第28話 白光と赤禍
「もう一発ッ!」
ドラクは返す刀で白光の剣を振り降ろす。
しかし今度は切っ先が触れないギリギリのところで身を躱されてしまい、勢いのまま触れた地面をほんの少し灰化させるに留まった。
「ドラク! また来るわよ!」
「!!??」
声でハッとしたドラクが視線を戻すと、ヴラドが自身の周囲に赤黒い影の剣を生成しながら迫ってくる姿があった。
エルザが光条を放ってはいるが影の剣による迎撃と、使えなくなった左足を補うように両手を用いた回避によってかすりさえしない。
左足が使えない状態で突っ込んでくるとは思わなかったが、ドラクはすぐさま白光の剣を構え直してヴラドを迎え撃つ。
剣の間合いに入った彼は周囲に生成した影の剣を円環状に浮遊させてドラクを斬りつけた。
「ぐッ……!」
白光の剣はヴラドの剣を受け止めるや、すぐに崩壊させていく。しかし連続する衝撃によってドラクの防御が崩れ始めていた。
それを見かねたエルザが光条を放って援護するも、赤黒い影の剣によって相殺され、次弾はヴラドが上手く射線上にドラクを置く位置取りをしたため放てなかった。
その隙に影の剣の連撃がドラクの剣を打ち砕き、同時に空中の剣を手に取ったヴラドが彼の胸部に刺突を放った。
「がッ……!」
黒茨を纏った右手でそれを弾き、しかし往なしきれずに左の肩口を掠めてしまう。
追撃を回避するため後方に跳躍した瞬間、ドラクの腹部に強烈な蹴りが命中した。
視界の隅に映ったヴラドは左手を地面について軸足の代わりとし、右脚の蹴りを放ってきたらしい。
その一撃に吐血しながら吹き飛ぶドラクを追うように、赤黒い影の剣が降り注ぐ。
それがドラクを穿つ直前、彼の身体が何かに激突して停止した。
そして眼前に盾の如く紅の炎が噴出して視界を遮った。
壁のように燃えさかる紅炎は、迫ってきていた赤黒い影の剣に触れると一瞬で燃やし尽くした。
「いっっっっっって~~~!!! 骨はまだ砕けたまんまかよ!」
激闘の場にそぐわない声はドラクの背後から聞こえてきた。
「「ヴァン!!」」
そこにいた人物を認識したドラクとエルザは、声を揃えて彼の名を叫んだ。
レヴロトルムとの決着後よりはいくらかマシだが、満身創痍の彼は不敵な笑みを浮かべて二人に応答した。
「おう! 身体が動くようになったから駆けつけたぜ!」
「三対一は骨が折れるね。まずボロボロのキミから片付けようか」
しかし炎の壁を飛び越えてきたヴラドが、ヴァンを狙って影の剣を降り注がせた。
しかしそれに向かって紅炎を纏った拳を振るうことで剣の雨を悉く焼き尽くした。
「お前の力を貸してくれ!」
「ア!? 何言って——」
ヴァンが聞き返す間もなくドラクが彼の血塗れの右手に触れ、すぐさま地面を蹴って跳躍した。
そして空中に放り出される形となったヴラド目がけて、紅の炎が燃え盛る左拳を振り抜いた。ドラクはヴァンの魔刻を複製したのだ。
辛うじて防御したらしいヴラドは、それでも凄まじい威力を殺しきることが出来ず、流星の如く地面へと墜落していく。
「厄介な炎だ……」
殴り飛ばされたヴラドは地面を抉りながら周囲に赤黒い影の剣を無数に生成し、身体が完全に制動した瞬間、一斉に放った。
「させま、せん……!!」
か細い声がこの場の全員を驚愕させた後、その声の方向から深黒の魔手が激流の如く放たれ、ヴラドの影の剣をすべて飲み込み消滅させた。
「この土壇場で力を行使したのか……!」
全員の視線の先、魔手の始点となる場所にはヴラドに鋭い眼を向けるカストレアの姿があった。
空中から彼女の姿を見下ろしていたドラクは、彼女の背後にうっすらと透き通った姿の黒髪の女性が共に立っているように見えた。
「よくやったわ、カストレア……!」
カストレアの助太刀に心からの賞賛を送ったエルザは、目に見えるほど膨大な力を込めた光条をヴラドに撃ち放つ。
直後、頭上に浮かんでいる光のティアラに亀裂が走った。
「ぐッ……!」
次弾として背後に生成していた赤黒い影の剣をすべて用いてそれにぶつけたヴラドは、余りの威力に表情を歪めた。
「ヴァン!! 俺をあいつのとこに吹っ飛ばせぇぇ!!」
「!! おうよッッ!!!」
ヴラドがエルザの光条に対応している隙にドラクは叫んだ。
それに即応したヴァンは地面を割り砕いて跳躍し、落下を始めていた彼目がけて蹴りを放った。
対するドラクはその蹴りを見極め、ヴァンの臑に自らの足裏を乗せた。
「いって、こいやぁぁぁぁ!!!」
そして振り抜かれた蹴りによって一気に加速したドラクは、なんとかエルザの光条を相殺させたヴラドの元へと一直線に突っ込んでいく。
その左手には紅炎を纏う紅剣が握られており、加速の力を乗せた一刀をヴラド目がけて振り降ろした。
「なッ……!?」
しかしその一刀が、長すぎる激闘を終結させる最後の一手とはならなかった。
ヴラドは完全なる回避を捨て、右腕を犠牲としたのだ。
凄まじい爆炎に巻かれながらも致命傷を避け、彼は左手を軸とした回し蹴りの二連撃をカウンターとして放ってきた。
勢いをつけるための一周目で、赤黒い影を纏った斬撃によってドラクは腹部を切り裂かれた。
そのまま回転したヴラドは切り裂いた腹部目がけて渾身の二撃目を叩き込み、ドラクの身体を遙か彼方へ吹き飛ばした。
「がはッ……!!」
口腔と腹部から多量の血の尾を引きながら吹き飛んでいくドラク。
しかし彼の目はまだ死んでいなかった。
「ごほッ! ……エルザッッ!!!」
「えぇ……!」
血塊と共にエルザの名を叫んだドラクの元に、まるで流星のような速度で飛翔したエルザが現れた。
そして吹き飛ぶ彼の手を取って回転し、翼を上手く用いて力の方向を変換する。
そして吹き飛んできた速度をそのままに、ドラクの身体を再びヴラドの方向へと吹き飛ばし返す。
その瞬間、ごきりという嫌な音と共にエルザの肩が外れた。
「終わりに、するぞ、ヴラド・バートリー……!!!」
口の端から血を零すと共に、ドラクは左の手中に白光の剣を生成する。
視線の先のヴラドは赤黒い影の剣、それも見上げるほど巨大なそれを生成して浮遊させており、その切っ先を迫ってくるドラクへと向けていた。
「あぁ、キミの命は今ここで潰える……!」
言葉と共にヴラドが笑みを浮かべた瞬間、白光の剣の刺突と極大の影の剣の切っ先が激突した。
赤黒い剣が纏う禍々しい影と、目映いほどの閃光を放つ白光の剣のせめぎ合いは、まるで闇夜と朝日のせめぎ合いのようにも見えた。
しかし白光が闇の侵蝕に押され始め、ドラクは眼を眇めて耐え続ける。
それでも止まらない影の剣によって白光の剣に亀裂が生じた。
「勝ちなさい、ドラクっ……!!」
しかしその声が背後から届く共に、二本の光条がドラクの左右から影の剣の側面を打った。
最後の力を振り絞ったエルザの頭上のティアラが砕け散り、純白のバトルドレスも弾けるように光となって消滅した。
そして全身の力を失ったかのように、背中の羽を花弁として散らせながら地面へと墜落していった。
落下点に滑り込んだヴァンが力無き彼女の身体を受け止めたことで、地面への激突は免れたようだ。
持てる力をすべて注ぎ込んだエルザの援護によってヴラドの影の剣にもびきりとひびが入り、力を込め直したドラクの剣に貫かれ、完全に砕け散った。
「おぉぉぉぉぉ!!!!」
ヴラドとの間にあった最後の障害を打ち砕いたドラクは、裂帛の咆声と共に彼の胸部目がけて煌輝の刺突を叩き込んだ。
そのとき、ヴラドが不敵な笑みを浮かべたような気がしたが、直後に周囲を塗り潰した白の大閃光によって彼の表情も見えなくなった。
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