第22話 完全支配

 漆黒の影の剣と、赤黒い影を纏う蹴撃が幾度も激突する。


 ひときわ甲高い音を立てた一合は互いの身体を後方へ押し飛ばし、彼我の距離を広げた。


「お前、カストレアに何してんだ……?」

「さっきも言っただろう? 彼女は今、覚醒しようとしているんだ」


「そういうことじゃねぇよ! あの中で何が起きてるのかって聞いてるんだ!」


 先程も聞いた内容を繰り返され、ドラクは声を荒らげて言い返した。

 ヴラドの背後では他の面々が激闘を繰り広げている。


「あぁ、己の過去を追体験させているんだよ。呪われた、いや、呪いそのものである彼女の悲惨な人生をね」


 彼はつま先で地面を叩きながら淡々と語った。

 その飄々とした仕草にドラクの神経が逆撫でられる。


「ッッ……! 彼女を苦しめることになんの意味があるんだ!」


「魂を穢し尽くし、【災禍の女王】としての覚醒を促すんだ」

「この場所を選んだのもそれを効率よく行うためだよ」


「この山が……?」


 怪訝な表情を浮かべてドラクは聞き返した。


 カストレアの居場所が判明してから幾度か推測してみたものの、あえて霊峰の頂を選んだ理由は分からずじまいだった。

 やはり何か目的があってヴラドはこの場所を選んだのだ。


「この場所は周囲の竜脈が集う場所。過去の罪咎を再認識したことで感情がマイナスに振り切れた彼女は、竜脈を通して周囲一帯の不幸を取り込むことで呪いの力を強めるんだよ」


 ヴラドは両手を広げてこの霊峰ティリスベルを、否、この山を中心とした周囲を指し示した。


「そうして他者の魂の穢れまでをも受け止めた彼女は【災禍の女王】となる。覚醒を遂げた彼女は自身の呪いを周囲に振りまくことも出来るようになるだろう」


「ゆえにこの場所であれば振りまいた呪いを竜脈へと逆流させて、辺り一帯の生者の魂を根こそぎ穢し尽くすことだってできる」


 彼が思い描いているシナリオは最悪といっていいほど凄惨なものであった。


 竜脈が繋がっていれば魂を奪えるというのならば、ヴァラノス山脈からこちら側の大陸は三分の二ほど呪いに侵されるだろう。


「カストレアを利用して、罪のない人間たちの命も奪おうっていうのか!? お前はどこまで……!」


「命を奪うなんてとんでもない。【災禍の女王】の力で魂を穢し尽くし、簡単にボクの傀儡を増やすこと目的なんだ」

「ボクたち吸血鬼を裏切り迫害し、数の多さだけで世界の頂点に立ったつもりでいる矮小な種族を利用して何が悪い?」


 ドラクの反論を否定したヴラドは、目を細めて人間に対する思想を口にした。

 その危険な思想に彼は歯噛みする。


「それに吸血鬼にとっての糧である人間が大量にボクの傀儡となれば、過激派が好んでいた人間狩りなど不要となり、エルザたち穏健派が掲げていた共生などという夢物語を実現する必要も無くなるんだ」

「分からないか? この計画はボクたち吸血鬼にとって利益しか生まないんだ」


 ヴラド率いるバートリー家は過激派の一派として存在してきた。

 しかし家長である彼はそんな枠に収まるようなものではなかったのだ。


 人間を狩ることを楽しむ過激派、人間との共生を望む穏健派。

 彼の思想はどちらにも属していない。


 ヴラド・バートリーが望むのは人間の完全支配。


 すべての人間を傀儡にすることで吸血鬼の糧とし、必要とあらばその数を増やすために繁殖さえさせるつもりなのだろう。


 確かにただ狩るだけではなく養殖できるのであれば過激派のように狩りつくしてしまう心配はなくなる。


 だがそれは人間にとってあまりにも悲惨すぎる末路だ。


「……自分たちの種が生き残るために、多くの人々の命を生贄に捧げるような真似してたまるかよ。たとえどれだけ時間がかかったとしても、共に歩む道を模索する」

「それはキミが元人間だから、彼らに同情してしまうんだよ」


 ドラクの言い分を真っ向から否定したヴラドは、ほんの少し口角を持ち上げながらそう言った。


「いいや、それは俺が元人間だったからじゃない。たとえ純粋な吸血鬼だったとしてもお前とは対立してただろうよ」


 足元に落としていた視線を持ち上げたドラクは、決意の籠った瞳でヴラドを睨みつけた。


「お前は何としても止める。それが俺と、あいつの望みなんだ」

「はぁ……。いくら根気よく説明したところで無駄のようだね。ならボクの前から消えてくれよ、ドラク・ルガド……!」


 呆れ果てたといった様子でため息を吐いたヴラドは、その顔から感情を消し去って蹴りを放つ。


 その軌跡に赤黒い影が発生し、極大の刃がドラクに向かって迸った。


 急襲に一瞬判断が遅れたドラクだったが、吸血鬼持ち前の反射神経によって右方に跳躍してそれを回避しようとした。


「ッ!?」


 しかし赤黒い影の刃がドラクの手前で二つに分裂し、その一方が彼の方へ一直線に向かってきた。


 空中で強引に身体を捻り、影の剣でそれを受け止める。


 凄まじい衝撃と甲高い音と共にドラクの身体が吹き飛び、後方に投げ出される。


 赤黒い影の刃は相殺したものの、彼の身体は宙を舞っており、隙だらけの状態となってしまっていた。


「キミではボクに勝てないよ」


 宣告の如き冷ややかな声音が耳朶を叩いた直後、仰向けで宙を舞うドラクの視界を無数の赤黒い影が埋め尽くした。


 それはすべて彼の上に生成された影の武器で、切っ先を真下のドラクへと向けていた。


「終わりだ……」


 離れた位置にいるヴラドが赤黒い影の尾を引きながら右手をそっと降ろすや、それと連動して影の武器が驟雨のようにドラクへと降り注いだ。




 一方そのころ、エルザとヴァンはミラエルと黒竜の連携に翻弄され、劣勢に陥っていた。


「ちくしょう! あのちびっこの鏡を通したら雷の弾丸が増えやがる!」

「一発でさえ致命的な威力なのに、それが全方位から来るなんて……」


 先ほどの全方位砲撃と同じような致命的な剛撃が連続して繰り返されている。


 あまりの威力に受け止めることもできず、全方位から迫りくるため、挟撃を往なしたときと同じこともできない。


 かといって近付こうものなら黒竜からの直の攻撃に晒されてしまう。


 暴虐的なまでの攻撃に、彼女たちは回避しか選択できないのだ。


「ちびっこっていうなって言ってるでしょ、この筋肉バカ!!」


 ずっとヴァンからちびっこ扱いされているミラエルは心底ご立腹のようで、黒竜の背で地団太を踏んでいた。


 背を踏みつけられているにもかかわらず、彼は気にした様子もない。


「あったまきたわ。クロ、特大のやつをお見舞いしてやるわよ!」


 足元の黒竜に声高に叫んだミラエルは、彼の眼前に大鏡を出現させた。


 すると黒竜が自らの巨大な尾を持ち上げ、そこに黒紫の雷電を纏わせた。


「ヴァン……」


 それを見たエルザはヴァンに耳打ちをすると、彼は口角を吊り上げて笑い、瞳を閉ざした。


 その直後、雷を纏った尾による刺突が大鏡に吸い込まれる。


 その瞬間、エルザたちの周囲の空間にひび割れが生じ、全方位から雷を纏った尾が射出された。


 エルザはそれをヴァンの手を引いて飛翔することで躱す。


「上に逃げることは予想してるわよ!」


 ミラエルの声と共にエルザたちの頭上の空間に遅れてひび割れが生じ、そちらからは黒竜が放った雷弾が降り注ぐ。


「対策されることは分かっていたわ」


 冷ややかに言葉を返したエルザは直角に飛翔して雷弾を回避し、そのままひび割れの真上に踊り出た。


 そしてその最中に生み出していた白薔薇の花弁を球形に集約させ、一気に解き放った。


「きゃぁっ!!」


 その球体は周囲を塗りつぶすような白の閃光をまき散らし、この場の全員の視界を奪った。否、一人だけ事前に対策を取っていた者がいる。


「うわっ、なによ!?」


 光が収束する直前、ミラエルの驚いたような声が響いた。


 そして完全に光が消失すると、いつの間にか地上に降りていたエルザの隣に、ミラエルを抱えたヴァンが一対の皮膜翼を広げて立っていた。


「触るんじゃないわよ、このっ!!」

「いってッ! ちょっと大人しくしろ!!」


 がっちりと腕で自由を奪っているはずのミラエルは、ヴァンの腕に牙を立てて噛みついた。


 余りの凶暴さにヴァンがたじろいでいると、隣から白薔薇の花弁がふっと吹きつけ、彼女の意識を奪った。

 ついでに【影操作】で生み出した白い茨で両手を縛り上げる。


「まったく、やかましいわ……」


 エルザは眉間に手を当てながら呆れたように呟いた。

 しかしすぐさまその視線を、じっとしたまま動かない黒竜の方へ向ける。


 その間にヴァンは拘束されたミラエルを離れた位置に横たえ、エルザの隣に戻ってきた。


「これであのでたらめな攻撃は出来ない。続きをしましょうか」


 挑発的なエルザの言葉を受けた黒竜はほんの少しだけ眼を眇め、しかしすぐに口角をつり上げた。


「かっかっかッ!! 大口を叩いておきながら攫われてどうする、じゃじゃ馬娘!」


 先ほどまで頑なに口を噤んでいた黒竜が、縛り上げられたミラエルの方を見て大笑した。

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