではないのだけれども……しかし、恋はある種の戦争だと何かで聞いたことがある、ならあながち間違いでもないか。そして、私は弁当箱のふたを開ける。
中身は、白米とのりだけだった。いわゆるのり弁だった。ただ普通ののり弁とは違い、のりは綺麗に加工されていた。
罰
その言葉はのりで作られていた。お母さんがノリで作ったにしては言葉が物騒だ。そういえば、昨日お母さんに内緒でお母さんの大事な季節限定の桜餅を内緒で胃袋に収納していた。朝、いつも通りだったからバレてはいないと思っていたが、めちゃくちゃ怒っていらっしゃった。やれやれ、今日は開けるもの全てが災厄だな。ほんと、最悪だ!
ちなみに、お弁当はしっかりと美味しく頂きました。
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