第11話 強襲
「ふっ……!」
白翼を広げて空を舞いながら、エルザは全方位に白薔薇の花弁を放った。
それに触れた人形は淡い白光を放って石畳へと墜落していく。
彼女の浄化によって浮遊している人形の数は減り続け、比例するように微動だにしない人形で石畳が埋まっていく。
「きりが無い……」
数自体は減ってはいるものの、まだ攻撃の雨が止まない状況にエルザは歯噛みした。
そして一度石畳に着地し、一気に高天まで跳び上がった。
「まとめて片付けるわ」
追いかけてくる人形たちを尻目に瞑目しながら、エルザは左手を頭上にかざした。
すると彼女を中心として白薔薇の花吹雪が螺旋を描きながら吹き上がっていき、掌の直上に花弁が集った球体が形成された。
ゆっくりと彼女が瞼を持ち上げると、それに呼応したかのように花弁の球体が鮮烈な光を放った。
転瞬、花弁の球体が四散し、光の雨が街中に降り注いだ。
「お月様、みたい……」
高天でエルザが形成した花弁の球体を見上げたラスエルは、神々しいものを見るかのように眼を細めていた。
「その通りだね。彼女の【
ヴラドはエルザが放つ目映い閃光に眼を眇める。
「つまりヴァンピール家の一族は、吸血鬼最大の弱点である太陽の力を宿した異端の吸血鬼だ」
ラスエルも滞空している黒竜も、強く瞼を閉じて強烈な光から己の眼を守っていた。
光が収束した後、眼下に広がった光景を目にしたラスエルは感情に乏しい顔に驚嘆を貼り付けていた。
「はぁ、はぁ……」
よろよろと高度を下げて石畳に着地したエルザは肩で息をしていた。
それほどまでに力を酷使したという証左であろう。
その結果がこの場所に広がっている光景だ。
エルザの周囲の石畳には可愛らしい人形が所狭しと転がっており、先ほどの閃光によって呪いの人形がすべて撃墜されたことを示していた。
細めた翡翠色の双眸でドラクの背を見やったエルザは自身の現状を鑑み、戦いの行く末を見守ることにした。
彼女だけに限った話ではないが、すべての魔刻は自身の血を媒介に発動される。
吸血鬼は血を戦闘に用いるような種族であるため、普通に魔刻を使った程度では貧血状態に陥ることはない。
しかし多用すれば今のエルザのように行動不能になることもあるのだ。
安静にしていれば吸血鬼の自己修復機能である程度治癒するが、ドラクとカストレアの戦闘にすぐさま加勢することは出来そうになかった。
「ドラク、あとは任せるわ……」
「あいつ、街中の人形を浄化しやがったのか」
強烈な閃光の後、周囲に降り注いだ人形たちを目にして、ドラクは小さな笑みを浮かべた。
「だったら俺たちも終わらせないとな、カストレア!」
黄金に煌めく肥大化した左眼に魔刻を浮かび上がらせたカストレアは、ドラクに向かって左手を振り下ろした。
右手の方は先ほどエルザに浄化されてから再生を試みているようだが、ドラクの攻撃に比べて明らかに再生速度が遅い。
つまり浄化の力であれば再生するよりも早く、カストレアをあの状態から解放することが出来るかもしれないのだ。
「いま元に戻してやるからな」
そう言ったドラクは右手に漆黒の茨を、左手に白薔薇の花弁を纏っている。
つまり【
ドラクは両手の拳を握り締め、一気に駆け出した。
それに応じるようにカストレアが右足を持ち上げ、周囲に漂っていた漆黒の粒子が彼女の脚に纏わり付いた。
肥大化した彼女の脚で叩き潰されればひとたまりもない。
それに人形たちと同じように呪いが付加されているのなら、吸血鬼であるドラクにも致命傷になりかねない攻撃だ。
一瞬で思考したドラクは頭上から迫り来る蹴撃を予測して、さらにカストレアの懐に入り込んだ。
肥大化した脚による踏みつけは大地を震撼させ、石畳に放射状の亀裂を生じさせる。
しかし踏みつけ自体は回避出来たものの、ひび割れから突如として噴き出した大量の粒子がドラクに襲いかかった。
「そう来るかよ!」
咄嗟に白薔薇の花吹雪を発生させ、即席の障壁を展開。
それによってドラクを飲み込もうとしていた粒子の激流を浄化した。
しかしその背後から迫り来る巨大な質量を察知したドラクが振り返ると、そちらにはいつの間にか放たれていたカストレアの左拳があった。
驚嘆するドラクを余所に、拳は風を切りながら迫り——
「ギャァァァァ!!??」
だが絶叫を上げたのはカストレアの方だった。
彼女の拳は真上から降り注いできた影の大剣によって石畳に縫い止められ、さらには黒い茨で雁字搦めとなっていた。
その縫い止められた左腕を小さな影が駆け上がっていく。
ドラクが走った後には軌跡のように白薔薇の花弁が残されており、たちまち腕が浄化されていくことでカストレアは絶叫を連鎖させていた。
「苦しいだろうけど、我慢してくれよ!」
カストレアの左肩まで駆け上がったドラクはそこで跳躍し、人形化の核と思われる肥大化した黄金の眼球に狙いを定める。
そして白薔薇の花吹雪を放とうと左手を構えた。
「があぁぁっ!!」
そんなドラクを照準するように彼女の左眼がぎょろりと蠢き、強く脈動した。
直後に放たれたのは漆黒の光線で、跳躍してしまったドラクは格好の的であった。
「ドラクっ……!」
石畳に膝をついているエルザは顔を持ち上げ、上空で狙い撃ちにされているドラクの名を呼んだ。
しかし彼女からはドラクの次の一手が見て取れたため、小さく吐息を零した。
「そんなもん、俺がぶっ壊してやるよ!」
かざしていた左手を引きつつ、ドラクはいつの間にか影の茨を纏っていた右手を光線目がけて振るった。
瞬間、膨大な量の影の茨がドラクの腕から放たれ、迫っていた漆黒の閃光を塗りつぶすように飲み込んだ。
放出されるべき衝撃を内包して完全に殺したそれは、カストレアの首元に激突して絡みついた。
怒濤の攻撃を受け続けてもがき苦しむカストレアの姿に歯噛みしながら、ドラクは固定した影の茨の上を駆け、彼女の眼前にまで躍り出た。
「呪いなんかに負けるな——」
最後の一歩で一気に黄金の眼球までの距離を詰めたドラクは、左手に浮かび上がる【銀月の魔刻】の力を全開にした。
すると振りかぶるように背後に伸ばしたその腕に白薔薇の花弁——
ではなく純白の茨が出現する。
それが掌で収斂され、ドラクの手中には白銀の長剣が握られていた。
ドラクが宿す【
それだけでも規格外の能力だが、その真骨頂は自身の力に組み込んで使用できるという点だ。
吸血鬼には様々な戦闘スタイルがあるが、もっぱらドラクが用いるのは影を形状変化させて利用する【影操作】だ。
普段彼はそれによって生成した武器に【呪壊の魔刻】の力を通して戦っているが、エルザの【銀月の魔刻】を複製した状態ならば【影操作】にその力を組み込むことが出来る。
「カストレア!!」
ドラクは【銀月の魔刻】の力を宿した白銀の長剣を突き出し、カストレアの肥大化した黄金の左眼に刺突を放った。
これまでの攻撃で両腕を奪われたうえ、隠し球であった眼球からの光線をも対処されたカストレアにもう為す術は無かった。
ドラクが突き出した剣の切っ先が触れ、深々と突き刺さった瞬間——
「ギィヤァァァァァァァァ!!!!!」
化け物じみた絶叫と共にカストレアの全身に白薔薇が狂い咲き、強烈な白光を放って彼女を飲み込んだ。
光が収束した後、ドラクが石畳に着地すると、元の姿に戻ったカストレアが上空からゆっくりと下降してくるところだった。
それを見上げながら、彼女を受け止めようと手を広げたドラクの視界の隅。
その空間に亀裂が生じた。
それが砕けて漆黒の薔薇の花弁が舞い散った直後、ドラクの頭上から赤黒い尾を引く蹴撃が打ち下ろされた。
「がッッ……!!」
あまりにも突然の強襲だったが、ドラクは真上に左腕を持ち上げて咄嗟に防御態勢を取った。
しかしそれを斬断せしめるほどの一撃により彼は左腕を半ばから、そして左の肩口から腰辺りまでに深い傷を刻み込まれた。
「まだ覚醒前の【
頭上から突然現れドラクを斬り裂いたのは、時計盤に腰掛けていたはずのヴラドだった。
彼は赤黒い影を纏う右脚のつま先で石畳を叩きながら、ドラクの代わりにカストレアの身体を受け止めた。
「く、そが……いきなり、出てくんのかよ……」
「ドラクっっ!!」
左手の肘から先を失い、胴体からも滂沱と血を零すドラクを見て戦慄したエルザは、動かない身体に鞭打って駆け出した。
「ボクの計画における大事なピースだからね。今失う訳にはいかないんだ」
腕の中で眠るカストレアに小さな笑みを向けるヴラドに対し、割れんばかりに歯を食いしばったドラクが吠える。
「っざけんな!! その子の人生をめちゃくちゃにしたうえ、利用しようってのか!!」
そして多量の血を零しながらもヴラドとの距離を詰め、影の茨を纏った拳を突き出す。
しかしそれは空を切り、ドラクへの返答は頭上から降り注いだ。
「この子は人間社会では生きられない。だからボクが有用な駒として利用するだけだ」
そこでは漆黒の巨竜が羽ばたいており、その背にカストレアを抱えたヴラドと、彼の背に隠れて感情に乏しい表情のままこちらを見下ろしているラスエルの姿があった。
「開花まであと一歩。もうじき【災禍の女王】は目を覚ます」
「ま、てよ……!」
ドラクの頭上で巨竜が羽ばたいて高度を上げていく。
彼はそちらに向けて右手をかざし、影の茨を放った。
しかしそれはあと一歩のところで、巨竜の尾の一撃によって叩き落とされてしまう。
「くっ……」
その光景を見たドラクは苦鳴を零しながら膝をつき、しかし隣に駆け寄ってきたエルザによって抱き留められた。
「ヴラドっ!!」
そして彼女は【銀月の魔刻】を全開にし、白薔薇の花吹雪をヴラドたちに向けて放った。
「ダメ……」
ラスエルのか細い声の直後、無数の鏡が凝集したような結界が展開され、白薔薇の花吹雪を打ち返す。
反射されたそれはエルザの右側の石畳を大きく抉り、突風を巻き起こした。
その風から身を守るため、エルザは咄嗟に腕で顔を覆った。
それが収まってすぐさま上空を見上げたが、そこには誰もいない黎明の空が虚しく広がっているのみであった。
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