Ⅹ.とうとう分かる、両想い。

 すべてを吐き出してしまった。俺の全てを。こんなに罪にまみれた俺を、立椛は嫌うだろう。俺は俯きながら言った。

「以上だ。嫌うなら嫌ってくれ。もう話すことは無い。じゃあな。お前はいい人生を生きて、いい恋愛をしろよ。」

 歩き出した。もうそろそろ日が暮れる。夕陽が街を赤く染めている。これ以上立椛と話したら駄目だ。人を好きになることは恐ろしいことだ。そう自分に言い聞かせる。本当は、立椛に共感してほしい。だが、そんなことを望んだら駄目だ。人を好きになってしまう。

「ねぇ、待ってよ!待って!」

 後ろから声が聞こえる。だが、もう立ち止まってはいけない。振り向きたいのを我慢して、ひたすらに足を運ぶ。


 いきなり、肩を掴まれた。俺は咄嗟に肩をすくめ、身構えた。人間不信故の防衛本能だ。振り返ると、視界の少し下に、立椛の頭が見えた。俺は無意識のうちに肩の力を抜いていた。


「もうやめてくれ、やめ…て…。」

 言葉が出てこない。涙が溢れてくる。気持ちが葛藤している。本当は立椛のことを好きだと自覚して、立椛ともっと話したい。

 だが、そんなこと許されない。俺が罪を償うには、まず誠意を見せないといけない。俺の誠意。恋愛はしないことだ。

 苦しい、辛い。俺はその場に座り込んだ。呆然とした目は、遠くを見ていた。誰か、助けて…。


「ごめんね、私が聞いたから、思い出させちゃって。」

 立椛の声がする。優しい声だ。俺は遠くを見つめていた。涙を見せないように。いつの間にか、俺は立椛に背中から抱きつかれていた。座っている俺と同じ方を向いて立椛は言う。

「教えてくれてありがとう。やっと、やっと零の本音が聞けて、よかった。私が思ってた以上に辛かったし、苦しかったんだよね。」

 なぜか、立椛も泣いていた。共感されている。でも、見下した感じが全く無い。不思議な感じだ。


「俺のこと、嫌わないのか?」

 恐る恐る聞いた。涙を見せないように夕陽を見ながら。

「さっきからずっと嫌わないよって言ってるし。むしろ、逆…。」

 立椛が答えた。顔が赤くなっているのは夕陽のせいだろうか。

「逆って…。」

 しばらく沈黙が続いた。


「私、いい恋愛がしたい。だから、零は必要なの。」

 一呼吸置いて、立椛が言った。

「私と、付き合ってほしい。お願いします!」

 俺と無理矢理目を合わせるようにして、立椛は俺の前に回り込んだ。だが、俺には立椛の目を見る勇気が無かった。俯いて呟く。

「俺は、怖いんだ。人を好きになる自分が。償わなくちゃいけない。」

「大丈夫。」

 え?

 立椛を見た。彼女は真剣な眼差しだった。

「だったら私が教えてあげる。人を好きになることは、こわいことじゃないって。」

 俺は立椛の目を見た。相変わらず綺麗な目だ。透き通ったその目は、俺の心を見てくれている。

 立椛なら、信頼できる。俺は深呼吸をした。息が震えている。

「何のために、何のために俺を好きになるんだよ!俺も、立椛のことが、好きだって自覚するじゃないかぁ!」

 俺は立椛を抱きしめ返した。涙で濡れた顔を見せないように。堪えていた感情が、堰を切ったように流れ出る。


 これが、人を好きになる、ということなのか?


 これが、人を信頼する、ということなのか?


 これが、人から好かれる、ということなのか?


 今までに感じたことのない感覚が一気に襲ってきて、俺は知らないうちに声をあげて泣いていた。これは、うれし涙というものなのか。もう、長い間感じなかった強い感情。それが戻って来た。これが、恋愛なのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る