第13話 始祖の系譜
ヴァンピール家とバートリー家は元々アルカード家という大家で、始祖の系譜として吸血鬼たちを統率していた。
始祖の血を色濃く受け継ぐアルカード家の者たちは他の吸血鬼と比して圧倒的な能力の高さを誇り、誰もが認める王の家系として君臨していたのだ。
アルカード家一強の時代が千年近く続いた頃、家系の中で次期家長の勢力争いが勃発したのだという。
本来であれば長男が継ぐ習わしなのだが、当代の継承者は双子の男児だったため、本人たちの思惑の外でそれぞれの派閥が出来上がりつつあった。
一方の王子は心優しい穏やかな性格を備えており、人間との融和を望んでいた。
そしてもう一方の王子は残虐な性格を備えており、人間を力によって支配しようとしていた。
そんな正反対の二人の派閥の勢力はまったくと言っていいほど均衡しており、長きに渡って王位継承の小競り合いは続いたのだという。
そんな中、穏健派の王子は魔物との戦争を行っている人間たちを救い、ついに彼らと友好関係を結ぶことに成功したのだ。
それをよく思わなかった過激派の王子は友好関係を結んだ人間たちを虐殺しようと奸計を巡らせた。
しかし過激派の動きを察知していた穏健派が計画を阻止し、彼らは吊し上げられることになる。
そして話し合いの結果、王子たちの一騎打ちが執り行われることとなった。
穏健派の王子が勝てばもう一方の派閥はアルカード家を追放、過激派の王子が勝てば人間との融和を白紙に戻すという条件をつけて。
その一騎打ちの結果、辛くも勝利したのは穏健派の王子だった。
しかしもう一方の王子が敗北を認めず激高し、血みどろの内部抗争が始まってしまう。
その戦争によってどちらの派閥も多大な被害を受けたものの、それでも穏健派が勝利し、過激派をアルカード家から追放した。
それから穏健派の王子はアルカード家の家名を捨て、新たにヴァンピール家を名乗り始めた。
本来であれば勝者である彼らが家名を捨てる必要など無かったのだが、過激派の者たちを含めてアルカード家だと王子が主張したため、派閥の者たちはそれを了承した。
そしてアルカード家が分裂してからすぐのこと。
ヴァンピール家の王子は死にかけていた人間の聖女を救い、吸血鬼にとってはほんの短く、人間にとっては一生と呼べる時間を彼女と共に過ごした。
人間である聖女との間に子供が出来ることは無かったが、王の血が途絶えることの無いよう婚姻を結んだ吸血鬼の側室たちとは子宝に恵まれた。
彼女たちは側室という立場に置かれながらも生前の聖女と親交が深く、王との間に生まれた子供に彼女の分まで愛情を注いで育てたという。
その王の子孫の血を受け継ぐのが今のヴァンピール家という貴族家なのだ。
ヴラドが淡々と語ったヴァンピール家とバートリー家の——
否、アルカード家分裂の物語はエルザから言葉を奪ってしまうほど衝撃的な話であった。
「その子供たちが成長していく中で、これまでの吸血鬼にはありえない希有な能力を開花させる者が多いということが分かったんだ」
「希有な能力……」
放心状態に近い彼女だったが、ヴラドの視線が自分に向いたことではっとして相槌を打った。
当事者であるエルザはヴァンピール家の吸血鬼が備える能力を知っているが、話の腰を折ってしまうためそのままヴラドの説明を待った。
「十字架や銀、流水……。個体差はあれど吸血鬼の弱点と呼べるものを克服した、奇蹟のような個体がヴァンピール家から現れるようになったんだ」
ヴラドは夜空に浮かぶ満月を見上げながら、ヴァンピール家の血統について語っていく。
「そしてその希有な能力を宿す者たちの多くは、聖女と婚姻を結んだヴァンピール家の王が備えていた形質を持って生まれる」
「白銀の髪……」
エルザは説明を待たずして自身の長い銀髪に触れながら小さく呟いた。
それにヴラドは微かな笑みを称えてから言葉を継ぐ。
「その通り。それに数百年に一度、ヴァンピール家先王の形質を受け継ぐ者が希に現れる。それが宝石のような翡翠色の瞳だ」
ヴラドと視線がぶつかり合う。
彼の漆黒の瞳は今、エルザの翡翠色の瞳を映しているのだろう。
「けれど、私には希有な能力なんてないし、王の資質もないわ……」
「歴史上、能力が開花するのは何か強い刺激を受けた時だとされている」
「だからキミの力はこれから発現するんだと思う。王の資質に関しては自分が知覚できるようなものではないんじゃないかな」
ヴラドは小さく微笑みながら語った後、エルザの目の前に手を差し出した。
「きっと好奇の視線に晒されて大変だとは思うけど、ボクたちバートリー家に向けられる嫌悪の視線よりはマシだと思って気高く振る舞うといいよ」
言い終えるや、差し出された彼の手中に、影で形成された漆黒の薔薇が出現した。
「ボクたちの家はアルカード家から追放されてから悪魔に魂を売っただの、悪しき精霊と契約を結んだだのと、他の貴族たちから疎まれている」
「それが事実かどうかは分からないが、実際バートリー家の者はボクのように黒の風体に残虐な力を備えて生まれてくる」
ヴラドは自身が創り出した漆黒の薔薇を放り投げ、ふっと笑った。
その薔薇は霧散し、漆黒の塵と化して夜闇に紛れて消えていった。
「あの薔薇には、刺した者に魂を蝕むような激痛を強いる効果がある。バートリー家が悪魔や悪しき精霊と契約を結んだという歴史も、あながち間違いでは無いかもしれないね」
漆黒の薔薇が消滅した虚空から視線を外し、ヴラドは瞼を閉じて小さな笑みを浮かべた。
エルザは彼のその姿に、周囲からの悪評をものともしていない強さのようなものを感じて、眼を細めた。
自分の在り方とはまるで真逆で、少し羨ましくなってしまったのだろう。
「……どうして追放されたバートリー家が、【十二血族議会】に入れるほどの地位に返り咲くことが出来たの?」
その羨望の感情を押し殺すように、エルザは話の流れから感じた疑問を口にした。
「いまだにバートリー家は他の家から良く思われていないようだけど、その悪感情を黙らせるほどの純粋な戦力が重宝されている」
「だから悪しき一族だとしても議会の一席を与えざるを得ない、過激派優勢の今においてはなおのことね」
確かにバートリー家は、純粋な戦闘力で言えば【十二血族議会】の中でも図抜けていると聞く。
百年ほど昔、当時最強と謳われていた人間の王国の精鋭十万を一晩で、それもたった百人程度で全滅させたという逸話はエルザの脳裏に焼き付いていた。
「あなたは穏健派なんて馬鹿げていると思う……?」
「ボクの立場上、穏健派を肯定することは出来ないけど、ボクは過激派の在り方には疑問を抱いているよ」
「考え無しに好き勝手虐殺などしていたら、いつか人間は滅びる。そうしたら吸血鬼も糧を失い、結局共倒れになるだろう」
「っ……! そう、過激派の貴族たちはそれを分かっていないのよ」
ヴラドが語った持論に、エルザは眼を見開いて同意した。
穏健派の彼女の考えは、今ヴラドが語った内容と合致していたのだ。
「人間は無限に増えるわけではないし、なにより私たちと違って刹那の寿命しか生きることが出来ない。それを無闇矢鱈に狩っていたら絶滅しかねない……!」
「あぁ、その通りだね」
エルザの語った内容に小さく頷いたヴラドは寄りかかっていたベンチから身体を離し、彼女に背を向けて屋敷へと踵を返した。
「けれどバートリー家は穏健派に鞍替えすることは出来ない。表だって協力することは出来ないが、影ながらキミの理想を応援しているよ」
そして夜闇に溶けるようにその姿を消した。
エルザは彼が消えた虚空から視線を切り、高天に浮かぶ満月を見つめると、自身が進むべき道を再確認した。
エルザはこのとき、ヴラドに対して憧れのような感情を抱いたのだろう。
この日から数十年後、あの三日月の夜の虐殺が起きるまでは……。
◆ ◆ ◆
黎明色の髪の青年は、身体の内側から無数の針に突き刺され続けるような激痛に苛まれている。
白銀の少女は感情が砕けてしまったかのように叫びながらも、激痛に苦しむ彼の身体を抱き寄せ、慈しんでいた。
そんな彼女の背に突如として白薔薇の花弁が結集し、天使が有するような一対の白翼が形成される。
そして月光を反射する銀髪に覆われた頭頂部には、光で形成された純白の王冠が浮かんでいた。
常とは異なる威容の彼女が俯けていた顔を上げると、翡翠色の瞳に瞋恚の炎を灯しながら滂沱として涙を零していた。
そしてその視線は激痛に苛まれ蹲っている青年の背後に向けられていた。
そこには左右非対称の髪型をした黒髪の青年がおり、彼は白銀の少女の姿に瞠目しているようであった。
彼女は黒髪の青年に向けて憎悪が込められた、呪詛じみた低い声音で呟いた。
——死に絶えなさい……
直後、彼女と黎明色の髪の青年を中心として大樹の根の如き純白の茨が発生し、同心円状に広がっていった。
それは大蛇の如く蠢き周囲の石畳を粉砕し、花々が美しく咲き誇る花壇を蹂躙していった。
凄まじい破壊を伴ってすべてを飲み込まんとする白き茨は、白銀の光条を撒き散らす。
黒髪の青年はそれに胸を穿たれたことで倒れ、のたうつ白き茨は彼の身体を飲み込んだ。
それは彼女と黎明色の髪の青年以外のすべてを蹂躙し、惨劇の舞台と化した屋敷全域を喰らい尽くした。
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