いつもと違うバレンタインデー

 義理とはいえ直接受け取ったんだ。礼はしないとな。


「ありがとう」

「気にしないで。あ、リオ君はこの後暇?」

「えへへ、ごめん。大事な用事があるんだ。またね!」

「え? 用事って……」


 言いかけたがリオが強引に腕を組んできて引っ張られた。話す余裕などなく歩き出し新月も背後で女子に礼をした後慌てて着いてきた。


「なあリオ、今チョコ貰えたけど成果ゼロじゃないんじゃね?」

「校門出てからのはノーカン!」

「えぇ……」


 後出しルールに何でもありだなと呆れていると、背後から肩を叩かれた。新月だ。


「悪い。ちょっと寄るところあるからじゃあな」


 いつの間にか学校の近くにあるデパートを通り過ぎようとしていた所だった。親に買い物頼まれたのかな。まあ引き止める理由も無い。


「また明日」

「うん、じゃあね二人さん!」

「……? おう、じゃあな」


 新月と分かれ、リオと二人の帰り道。

 組んでくるリオの腕やコートの脇腹部分があたたかい。


「なあ」

「うん?」

「いつまで腕組んでるんだよ」

「あ、ごめん」


 慌てて腕を引っ込めようとしたリオを見て何故だか腕を伸ばしてそれを止めてしまった。何故だろう。あたたかいからか。


「いいよ。あったけーし」

「……そっか」


 腕を組み直して夕日に向かって歩く。

 二人で下校するのは中学の入学式ぶりか。新月とリオが同じ塾だったから同じ中学になって良かったと話してる間に、いつの間にかオレも加えられていて直ぐに三人でつるむようになっていたから。

 リオは顔が広い。可愛い上に怖気付くことなく人の輪に入っていくから、実際三人でつるんでいるのはオレから見た関係であって、リオからしたらオレは数多くいる友達の一人に過ぎないんだ。そして今日、新月はどうするつもりか知らないけど本命チョコなんて貰いやがった。

 とてつもない孤独感が急に這い上がってきて背筋に冷たいものが走るのを感じた。隣にリオがいるのに、オレは孤独を感じている。

 寒さも相まって、顔から血の気が引いていく。顔の感覚が無くなりそうだ。


「ねえ」


 急にリオに声をかけられビックリして立ち止まる。

 いつの間にかリオの家の前に立っていた。


「早く入ろう。寒い寒いー」

「ああ……」

「どうしたの?」

「なんでもねぇよ」


 リオの家に上がり込むと真っ直ぐリオの部屋に向かう。

 一戸建てで三階建ての立派な家だ。オレのオンボロアパートと大違い。

 夕焼け差し込むリオの部屋は一人部屋にしては少し広い。十畳くらいか。勉強机は相変わらず綺麗に整頓され、小さな液晶テレビとテレビ台には埃ひとつ被っていない。シングルベッドには並べられたぬいぐるみは本人の趣味が分からない。見慣れた部屋な筈なのに、チョコレートの香りがして見知らぬ部屋にいるような気持ちになった。

 リオは鞄を勉強机の上に放り投げると暖房のリモコンに手を伸ばした。冷たかった部屋に温風が吹き、ダッフルコートを脱いだ。


「なにかジュース飲む?」

「これから甘い物食うのに?」

「そうだねー、コーヒー持ってくる。母さんのとっておきがあるんだ」

「いいのか勝手にそんなの」

「飲んでいいって言われてるからさー」


 そう言いながらスリッパをパタパタ鳴らして忙しなく部屋から出ていくリオを見送って、部屋の真ん中にある座卓に着いた。

 一人残されて部屋をまた見渡す。この部屋は前々から違和感を感じていた。

 俺が持ち込んだゲーム以外全部ソロ専のオフゲばかり。座卓を囲む座布団は二枚だけ。部屋の隅にはサッカーボールや野球ボール、ミットにバット、竹刀に、何故か木刀。外で遊ぶ物が多いがどれもそんなに使い込んだ感が無い。フローリングの床は綺麗で、カーペットには染みやシワもない。

 まるで誰も上げたことがないようだ。

 そんなまさか。現にオレは部屋に上がってるし、限られた人しか上げないにしてももっとこう、散らかってたりするもんじゃないか。リオが綺麗好きで、友達が帰ったらすぐ掃除する奴だったとしても、床や壁の傷とかはどうしようもないだろう。

 やたら綺麗な部屋に改めて不思議に思ってると、部屋のドアが開かれた。


「お待たせー」


 部屋に入ってきたリオはトレーにコーヒー二つと小さなチョコのホールケーキを乗せていた。それを慣れた手つきで座卓に並べる。


「いきなり凄いのが出てきたな」


 全体がチョコソースでコーティングされ黒い光沢を放つケーキの上にはホワイトチョコペンで〝ハッピーバレンタイン〟と書かれている。コーヒーの深みのある香りに混じってチョコの甘い香りがする。

 部屋のドアを背に向かいに座るリオはどこかそわそわした様子で、瞳を色んな方向へ泳がせている。そして俯いて自分の手元を見つめながら言った。


「あのさ、実は嘘ついてたんだ」

「え?」


 急な告白にどんな反応をしていいか悩んで、結局間の抜けた声を漏らしてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る