ふたりだけのバレンタインデー

 嘘? 一体何で嘘をついたんだ? それよりその嘘をこのタイミングでバラすということになんの意味があるんだろう。

 小一からずっと友達だったんだし、余程のことでもなきゃ怒る気も無い。


「あー、なんの嘘か知らねえけど、気づかなかったな。で、どんな嘘だよ」

「う……えっと、実は今まで母さんが作ったって言ってたお菓子あるじゃん?」

「ああ、美味かった」

「そっか……フフッ」


 ようやく顔を上げたリオの口角が僅かに上がる。


「あのさ、実は全部、僕が作ったんだよね」

「……あ?」


 バレンタイン以外にもたまに母が作った物と言ってクッキーだシフォンケーキだと分けて貰ったことがある。去年今年の話ではなく、もう何年もだ。

 全部リオが? そっちの方が嘘っぽい。そう思ったが、あまりにもオレの言った美味しいの一言で喜んだ様子がオレの疑念を否定する。


「マジで?」

「マジで」

「このケーキも?」

「このケーキも。母さんに教わりながらだけど……」

「にしても――」


 改めて目の前のケーキを見る。

 気泡が無く塗りムラも無いチョココーティング。やや下に伸びてるのを除けばお店の商品ですと言われたってわからないだろう。


「――めちゃくちゃ上手いな」

「その、誰にも言わないで欲しいんだけど、こういうの作るの好きなんだ。教わりながらは大変だけど、一人で作れると作っている間夢中になれるというか、没頭できるというか……」


 もじもじと手のひらを擦りながら恥ずかしそうに言うリオがなんか妙に可愛く見えて、こっちもなんだか顔が熱くなってきた。なんだこれ。オレはなんて反応したらいいんだ。ちくしょう何だこのモヤモヤする感じ。


「まあ、わかるぜ。色々忘れてひとつの事をやりたいってのは」

「そ、そっか。それでなんだけどさ……」

「なんだよ勿体ぶって」

「受け取ってくれるかな。僕の……本命チョコ」


 本命チョコ。オレへの? リオが? 何かのイタズラかと思ったが。無意味な嘘なんてつかない事くらい小一の頃から付き合ってて知って……。この流れで付き合ってるって、変な想像をしちまう! ああー! なんかリオの家に来てからなんか調子狂ってるな。落ち着けオレ。リオはオレのダチだし、これはなんつーかアレだ、ガチの友チョコってやつだ。親友チョコってちょっと語呂悪いしな。


「本命チョコとはまた大きく出たな」

「だって、ナガトの事好きだし」

「にしてもなんか本命って言い方、すげぇマジって感じじゃん」


 そう言うと、リオはニコリと笑みを浮かべた。


「だって、マジだもん。ナガトとは、これからもずっと一緒にいたいなって」

「どうした急に。今まで一緒だったろ」

「そうだけど……中学は三年しかないでしょ? もう二年生になっちゃう。卒業したら、そしたら……僕達は」


 嬉しくて笑ったり、不安に眉をひそめたり、リオは表情をころころ変える。それがなんだか小動物っぽさもあって。

 ああ、だから皆に好かれるんだ。

 リオはオレに無いものを沢山持っている。オレは鉄仮面で、卑屈で、パッとしない。普通、自分より優秀な奴を見るとうやらましさでイライラしたり、関わり合いになりたくないと思うものだが、あまりに正反対だと……。


 オレは、リオに惹かれてる。


 やっとオレは自覚できた。

 オレ自身の気持ちに。


「大丈夫さ。体育はお前に譲るが、頭の出来はギリギリこっちが上だ。高校も一緒の所行こうと思えば行けるさ」

「じゃあ僕、ナガトと同じ高校行く!」

「ああ、三年になったらまた考えようぜ」


 別に、オレ達の関係は今から変わるなんてことはないんだ。オレが気付かなかっただけで、リオはそれを教えてくれたんだ。

 まったく、なんて鈍いんだ。

 毎年他人から貰い過ぎたチョコを分ける口実に、しっかり自分の本命を最後に食わせるとか、相当想われてたんだな、オレは……。


「なあ、食ってもいいか?」

「あ、うん!」


 リオは率先してビックリするほど綺麗にケーキを切り分ける。

 小皿に乗ったカットされたケーキの断面は綺麗なスポンジで、二段に分かれたスポンジの間には生クリームまで挟まれている。本当にケーキ屋で売ってそうな出来だ。

 フォークで一口分割って口に運ぶ。


「ん、うめぇ」

「そう? 良かった」

「まさか、リオの作る菓子の味が一番ホッとするようになるなんてな。食い慣れた美味さだ」

「へへっ、実はお菓子作りが趣味ってちょっと恥ずかしくてさ。女子みたいで」

「んなこたぁねぇよ。パティシエは男の方が多いんだぞ?」

「え? そうなの」


 お母さんがパティシエだとあんまそう思わないか。そんな事気にしてたのか。


「そういや、ホワイトデー返したことねぇな……」

「気にしなくていいよそんなの」

「いいやダメだ。お前が作ったって知ったからには返さねぇと。だからさ――」


 これがお返しになるかわかんねぇ。

 けど、オレはリオと一緒にいたい。


「――今度お菓子の作り方、教えてくれ」

「あ、あ……!」


 リオは今日一番の笑顔で体を震わせるほど喜び、琥珀色の瞳を輝かせた。まるで顔の周りに花が咲いているのが見えそうだ。


「うん! 一緒に作ろう! 沢山作るぞー!」

「お前が作ったらお返しにならねぇだろ」

「それもそっか! ハハハッ!」


 二人で笑い合う。今まで通り。

 これからもオレ達はずっとこうしているだろう。

 いや、今まで通りじゃない。

 今までより少しだけ長く近くで。

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バレンタインから始まるボーイズブロマンス 夢想曲 @Traeumerei

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