なんでもないバレンタインデー

 一時間目に頭が起ききらない状態で始まる数学。眠気の再来と空間図形に悩みなんとかチョコのことを頭の片隅に追いやる。


 二時間目に体育を入れる学校の時間割に文句を垂れながら、体育館の冷たい空気に全身を震わせながらバレーボールをホワイトチョコに幻視してる内に顔面を強打して新月に嗤われいい所が無かった。


 中休みにリオの様子を見に行った。声をかけられなかった。キャーキャーうるさい女子グループに自然と馴染んで先生がいないのをいいことに押しが強くせっかちな女子からもうチョコを貰っていた。別に他愛の無い話をするだけなら新月にもできる。自分の席に戻ると義理チョコひとつゲットしてイキる新月をどつくだけで休み時間を費やす。


 三時間目に外国人教師を招いて英語の授業……という名の英語の先生と外国人教師のバレンタイン雑談に終始して、最後に日本のチョコは美味いねという感想をメリケンから引き出して終わった。寝ていれば良かった。リオは寝ていた。


 四時間目ともなると腹が減って仕方ない。国語で連体修飾語だの連用修飾語だのをノートに書きながら、頭の中は献立表に書いてあった蓮根とごぼうの煮物でいっぱいだった。


 給食にチョコがついていた。個包装で一口サイズのハート型。学校の粋な計らいなんだろうけど、他の献立がごはんにゆかりのふりかけ、蓮根とごぼうの煮物、なんかよく分からない焼き魚、牛乳……。なんで学校の給食って和食でも牛乳を出すのだろう?


 五・六時間目に図画工作で本棚を作った。夏休みに全く同じことをやったなーと思い返しながらさっさと終わらせて、手こずるリオの手伝いをした。オレの本棚より出来が良くてちょっと後悔した。



***



 はい、チョコカウントゼロでフィニッシュ。

 三人で下駄箱をチェックしてオレだけがゼロだった。


「おいおいマジかよ」

「それはボクが言いたいよ」


 新月の下駄箱にはチョコが入っているであろう綺麗にラッピングされたハート型の箱がひとつ。リボンに挟まれている手紙は可愛いマスキングテープで封がされ、新月様へと女子特有の丸みを帯びた可愛い宛名が書かれていた。


「本命も本命、大本命じゃん!」


 背後でリオがはしゃぐ。その声に遠くから刺すような視線を感じてリオの茶髪頭を引っぱたいた。


「なんだよー!」

「声がでかい! ……まあ、良かったな新月」

「……」

「新月?」


 大本命チョコを両手で持ったまま固まっている新月の肩を揺さぶる。その様子を見てリオは大きな目をぱちくりさせた。


「感動のあまり放心してる……」

「嬉しいのはわかるが、とりあえず鞄にしまっとけ」

「え? あ、うん……」


 肩がけ鞄のファスナーを閉じず、名残惜しそうにチョコを眺める新月。

 さっさと帰るぞと背中を押して校舎から出る。

 外に出た瞬間、冷たい風に震えてマフラーを巻き直す。いつの間にか左隣に立っていたリオが長いまつ毛を夕日に煌めかせ笑顔を浮かべた。


「そのマフラーまだしてるんだね」


 オレのマフラーは小五の時にリオがくれた物だ。ちょっとだけ短く感じるようになったけど、別に巻けなくなったわけでもない。単に物持ちが良いだけだ。けどそのまま言うのはなんかいけない気がした。


「ああ、まあな。あったけーし」

「そっか。頑張ってよかった」

「え?」


 なんかボソリと呟いたリオだが聞き取れず聞き返す。


「なんでもない。さあ僕の家行くぞ成果ゼロ君」

「それやめろ」


 校門を出た所で三人仲良く足が止まった。別に忘れ物だとかチョコのしまい忘れに気づいたとかでもない。校門を抜けて直ぐの道で手提げに義理チョコを詰め込んだ女子数人が下校中の男子にチョコを配っていたのだ。


「家庭科部の女子達だね」


 リオの瞳には女子達が映り込んでいたがその眼差しには冷たさが宿っていた。二月の寒さでそう見えただけかもしれないが。


「友達か?」

「うん? まあそうだね。あまり話さないけど」


 そんなことを話していると女子の一人がリオを見つけて小走りで駆け寄ってくると、それに気づいた他の子達も先頭の子に続いた。


「リオくーん! はい、チョコレート!」

「あはは、朝に貰ったじゃん」

「気にしない気にしない! あ、君もどうぞ! クラブ活動で作ったんだ!」


 リオに渡すついでみたいに渡されたチョコを受け取る。小さなグラシンカップに収められたチョコの上に申し訳程度のカラースプレーが、新月が受け取った方にはアラザンがまぶされていた。

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