第21話 白竜の一族
「急に何してるのかしら、あの女」
「今にわかるぜ、ちびっこ!」
「ちびですって!? ぶっ飛ば——」
突然笛を吹いたエルザを呆れながら笑ったミラエルに、ヴァンが不敵な笑みを向けた。
それに反論する彼女だったが、言葉を終える前に凄まじい白光が周囲を包み込んだ。
それは一瞬だけではあるが、辺りを真昼よりも鮮烈に照らし出した後すぐに収束した。
「なっ……!?」
「これは一本取られたね……」
眩い発光の後、南方に広がった光景にミラエルは眼を見開き、ヴラドはどこかやられたといった感情が見て取れる笑みを浮かべていた。
そこに現れたのは雪のように美しい白き鱗を纏う竜の群れであった。
彼らは傀儡の竜たちの三分の一程度の数ではあるが、放つ風格は比するまでもなく強者のそれであった。
「エルゼベート様。我ら白竜の一族、要請に応じて馳せ参じました」
白き竜たちを率いているのは鎧を纏った巨竜で、彼は丁寧な態度でエルザに恭しく目礼をする。
それに続いて、背後の竜たちも小さく頭を下げた。
「身勝手な願いだとは分かっているけれど、貴方たちの力を貸して欲しい」
「身勝手など……。我々は生涯を尽くしても返しきれない大恩が貴女のご先祖にあります。それをほんの少しでも返せるのであれば、何なりとお呼びくだされ」
ヴァンピール家は太古の昔、白竜の一族を滅亡から救ったことがある。
その大恩から子々孫々、ヴァンピール家に仕えてきた。
しかしエルザの何代か前の当主が、先祖が施した恩に十分報いてくれたと告げ、彼らが静かに暮らせる結界が張られた山を与えたのだ。
白竜たちは恐れ多いと主張したものの、当主の命に背くわけにはいかず、密であった関係は少しずつ薄れていった。
しかし全く関係が無いというわけではなく、エルザ自身も先代に連れられて一度だけ白竜の里に訪れたことがあった。
彼女は今まで忘れていた朧気な記憶を頼りにヴァラノス山脈を越える際に里を訪れ、此度の援軍要請が成ったのだ。
「ありがとう、恩に着るわ……」
「して、我らが相手取れば良いのはあの竜どもでしょうか?」
振り返ってほんの少しだけ口角を上げながら礼を告げたエルザに、鎧を纏った白竜は傀儡の竜たちを睨み付けながら問いかけた。
それにエルザが頷きを返すと、彼は目付きを鋭いものへと変化させた。
そして白竜たちを率いて北方の空に滞空する傀儡の竜の群れに向かって羽ばたいた。
「そう簡単に行かせると思っているのかい?」
自身の頭上を飛び去ろうとする白竜の群れに視線を向けて小さく笑った。
すると地面から赤黒い刃が出現し、真下から竜たちを貫こうとする。
「お前の動きに気付かないと思ったのかよ!」
しかしその根元から黒茨が一瞬で生え伸びた。
そして延伸する刃に巻き付き、白竜たちへの攻撃を阻止する。
そこへすぐさまエルザが白薔薇の花吹雪を放ち、赤黒い刃を消し飛ばした。
「さっきから鬱陶しいわ! クロ、やるわよ!」
しびれを切らしたようにミラエルが声高に黒竜へ言葉を飛ばし、彼は無言で口腔から黒紫の雷弾を放った。
そして彼女が手をかざすと、黒竜の前に大鏡が、ドラクたちの周囲の空間に亀裂が入った。
「オマエら! 上に飛べッッ!!」
ヴァンの叫び声に二人は刹那で反応した。
ドラクは跳躍と共に黒茨を伸ばして自身の身体を真上に吹き飛ばし、エルザは翼によって一瞬で飛翔した。
二人が上空から下方を見下ろした瞬間、すべての亀裂から黒紫の雷弾が放たれ、耳を聾する轟音と共に周囲を飲み込む閃光が迸る。
「なッ……!?」
「ッ……!」
数瞬前までドラクたちがいた地面が、まるで星が降り注いだかのような大破壊によって大きく抉れていた。
それを視認した直後に自由落下を始めたドラクの手を、エルザが取って滞空状態を継続させる。そこであることに気が付く。
「ヴァンはどこだ!?」
てっきり同じように跳躍したのかと思いきや、黒竜の攻撃に真っ先に反応したヴァンの姿がどこにもないのだ。
しかしその焦慮は直後にかき消える。
「テメェの相手は、オレがしてやるッッ!!」
天に轟く咆声と共に紅の炎が夜を照らす。
その発生源はヴラドの背後から雷弾を放った黒竜の方向だ。
ドラクたちがそちらに目を遣った瞬間、紅の尾を引くヴァンの拳が黒竜を打ち据えていた。
彼は部分的に竜化した右腕に渾身の力を込めて振り抜いたのだ。
その一撃は凄まじい威力を秘めており、巌のような黒竜の巨躯を後方へと吹き飛ばした。
「ドラク! エルザ! この竜はオレに任せて、オマエらはそいつをぶっ飛ばせ!」
そう叫んだヴァンの背には一対の皮膜翼が広がっていた。
彼は先の雷撃を飛翔して躱した直後、滑空して黒竜の元へと向かい攻撃を叩き込んだのだ。
「かっこつけやがって……! あぁ! 任せろ!」
黒竜を拳で吹き飛ばしたヴァンを見て小さな笑みを浮かべたドラクは、彼に聞こえない程度の小さな声で言った後、大声で返事を返した。
それに対して彼は竜化した腕を持ち上げ、ドラクの方に拳を突き出してから黒竜の方へ駆け出した。
「あいつ、ウチを無視してクロに向かっていったわ! ムカつく!」
「落ち着くんだミラエル。キミには少しボクの手助けをして欲しい」
黒竜の前に立っていたミラエルはヴァンに無視されたことにご立腹だったが、ヴラドは気にした様子もなく彼女に声をかける。
その様子から察するに、彼はヴァンの攻撃をあえて止めなかったのではないかとドラクは感じた。
「なにかしら?」
首を傾げたミラエルの肩に触れながら耳打ちしたヴラドは、滞空するドラクたちに眼を向けた。
刹那、ヴラドがいた空間に亀裂が走り、次の瞬間にはドラクの前方に現れていた。
そして赤黒い影を纏った蹴撃が彼に襲いかかる。
その一撃によって一瞬でドラクはエルザの手から強引に剥がされ、遠方に吹き飛ばされた。
「ドラクっ……!」
声を上げたエルザだったが、ドラクが吹き飛ぶ直前に金属音のようなものを聞き取ることが出来た。
ゆえに彼は辛うじて影の剣で攻撃を防御したのだろうと推測する。
「アンタはこっちよ」
吹き飛んだドラクの方に目を遣ったエルザだったが、下方から迫ってきたミラエルに触れられたことに驚愕した。
彼女はヴラドと共に転移してきており、彼が生み出した赤黒い影の刃の軌跡を足場として頭上のエルザへと接近したのだ。
「ミラエル、任せたよ」
「えぇ、分かったわ」
落下を始めたヴラドは頭上を仰ぎながらミラエルに微笑みかけ、彼女は小さく頷きを返す。
エルザはそんな彼女を振り払おうとするも、瞬きの後に周囲の景色が一変したことに気が付いた。
「エルザ!?」
「えっ……!?」
そこはちょうどヴァンと黒竜の間合いの中間地点で、前方から黒竜の雷弾、後方からヴァンの炎塊が迫っていた。
「終わりね」
退屈そうなミラエルの声が、黒竜の背から聞こえた。
直後、雷弾と炎塊が激突し、エルザがいた地面が粉々に吹き飛ばされる。
「嘘だろエルザ! おい、エルザァ!!」
視界が土煙で奪われているヴァンは、焦燥したようにエルザの名を叫んだ。
それから何度も名前を連呼するが返事がない。
「あのタイミングで放り出されれば誰だって詰みだわ。ご愁傷さま」
ミラエルは黒竜の背に腰掛けて退屈そうに金髪の毛先を弄びながら、敵味方の挟撃に巻き込まれたエルザを哀れんだ。
しかし彼女の視線の先で、土煙が不自然に渦巻き始めた。
「なによ!?」
それはますます激しくなっていき、竜巻のように逆巻き肥大化していく。
そして激流の中にひとひらの白薔薇の花弁を認めた瞬間、砂粒によって土色だった竜巻が一瞬で純白に染まった。
「お返しするわ」
凜然とした声が竜巻の方から聞こえると、それが意思を持ったように目にもとまらぬ速さでミラエルたちの方向へ突き進んでいった。
「クロ! 吹き飛ばして!」
ミラエルの指示の一瞬前から動き始めていた黒竜は、凶悪な爪が生え伸びた右前足を振り上げた。
するとその爪に黒い雷が発生し、周囲に迸る。
バチバチと音を立てる黒雷を纏った前足が振り下ろされるや、迫り来る白薔薇の竜巻と激突した。
雷を周囲に拡散させながらも竜巻を捉え、その形を崩す。
代償として腕を跳ね上げられた黒竜だったが、すぐに体勢を立て直して前方を見据えた。
「いきなりやってくれたわね……」
そこには左右の大穴の狭間に無傷で立っているエルザの姿があった。
無傷とはいえ纏っている純白の衣装は砂塵によって汚れている。
「アンタ、なんで無傷なのよ!」
「簡単な事よ。受け止めるのは不可能だったから、花吹雪で往なしのよ。これを見れば明白でしょう?」
ミラエルの詰問に冷え冷えとした態度で応じるエルザは自身の足下を示した。
そして驚愕の表情を浮かべたままのミラエルに挑発するような視線を遣る。
それに対して彼女は何も言い返せず、顔を真っ赤にしながらぷるぷると震えていた。
「……ドラクを一人にはしておけない。ヴァン、早急に彼女たちを片付けるわよ」
「お、おうよッ!!」
先ほどの挟撃に対処して平然としているエルザに気圧されかけたヴァンだったが、すぐさま彼女の横に並んで拳に紅の炎を灯した。
エルザとヴァン、ミラエルと黒竜。白竜の群れと傀儡の竜たち。
そしてドラクとヴラドの三つ巴となって、霊峰ティリスベルでの戦いは激化していく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます