③
私達の学校は昇降口から校舎に入ると東西に廊下が分かれている。西側は各学年の教室がある西校舎。東側は職員室や実習室などがある東校舎になっている。西校舎の方に少し進と階段が、その北側から三年生の教室があるエリアにさらに分かれている。レオが言っているのは、昇降口から階段と三年生の教室に分かれるところの間にある廊下の事を言っているのだろう。だが、その廊下の壁に絵なんてあっただろうか? ただでさえちょっとした仕様変更が昇降口にあってそっちの方にばかり気を取られていたのだが。
「ちゃんと周りを観察するぐらいの余裕は持っておくべき。先週の金曜日に全校集会で紹介されていた卒業生がいたでしょ」
「ああ、あったね。帰れると思ったのにいきなり全校集会って言われてがっかりしたから覚えているよ。で、その卒業生がどう関係しているの?」
「先週の事なのに……。まあ、しずくらしいと言えばらしいのかな」
やれやれと言わんばかりの態度を隠そうともしない。ちょっとレオさんそれは失礼過ぎやしませんか、いや覚えてないから言葉にはしないけど。
「去年の三年生の美術部の方が賞を受賞したことに対しての報告だった。そして、その賞を獲った絵がさっき言った場所に飾られている」
「ああ、思い出したよ。確か快挙だとか言って校長がすごく長々と語っていた、あれか」
「思い出してくれて何より」
そう、校長の話があまりにも自分のことのように言うから、お前が獲ったわけじゃないだろって心の中でツッコミを入れていたな。
「校長の話が長い事は否定しないけど、実際絵自体はすごいと思った。なんというかあの絵には製作者の心そのものが表現されている、そんな気持ちが湧いてきた」
「レオがそんな風に言うなんて、よっぽどだね。私あまり分からないから全然見てなかったよ」
「だと思って聞いてみたの。一度見てみるといいよ。感じるままに楽しむのが芸術の面白いところだから。しずくみたいな素直な人は特にね」
「そうかな」
レオがそう言うなら見てみよう。絵のことは正直な話よく分からないが、そこまで言われたら気になってしまう。まあ、そうは思っても今はそれよりも気になることがあるので、見るとするならばそちらが先だ。何を置いても優先されるものが私の鞄の中に入っているのだから。
「絵の事もそうだけど、私はあの先輩が壇上で言った事の方が気にはなったかな」
「何か気になること言ったの?」
はて、私にはとんと引っ掛かりはないですね。
「覚えてないでしょ」
その通り。
「あの先輩は一通りの謝辞を述べると、最後に絵について彼は一言言った」
「なんて?」
「未来の為」
「未来の為?」
「そう。その言葉の意味は正直判らない。発言した本人もそこで壇上を降りてしまったから、その発言の答え合わせがなされることはなかった」
え、どういう意味だろうか? そもそも絵のことなのにその答えはよく分からない。そこはテーマとか絵の制作に対しての感想を述べるところではないのだろうか。金曜日の私が興味を覚えず、今の私が覚えていないのも納得である。でも、レオの顔を見ると私とは違いとても絵になる表情で考えているのが見て取れた。いや、冗談抜きで綺麗過ぎなんですけど、私の親友。ちょっとは考えてみますか、うん。
「例えばだけど、その発言は後輩たちの為ってことはないかな」
「後輩たちの為?」
「そう。美術部の後輩に向けてのエールみたいなものとか」
「つまり、こういうこと。僕は部活動で結果を残す事ができました。あなたたちも頑張って描き続けていれば、大丈夫です。というような感じのことを言いたかった、ということ?」
「まあ、そんな感じかな」
帰宅部でもある私には後輩の為を想ってなんてことは想像できない。友人から聞いた話では引退した先輩がちょくちょく部活に顔を出しては、後輩の為にアドバイスしたりするらしい。それと似たようなものではないだろうか。レオは私の言葉を聞き少し思案したかと思うと。
「確かにその可能性は否定できない」
「えっ」
驚いた。てっきり違うよとか言われるかと思ったから認められるなんて。
「でも…」
あ、続きがあるのですね。
「あの絵は部活動で描き上げたもの。未来という言葉が部活動のことを指しているのなら、あの絵が賞を獲ったことで、後輩にも可能性があるということを残し、やる気を向上させ美術部全体の底上げを促した」
「レオ?」
あれ、反論のようなものじゃないの?私の考えをなんか補填するようなことをしていない。でも…、なんて言うからてっきり…。
「だったら、なんでもっと直接的な言葉にしなかったのだろうか。そういう人物だったから。だとしても、あの絵はいったい」
「レオさん?」
これは絶対私の話聞いてないでしょ。思考が外に駄々洩れだ、レオはたまにというかよくか、こうやって一度考え出すと止まらない。意識が内に向かい外に対する意識が無くなってしまうのだ。やれやれ、じゃあいつも通りの方法でいきますか。私は手を振り上げ…。
「てい」
振り上げた手を、手刀といって差し支えないが、レオの頭に振り落とした。もちろん峰内で、それは冗談ではあるが加減はしている。因みにその角度は斜め四十五度がポイントだ。なぜかは分からない。前に同じようにレオを直したときに彼女本人からこの角度でとリクエストがあったからだ。
「戻ってきた?」
「意識がなくなるかと思った」
いや、手加減はしているからね。刈り取るような強さはないし、なんだったら振るった私の方がダメージを受けています。
「考え込むのはいいけど、こんなところで止めてよ。それで、何か分かったの?」
「分かったというか、考えてみたけど。しずくの考えはありかなしかで言えばあると思う。けど、私にはそうは感じることができなかった」
「そのこころは?」
「まず、後輩や部活のことを考えての場合ならあんな抽象的な発言することではないと思う。もっと直接的に激励の言葉を掛けてあげるべき」
「その人が性格的に内気だったとか。だから、直接的な事を言うことは控えたとか」
「こころにもないことを」
咄嗟にでた私の言葉をばっさり切る。いや、確かに深く考えての発言ではないけれどもそこまで一刀両断しますか、レオさんや。
「そんな不満そうな顔しないで、実際しずくだって思っているわけじゃないでしょ」
「そうだけど」
「内気な人なら、なおの事あんなことは言うとは思えない。むしろ、もっと型どおりの言葉になると思う」
「でも、レオの主観だよね、それ」
「確かに、私の主観ではある。でも、しずくだってそう思っている、違う?」
「それはそうだけど…じゃあ」
「性格的な事からの発言ではないとするなら…」
「あの、レオ」
「あの言葉には本人の明確な意図があったはず…」
「だからね」
「それに…」
うん。まただ。じゃあ、角度をしっかりとつけて。ゴンなどと物騒な音がするはずもない。だからレオそう恨みがましく私を見ないでよ。その視線が痛い。私だって痛い、主に手が。
「また意識を刈り取られるところだった」
「私の手刀にそこまでの威力はないよ」
「とんだ鈍らだ」
おやおや。そういうことを言ってしまいますか。じゃあ抜きますか、容赦なく。本当に意識を刈り取ってあげますよ。ふふふ…じゃなくて!
「レオの話を聞きたいところだけど、いつまでもこんな場所で話をしてないで教室に行こう」
「確かに」
階段の踊り場で話し込んでいたことを思い出したのか、階段を昇り始める。やれやれ、あのまま続いていたらどうなっていたことか、他の生徒には変な視線を向けられるし、なんだったらまた遅刻するところだった。私は、レオの後に続いて階段を昇る。でも、レオはどうしてそんなにこの件を気にするのだろうか、分からない。正直私はそれどころではないのですが、この鞄の中にある手紙のことがあるから。
早く開けたいよ! 私にも春を知らせる便りがくるとは、想像しただけで心臓の鼓動が早くなってしまっているのは、しょうがない事だ。
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