第3話 愛する妹がとても反抗期です。誰か私を助けてください。
例えばそれは復讐の美酒。
家族に恋をするその気持ちに、どんな
親愛には程遠くて、ドロドロの恋……
ジュクジュクと化膿したこの
少なくとも、
だから、わたしはボロボロになるしかなかったんだ。
「……………………」
目が覚めて、ベッドからカラダを起こす。
いつもと同じように、赦されない行為の後遺症が、倦怠感と吐き気というカタチでわたしを襲う。いつもと同じ、目が覚めてからトイレに向かおうと、ベッドから降りる。
足が踏みしめるのは、平らな床とは違う、木やガラスの破片。これもいつもと同じ。自分の感情が制御出来なくて眠った時は、いつもこう。あとで掃除しておかなきゃ。だって
「………………お兄ちゃんが還ってきた時にこんな部屋じゃ、恥ずかしいよね……」
思わず口にした言葉に次ぐように、強烈な吐き気が来る。いつもより…………ずっと強い。
口元を抑えながら、トイレに向かう。少し、手の中に胃液が溢れる。
「気持ち悪い……どうしてだろう? 使いすぎちゃった、かな……?」
壁伝いに歩いて、階段に。その時、私の神経を逆なでする声が聞こえた。
「唯……? 起きたのか」
私と同じタイミングで階段を登ってきた……アイツの声だ。
「……なんだよ、何のよう?」
「体調が悪そうだから、心配で……トイレか? 手を貸そう」
「……いらないから。さっさと、ソコ……退いて」
いつものように、自己満足で姉ぶりたがる留里に、苛立ちと殺意が籠もる……ムカつく。本当にムカつく。自己満足で私の姉振りたい厚顔さも、いかにも私を心配していますと言いたげな顔で、自己満足を満たそうとしてる。寄りにも寄って私に……。
「けど、そんな様子じゃ階段は危険だ。落ちたら怪我をしてしまう。
なあ。お願いだから、いっしょにいこう?」
うっとおしいなぁ……凄い邪魔。なに? その差し出した手は?
ただでさえ具合悪くて辛いのに、コイツは本当にお構い無し。邪魔で、邪魔で、邪魔。
--もういい、蹴散らしてしまおう。
「…………もう満足でしょ? 視界から消え失せて」
それだけ言うと、予兆もなく予感もなく。無音無情の私の手が伸びて、目の前の女を突き飛した。
「--え……?」
伸ばした手をそのままに、階段から突き落されたアイツが中を舞う。
「誰がお前の手なんか取れるかよ。
ばーか」
「くっ--!? ……うあっ!? ぐうっ!? ああ……っ!」
背中から滑り落ちていく中で、カラダを丸めて致命傷だけは避けるようなカタチを取って、落ち切った先でうずくまる。
「……ざまぁみろ」
落ちた拍子に服の裾が捲れて、アイツの肌が見える。
青痣だらけの、女の子なら絶対に見られたくないような肌。私が今までつけてやった復讐の数々が。清々しく残っている。
「う……うう……っ。ゆ、ゆい……」
痛みに顔を歪ませながら、涙で頬を濡らしながら、それでもコイツは、私に向けて伸ばした手を、もう一度伸ばし直した。
「……あのさぁ。別に、この名前に思い入れとかないけどさ。
それでもアンタなんかに気安く呼ばれると、本気でイラつくんだけど……さぁっ!!」
「ぎゃああああーーっっ!?」
具合悪くてお腹を庇いながらでも、強打した背骨を踏みつけてやれば、充分痛みは味合わせてやれる。
「私に姉ヅラするな!! 私からお兄ちゃんを奪ったお前が!!
姉なわけあるか!! おいっ!!! お前なんか居なければ! 私はずっとお兄ちゃんと一緒にいられたんだ!! 分かってんのかよォ!!!」
「いやあああぁぁー!? 痛いっ! 痛いっ! 痛いぃー!!
お願い止めて唯っっ!!! 痛いいいいいーー!!!!」
涙と鼻水と
「笑わせんな!! お前のせいでお兄ちゃんは、もっと苦しくて辛い思いをしてるんだ!! お前のせいだ!!
このくらいでいちいち泣くな!! お兄ちゃんは、もっとずっと辛い思いをしてるのに!! ふざけんな!!」
「分からない!! 分からないよ!! 何を言ってるの唯!?
私が離人に何をしたって言うの!?」
「………………は?」
自分の意思に反して、反射のような作用で、私のカラダが停止した。
今、お兄ちゃんの名前を呼んだ?
今までもずっと同じことを言い聞かせてきて、その都度コイツは、お兄ちゃんのことを思い出さなかったのに……それが、突然……?
私はすぐに留里の束ねた髪を掴み上げる。
「ぐうっ!??」
「……ねえ、今のは私の聞き間違い? 言ってみてよ。
今、なんて言ったのかもう一度言ってみろよ」
「わ、私が……離人に、何を、したの……?」
聞き間違いじゃなかった。コイツは確かに、お兄ちゃんの名前を呼んでいる。
(……どういうこと……? 何で急に思い出したのコイツ?)
「まさか、出来損ないのアンタが、アイツの掛けた呪いを自力で破った? ……まさかね。そんなわけない。
ねえ、アンタどうして突然お兄ちゃんのこと、思い出したわけ? これまで7年間。写真観ても、動画観ても、全然思い出さなかったじゃん。私ですら、少しでも力を抜くと一気に記憶を侵食されそうになるから、あんな嫌なクスリまで使ってたのに……。
何かあったの? 食われた記憶を自力で修復する能力にでも目覚めたとか?」
「うっ……ぐうっ。り……離人は、さっき、やってきたんだ……」
ヤッテキタ? 何だソレ? ヤッテキタって何……?
「…………やって、来た……??
やって来た……? やって来た………え?
--ね、ねえ、ちょっと! お兄ちゃんもしかして還ってきたの!??
どういう事なの!? 説明してよ!!」
「す、する! す、るから!! もう、暴力は……やめて……」
「ああもう! 眠いこと言ってないで早くしてよ!! アンタ本当に鈍臭い!!」
「お、お姉ちゃん……お腹痛いの……うま、く……喋れ、なくて……」
「ああもうめんどくさいなぁ!! 治せばいいんでしょ! 治せば!
これでもしも嘘だったら、私、本気で留里を殺すからね!」
「あ……ああ」
「さっさと喋れ! 【ヒーリング】!!!!」
場面は替わって、ただいま適当な店に入って下着を調達してきた離人が、公道を歩いているところだ。
(たった7年で街の風景が変わりすぎてて戸惑ったが、なんとか買えたな。買えた。買えたはずだ。
……ボクサーパンツって、パンツで良いんだよな……??)
歩くたびに実感するのは、自分が還ってきたという実感と、昔読み聞かせで知った、浦島太郎のような疎外感だ。
子供の頃に慣れ親しんだ筈の場所なのに、何故かどこか余所余所しい。
帰りたかった場所のハズなのに、帰りたかった場所では無くなっているこの現実が、離人の心を締め付ける。
何もかもが変わってしまった。街の景色も、最愛の妹も。そして、最愛の姉も。
(アイツ……留里はほんっと昔から、ポンコツで。
一番誕生日早いから、私がお姉ちゃんだって言って、本を読み聞かせてくれようとしてたんだよな……。
でも結局まだ字が読めなくて、最終的には、唯が留里に耳打ちして、俺一人が聞き役になってたんだよな。ほんと、どっちが姉だか分かんねえよな、アレ。
けど、それでも。少なくとも俺は……留里を、姉だと思ってたんだよな……うん、思ってたんだよ)
「……けど、アイツは俺のこと、忘れちまってたんだな」
離人の脳裏に浮かぶ留里の顔は、いつもキラキラしていて。
お姉ちゃんであることに、全力だった。
「あの家に、未練なんかありはしない。」
進めていた足が停まる。周囲に、人の声がしない。生き物の気配も、生活の音もしない。
「…………だから、俺は、お前に特に用なんかねえ」
言いながら振り返る。殺気を孕んだ視線の先には、長髪を束ねた眉目秀麗なスーツ姿の男がいた。
「ふふふ。まさかお前が、生きてあの森から還るとは思わなかったよ。離人」
ニッコリと人受けのする表情を浮かべて、親しげに話しかける男。
「そりゃ重畳だ。どうぞこのまま死んだことにして、お互い未来永劫に縁を切ろうじゃねえか。
「まあそう言うな。せっかく生き残ったんだ。
そう。生還祝いだ。また私のことを父と呼ぶ権利をやろう。
我が息子、白夜離人」
お互い顔に笑みを貼り付け、僅かたりとも笑っていない状態で向き合う。
お互い、全く好きでもない感情で向き合う。
驚くなかれ。この二人、なんと血の繋がった親子だ。では、7年ぶりの感動の再会を祝して、離人から返答を聞くとしよう。
「--野垂れ死んで糞でも喰らえ。下郎」
ああ……なんと、模範的な回答だろうか。この上ない、完璧な返答だ。
ならば、父からもまた、素晴らしい愛の言葉が出るというものだろう。
「ふっふっふっ。相変わらず元気な子だ。
--それじゃあ、再会を祝して、久しぶりに上下関係の教育をしてやるとしような」
生き別れの弟を名乗る人が私の実妹と結婚しに戻ってきました。何を言われてるのか分からないので誰か私を助けてください 納豆ミカン @nattomikan
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