第16話 とある竜族の滅び

「……きろ~」


 微睡みの中に無粋な声が響く。


「起きろって——」


 それは幾度も繰り返され、声音に呆れの感情が乗り始めた頃。


「言ってんだろ!」


 バチン、という音と共に彼の頬に軽い衝撃が走った。

 それによってうつらうつらしていた意識がはっきりと覚醒し、眼前に広がる光景を認識した。


「ァァ……!?」


「やっと起きたかよ。こんなにエルザの浄化が効く奴、初めて見たわ」

「直情径行型には効きやすいのよ」

「何言ってるかよく分からねぇが、バカにされてるってことくらいは分かるぞ!!」


「……ってなんだこりゃぁ!?」


 二人の会話が自身を誹謗していることだけは理解したらしい青年は、ようやく自分が置かれた状況を理解した。


「いや、だってお前まったく話聞かねぇんだもん」


 赤髪の青年は今、少し宙に浮いた状態で両手足をそれぞれ二本の木に縛り付けられており、まったく身動きが取れない状態となっていた。


「ざっけんな、解けやコラ!」


「うるせぇなぁ! 俺たちがお前の敵なら、普通寝てる間にぶっ殺してるだろ!?」


「ァァ!? ……まぁ、それもそうか……?」

「だろ? だからちょっと話を聞け」


 その言葉に辛うじて納得を示した青年は、続きを促すようにドラクと視線を交錯させた。


「はぁ……やっと会話になるな……」


 ドラクはため息をつき、赤髪の青年に自分たちの事情を語るため頭を回転させた。


「っとその前にお前、名前はなんていうんだ? 竜血鬼、りゅうけつきじゃ不便だろ」

「……ヴァン。誇り高き赤竜の一族、ヴァン・フィアヴェルだ」


 ようやくドラクの言葉に対して素直に応じた赤髪の青年、改めヴァンは名乗り終えると二人を順に眺めた。


「俺はドラク・ルガド。こいつは——」

「エルザよ」


 ドラクが紹介してしまおうと言葉を続けたところ、それに被せるように横手からエルザが自身の名を口にした。


 心境の変化か【十二血族議会】が崩壊して以降、彼女がエルゼーベート・ヴァンピールという名は名乗ることはほとんど無くなっている。


 そうしてお互いの名を交わした後、ドラクは自分たちの境遇を語り始めた。


 ヴァンは話を聞いている最中、これでもかと言うほど分かりやすく感情の起伏が表情に浮かべていた。


 短絡的な思考ではあるがそれはまっすぐな性格の裏返しで、根は良い奴なのだろうなとドラクは感じた。



「で、俺たちはそのカストレアという少女を連れ去ったヴラドを追って、今ここにいる」


 この場所にいる経緯を語り終えたドラクは軽く息を吐いた。


 その語りの中で、操られていたとはいえ竜を殺したことに間違いは無いと謝意を伝えたが、ヴァンは傀儡と化した同胞を解放してくれたことに感謝を示していた。


「てことなんだが、敵じゃないと分かって——」

「ってお前、何で泣いてんだよ!?」


 息をついて顔を上げたドラクは、ヴァンが嗚咽しながら滂沱と涙を流していたため瞠目してしまった。


「泣いてなんか、ねぇよ……! ヴラドへの怒りで、身体が熱くてな……! 眼から、汗が、出てんだよぉ……!!」

「いや、そんな典型的なごまかしする奴があるかよ……」


 そんなヴァンの言い訳に苦笑しつつも、眼前の彼が根っからの善人であることを理解した。


 そう考えたのはドラクだけでは無かったらしく、隣のエルザに眼を向けてみると彼女も僅かに口元を綻ばせていた。


 それを見たドラクは縛られているヴァンに手をかざし、両手足の黒茨を解いた。


「ア……?いいのかよ?」

「あぁ、お前はどう考えても良い奴だからな。ちょっと馬鹿だけど」


「アァッ!?」


 怒ったヴァンを往なしたドラクは、真剣な眼差しを彼に向けて言葉を継いだ。


「次はお前の番だ。ヴラドとどんな因縁があって、あいつを探してるんだ……?」

「ッ……!」


 ヴァンはその問いに表情を歪め、一瞬言葉を詰まらせた。

 しかしすぐドラクに視線を戻して口を開いた。


 ヴァンの口から語られたのはとある竜族たちと、彼らと共に生きた竜血鬼たちの滅びだった。



   ◆ ◆ ◆



 竜血鬼。


 それは遙か昔、人間を糧とすることを拒んだ吸血鬼の末裔で、貴族社会から離反して竜と共生してきた者たちのことを指す。


 竜の血を主な糧として生きてきたため、通常の吸血鬼よりも肉体が強靱な代わりに寿命が短く、人間よりも少し長く生きられる程度の寿命しか持たない。


 そんな竜血鬼の末裔として生まれたヴァンは人里離れた山中の集落で竜血鬼の同胞と、強大な力を宿す赤き炎竜たちと共に暮らしていた。


 人間たちからは恐れられる竜種だが強大な力を持ちながらも聡明で、赤竜たちは争いを好まない穏やかな性格を備える良き隣人としてヴァンたち竜血鬼と共生してきた。


 通常種の吸血鬼と同程度の長い寿命を持つ竜種は人間の歴史にも精通しており、ヴァンは彼らから世界の情勢や言葉を学びながらすくすく成長していった。


 そのうちヴァンは戦闘術を身につけ、一族の中でも有数の戦士として名を上げるようになる。


 竜血鬼は寿命が短い代わりに成長も早く、ヴァンは十二歳にして集落最強の戦士となった。


 時折里に現れる人間の冒険者や、襲撃に来る他の竜種を相手取っても一度も負けること無く、その強さは歳を経るごとに洗練されていった。


 しかし十三歳になった年、集落に襲来した黒髪の吸血鬼 ヴラド・ヴァンピールが率いるたった数人の吸血鬼によって集落は蹂躙され、同族や竜のほとんどが殺されてしまった。


 そして戦闘不能に陥った者たちにヴラドが薔薇のようなもの—つまり【罪過ざいか薔薇ばら】だ—を突き刺すと、気失っていた者たちがのたうち、やがて黒薔薇の花弁と化して散っていった。


 中には花弁にならずに動かなくなった者と、刺された部分に薔薇の刻印が広がっている者が見受けられた。


 残っているのはヴァンと竜の長を含めほんの数人と数体だけであった。


 彼は残った者たちを守るためにヴラドに立ち向かい、しかし手も足も出ずに薔薇を突き刺され、想像を絶する激痛を味わうこととなる。


 それを見かねた竜の長はヴァンもろとも火炎弾によって周囲を吹き飛ばし、彼を火山の火口に逃がした。


 この集落の竜血鬼は炎を根源とするものによって回復するため、溶岩に落としても火傷するどころかむしろ傷が治ってしまう。


 その体質を利用してヴァンを薔薇による激痛と、全滅必至の死線から救おうとしたのだ。


 ヴァンは吹き飛ばされる最中、同胞がヴラドたちに立ち向かっていく背中を霞む視界で捉え、手を伸ばしていた。


 しかしその手が届くことは無く、彼の身体は火口に落下していき溶岩の海に飲まれた。


 溶岩の中でさえも薔薇の激痛はヴァンを苛み、しかし彼はその痛みに耐え続けた。


 それから程なく激痛が治まるとその反動でヴァンは意識を失い、溶岩を漂流して山の麓に流れ着いた。


 そして彼が眼を覚ますと周囲が夕焼け色に染まっており、少なくとも一日近く経過していることが見て取れた。


 彼は右肩から右胸部にかけて広がる刻印を忌々しげに眺めながら山を登り、集落へと戻った。そしてそこに広がる惨状を目にして、彼は慄然とした。


 無残な死体として転がる同胞、同胞だったはずの黒薔薇の花弁。そして竜たちの死体が里の至る所に倒れ伏していた。


 ヴァンは夕日が沈みつつある天に慟哭し、感情を爆発させた。


 それがきっかけとなったのか、右肩の刻印から朱色の炎が発現して彼の全身を覆った。


 その力が刻印によるものだと直感的に理解したヴァンは忌々しげに歯噛みしたものの、この力であの吸血鬼たちを倒して仇を取ることを胸に誓う。


 そして無残な亡骸だけが残る集落に火を焼べ、自らの炎で彼らを弔い集落を旅立った。



   ◆ ◆ ◆



 三人は焚き火を囲む形で座っており、ドラクとエルザはヴァンの話を燃え盛る炎を見つめながら黙って聞いていた。


「それから二年間、竜血鬼であることを隠しながら各地を旅してアイツを探してたんだ。けど噂を耳にしたり、痕跡は見つけたが決定的な手がかりには辿りつけなかった」


 炎の向こう側で静かに話を聞いていたドラクたちに視線を遣ったヴァンは、小さく苦笑しながら言葉を継いだ。


「そんな中で見つけたのがお前らって訳だ。アイツの匂いと竜の血の匂いをぷんぷんさせてる奴を見つけたら、オレじゃなくたって襲いかかるだろ」


「そう、ね……」

「まぁ俺ならもう少し相手の話は聞くけどな」


 ヴァンの境遇を思えば先の反応も仕方が無いと思いつつも、ドラクは彼の直情的過ぎる対応に苦笑した。


「……すべての責任はヴラドを止められなかった私たちにあるわ」

「あのとき私が確実に彼を殺せていれば、カストレアも貴方もこんな運命に巻き込まれなくて済んだはずなのに……」


「それはッ——」

「ちげぇな」


 自罰的なエルザの言葉を否定するべく立ち上がろうとしたドラクだったが、ヴァンの声がそれを遮った。彼は真剣な眼差しをエルザに向けて立ち上がった。


「悪ぃのは全部アイツ……あのヴラドとかいう黒髪の吸血鬼だ。お前らに責任なんて一切ねぇよ」


 ヴァンは脳裏にヴラドの姿が過ったことで怒りがこみ上げ、それを抑えるために拳を強く握りしめていた。それから数秒の後、左拳のみを弛緩させる。


「おし、決めたぞッ!」


 そして握ったままの右拳を胸の前で左の掌にぶつけると、不敵な笑みを浮かべて宣言した。


「オレはお前らについていく。そんでもってアイツをぶっ倒して、カストレアって人間の女も助けてやるぜ!」


 ヴァンの発言に驚きながら顔を見合わせたドラクとエルザは、しかしすぐに神妙な面持ちで頷き合って彼に向き直った。


「あぁ、頼む。どうしたって二人だけじゃ戦力に不安があったんだ。お前がいてくれると助かる。……馬鹿だけど」

「アァ!? バカは余計だろバカは!!」


 こうして赤竜の一族、竜血鬼のヴァン・フィアヴェルが仲間に加わった。

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