第2話 呪禍の少女

 人通りがまばらになっていく裏路地を抜け、街の西門を出てしばらく歩いたところにその屋敷はあった。

 その道中、からかったことに対してへらへらと謝罪するドラクを、エルザはガン無視していた。


「でっっっっか……」

「こんな大きな屋敷に一人で住んでいるの……?」


 そして二人は【呪禍じゅかの少女】が住まう、街外れの屋敷にたどり着くと驚嘆の声を上げていた。


 かなり離れた距離にある街の宿から見ても大きかったことから、相当な豪邸であることは推測できていた。しかし近くで見るとより巨大に見える。


「とりあえず、その少女から話を聞きますかね」


 屋敷を見上げていたドラクは気を取り直し、正面の大扉に備え付けられたドアノッカーを四度打ち鳴らした。


「妙に礼儀作法がちゃんとしているのよね……」


 エルザが微妙な表情で呟いたのは、ドラクがドアノッカーを四度打ち鳴らしたことが理由だ。


 ノッカーを四度鳴らすのは新しい場所や初対面の人に対する作法で、普段飄々としている割にそういう部分で育ちの良さを出してくるのがなんとも言えない。


「んぁ? なんか言った?」

「いいえ、なにも」


 そんなやり取りをしていると、扉の奥から小さな足音が聞こえてきた。

 そしてそれが扉越しに止まると、ぎぃと音を立てて立派な扉が開かれた。


「は~い。買い付けにはまだ早いですが……」


 扉を重そうに押し開いて顔を覗かせたのは、紫がかった濃灰色の髪を二つ縛りにしている少女であった。


 ふわふわとカールした長髪を揺らしながら、夜の宝石の如き黒みがかった紫色の大きな瞳でドラクたちを見つめている。


「キミがカストレアさん?」

「はぁ……そうですが……」


 【呪禍の少女】改め、カストレアという少女は不思議そうな表情を浮かべながらドラクとエルザの間で視線を泳がせていた。


「突然申し訳ありません。私たちはこの街で起きている事件について調べていまして……」


 エルザは怜悧な表情のまま自分たちの目的を語ろうとした。

 しかしその前に割り込んでドラクが彼女の言葉を継いだ。


「俺たちは各地で起こる奇怪な事件の調査のために旅をしていて、この街で起こっている事件について風の噂を聞いて来たんだ」


 ドラクはエルザとは対照的な、身振り手振りを含む起伏に富んだ話し方で相手の警戒を解くように話を進める。


「その噂、【月代つきしろの魔人事件】についてこの街で聞き込みをしていたところ、キミの名前が何度も上がったからここに来させてもらったんだ」

「ドラク! もう少しオブラートに包みなさい!」

「いててて! 足踏むな!」


 直截な物言いのドラクを叱責しながら、エルザはブーツの踵で彼の足の甲をぎゅっと踏みつけた。


「ふふっ! 大丈夫ですよ。立ち話もなんですので、中でお茶でもどうぞ」


 カストレアはドアを開いた状態で固定し、二人へ屋敷に入るよう促した。


「お邪魔しま~す」

「ちょっ……! はぁ……、お邪魔します」


 ドラクの図々しさに辟易しながらも、彼のように柔らかな話し方でなければ警戒されてしまっていたかもしれないということも理解出来る。


 自身の堅物加減を反省しながら、エルザは彼の背を追って屋敷の中に足を踏み入れた。




 二人が通されたのは広いリビングで、透明なガラス製のテーブルを囲むようにソファが並べられている。


 部屋の調度品である食器棚や、カンテラが置かれた台の上には可愛らしい人形が置かれており、少女らしさが垣間見えた。


 二人掛けのソファに案内された彼らはそこに腰を下ろし、カストレアがお茶を用意するのを待っていた。


「お待たせしました~」

「お、美味そうなお菓子!」

「ありがとうございます」


 カストレアは三人分のカップとティーポット、それからお菓子の盛り合わせをトレーに載せて現れた。


 テーブルの上でカップに紅茶を注ぐと、それをドラクとエルザ、それぞれの前に差し出して自身もテーブルを挟んだ向こう側のソファに腰掛けた。


「それで、【月代の魔人事件】について、でしたよね?」


 カストレアは紅茶を一口飲み、ガラステーブルに置いたカップの縁をなぞりながら問いかけた。


「……はい。聞き込みをしていく中で、何度もあなたの名前が挙がりました」

「新月の夜に現れては人々を喰らう魔人。闇夜の中でも輝く黄金の単眼、そして新月の夜に月の代わりのように現れることから、ついた名前が【月代の魔人】」


 ドラクは街での聞き込みで得た情報をぺらぺらと話す。

 それを聞いたカストレアは視線を落としながらも小さく頷いた。


「そんな物騒な事件に、君のようないたいけな少女の名前が出てくるのは何故だい?」

「それはきっと……。私が【呪禍の少女】と呼ばれる存在だから……」


 その発言に、ドラクとエルザは黙して続きを待った。

 カストレアは自身の左腕に巻かれている包帯を擦りながら言葉を継ぐ。


「……私と深く関わった人間は必ず死んでしまうんです。その証拠に、私が前に住んでいた村は魔獣の群れに襲われて、壊滅してしまったのですから……」


 カストレアは拳をぎゅっと握りしめながら、絞り出すようなか細い声でそう言った。脳裏には当時の光景が過っているのだろう、彼女の顔色は少し青ざめていた。


「魔獣に襲われて壊滅してしまう村は少なくありません。それだけで呪いというのは……」

「違うんです! 捨て子だった私を拾って育ててくれた方も、良くしてくれていた村の方々も全員亡くなりました……。私以外、誰一人生き残らなかったのです……」


 カストレアは自身のスカートの裾を強く握りしめながら、悲しそうな表情でうつむいていた。


「キミが運良く助かっただけで、呪いなんて言われる筋合いはないんじゃないか?」

「それがほど繰り返されたと言っても、呪いではないと言えますか……?」


「「……!」」


 カストレアの言にドラクとエルザは瞠目して言葉を詰まらせる。

 二人の反応を受けて、彼女は絞り出すように過去のことを再び語り始めた。


「最初は私も不幸な事故だと思っていました。けれど引き取られた次の村、その次の村でも魔獣・盗賊・邪教徒と相手は違っても結果は同じでした……」

「そのせいで私は【呪禍の少女】と呼ばれるようになり、不気味がって誰も私を引き取ろうとしなくなりました」


 言葉を切ったカストレアはゆっくりと顔を上げ、広々とした部屋を見渡しながら口を開く。


「そして大きな街のスラム街で、一人で暮らしているところを人さらいに攫われ、この屋敷の主人だった方に買われたんです。ただ、ここからが本当の地獄でした……」


 彼女は自身の震える両肩を抱きながら訥々と語り始めた。


 その痛ましい様子に耐えかねたのかエルザは話をやめさせようとするが、ドラクがそれを制する。


 エルザはドラクを睨み付けるも、彼のまっすぐな視線に負けてソファに座り直した。


「ここの屋敷の主人だった方はふくよかで優しそうな男性でした。しかしその顔の裏には加虐性愛という悍ましい性癖を隠しており、私は日々……」


 カストレアは顔以外のほぼ全身に巻かれた包帯のうち、左腕のものを緩めて肌を見せた。


 そこには夥しい数の古傷が刻まれており、あまりの痛々しさにエルザは視線を逸らしてしまった。


「もういい、分かった。それでここの屋敷の主人『だった』ってのはつまり……」


 ドラクはカストレアの傷を見て瞑目した後、彼女の説明の中で気になる言い回しをされていた屋敷の主人について問うた。


 いつの間にやら道化じみた口調が普段のものに戻っており、彼女の壮絶なる過去に対して真摯に向き合おうとしていることが見て取れた。


「はい、私だけが生き残ることがあったのは四度です。つまりこの屋敷に来てからもそれは起こりました……」

「ただ、ほとんど屋敷に閉じ込められていたので、屋敷関係者以外に被害は及ばなかったようですが……」


「けれど最近になって町で不可解な事件が起きて、犠牲者が出始めていると……」


 その説明を受けたドラクは真剣な表情で手を組み、住民たちから得た情報と照らし合わせて現状を推察した。


「でも私は極力町の人とは関わっていません!」

「衣類は屋敷に残っていた服を着たり、それを再利用して自分で作ったりしていますし、食料品もほとんど貯め込まれていた備蓄や裏庭での菜園で賄っていたんです」


 ドラクの言葉を食い気味に否定するカストレア。


「けれど最近備蓄も少なくなってきて……。そんな中、一人の行商人の男性がこの屋敷を訪ねてきました」


 しかし声を落として、ある人物がこの屋敷を出入りしていることを語った。その言葉にドラクたちは目を細めて次の言葉を待った。


「その方は私が【呪禍の少女】と呼ばれているのを知ってもなお、近づいてくる変わり者でした」


 カストレアは机上にちょこんと座っている可愛らしい人形たちに目を向けながら、唯一この屋敷に出入りしている行商人との出会いを語った。



——『街へ出ずに暮らし続けることは難しいでしょう?』



「彼はそう言って、自分がこの屋敷に生活必需品を運び込むと申し出てくれました。その代わりに私の裁縫技術を見込んで服や装飾品、人形などを売って欲しいと」


 そしてテーブルの上の人形を手に取り、慈しむようにその頭を撫でながら説明した。


「それで、その条件を飲んだのですか?」

「いえ、初めのうちは彼にも不幸が降りかかると思って断り続けていました。けれど食料の備蓄が底をつき、彼に縋るしかなくなってしまったのです……」


「その行商人は呪いの影響を受けていないのか?」

「今のところは……。けれどいつ彼を巻き込んでしまうか……」


 不安と焦燥が入り交じったような表情を浮かべながら、カストレアは小さく呟く。 

 そしてその表情を一変させ、苦笑いを浮かべながらドラクたちに視線を遣った。


「ですのでお二人もここに長居してはいけません。【月代の魔人事件】も私の呪いの影響かもしれないので、近いうちにこの町を出ようかと思っています……」


 カストレアはソファから立ち上がって二人に背を向け、日が落ち始めた窓の外の景

色を眺めた。そしてドラクたちに振り返って朗らかに笑いかける。


「今日はもう日が落ちるので、街にお戻りになってください」

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